● 『お空はきれいだから?』 ○ 《そうだ》 ● 『海と山はきれいじゃないんですか?』 ○ 空が持つ違いとは何かを、化け物は考えた。 《そらはきれいなもののすむところだと そうおもう》 ● 『お空には何が住んでいるんですか?』
2010-12-30 01:37:50○ 化け物は迷ったが、それを答えた。 《そらにはてんしがすんでいる むかしそうきいた》 ● 『本当なんだ』 ○ 《なにが?》 ● 『お父さんとお母さんが言うの 死んだら天使になって空にのぼるって』
2010-12-30 01:38:06○ 化け物は問い掛けていた。 《どうしてだ?》 ● 『ないしょだけど知ってるの 私もじきにそうなるかもしれないって お父さんもお母さんも ドアの向こうで泣くときがあるの』
2010-12-30 01:38:19既に季節は変わり、窓を閉めたHRの終わりに、老講師は皆に言った。 薄々気付いていると思うが、と言われたのは、ここまで配られた和紙は県内の病院に入院する患者のリハビリの一環で作られたものだと。 告げられた病院名を少年は知っていた。 それは山奥の、かつて母の入院していた病院だった。
2010-12-30 01:38:42● 『手じゅつするんだって』 ○ 《いつだ?》 ● 『わからない』 ○ 《わからない?》 ● 『ねえ 化け物は夜がきらい?』 ○ 化け物は嘘を吐かない。 《こわい》 ● 『天使もこわいです』 ○ 《おまえはひとだろう》 ● 『たまにはいいじゃない』
2010-12-30 01:39:25○ 《そらをみるな こわくなる》 ● 『でも、空から雪がふってほしいです』 ○ 《どうして?》 ● 『雪は夜を照らすから。 ねえ、こっちでも雪は降る?』 ○ 化け物は嘘を吐かない。 だけど化け物はこう答えた。 《ふるよ》
2010-12-30 01:40:01● 最後のHRが始まった。 少年の机にはまた和紙が配られる。 だが、その和紙はいつものものと違った。 老講師はただ一言を告げてきた。お前の相手は検査に入ったと。
2010-12-30 01:40:15○ 冬の時期にもここには雪が降らないと化け物は知っている。 それに、化け物は雪を知らない。 白く、積もるものだということは知っている。冷たいということも。 そんなものが降り積もったら、確かに夜の光は跳ね返されるだろう。
2010-12-30 01:40:39● そしてある週末のこと。 夜にバイトから還ってきた少年は、家のポストが半開きになっているのに気付いた。 開いてみると、一つの封筒があった。 封筒の宛名には、小さい文字があった。 ダイレクトメールはその場に捨て、封筒を開いて見ると、中には手紙が三枚あった。
2010-12-30 01:41:18○ 『ばけものはひとよりもからだがおおきい ばけものはひとよりもちからがつよい ばけものはひとのべんきょうをしない ばけものはひとのせいかつをしない ばけものはひとのともだちをもたない ばけものはひとからおそれられている』
2010-12-30 01:41:51● 更に続く言葉はしかし、化け物がかつて聞いた言葉ではなく、 『ねえ、知ってる?』 ○ 『天使だって 人じゃないよ ばけものなんだって、知ってた?』
2010-12-30 01:42:06● 少年は思い出す。 母の手術は土曜の昼だったと。万全の準備をもって行うためだとそう聞いた。 今日は金曜。これから夜だ。 少年は思い出す。 あの老講師は、元警察官だったと。
2010-12-30 01:42:16○ 化け物は知っている。 化け物は人に倒され、天使は空に還っていくと。 そして天使は雪を見たいとそう言った。 ● 少年は夜に出ていった。 追ってくる者達がいて、しかし彼は自ら速度を停める。 狼狽えるように停まった後続に対し、まず彼は一つの動きを見せた。
2010-12-30 01:42:34○ 化け物は夜の空を見上げた。 がらんと冷えた夜の中央には月があり、その光こそが天使の還り道。 雪が降れば、空が城に隠されれば、天使は雪として野に降り、光を求めて空に昇らず済むだろうか。 解らない。 だけど化け物は天使に言った。雪が降ると。 その上で一つの決まり事がある。
2010-12-30 01:42:51● 少年は背が高かった。 少年は力が強かった。 少年は無口だった。 勉強は好きではなく、金も必要最低限で、他人にはもう友人がいて。 嫌うものが近づいてきたら追い払うだけで。 ただ嘘は吐かず、他人を信用せず、それゆえに恐れられた。 そして、いつしか少年は、化け物と呼ばれた。
2010-12-30 01:43:20○ 化け物は人よりも体が大きい。 化け物は人よりも力が強い。 化け物は人の勉強をしない。 化け物は人の生活をしない。 化け物は人の友達を持たない。 化け物は人から怖れられている。
2010-12-30 01:43:28● 少年は人々が自分に向かってきたのを見た。 ○ 化け物は知っている。 化け物は人に倒され、天使は空に還っていくと。 だが化け物はこうも思う。 そうでなくてもいいだろうと。 ● 少年は言った。 「一つ言い忘れていたことがある」 口を開き、 「化け物は、嘘を吐かない」
2010-12-30 01:44:16● ある土曜の未明。 ある病院の一室で少女は目覚めた。 起きて気付いたのは病室が真っ暗であること。 怖いと思い、一人であることに息を詰め、力無い手で顔を覆う。 枕の下、両親にも見せていない紙の一片がある。 言葉を書き連ねた一枚を、ポケットサイズに切り抜いた一枚だ。
2010-12-30 01:44:48