怪談乱舞第一回・一夜目(個人ログ)

数奇屋さん主催の #kaidan_rnb で語っていたものの自分のログです。
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宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr ある夜、いつもと同じく朗々と念仏の響いてくるのに耐えかねて、僧侶の隣の部屋住む男が、痺れを切らして僧侶の部屋へと乗り込んだ。 『お前さん、熱心なのはいいけれど、念仏なら昼間だけにしてくれないかい。毎晩あんたの声を聞かされちゃ眠れもしない』 #kaidan_rnb

2015-07-19 02:57:15
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『相すみません。しかし、これには訳がありまして』 そう言いながら僧侶が指で示したのは、一つの香炉。――そう、ちょうどこんな風な。 『ここにくべる香は、さる太夫より我に贈りし品。魂返す反魂香』 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:02:08
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『吉原のさる太夫は我が妻、我はかの背と契りし仲。されど、とある公が太夫を見初め、金銀を積んで身請けなすった。身請けされながら公を袖にした妻は、――。おやかましい次第、なにとぞご容赦くだされ。妻と約束がございます』 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:08:22
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『その……何とかいう香がかい』 『ええ。これをば火にくべますと、煙の中から太夫が現れます』 そう言って、僧侶が香箱から粉を炉にくべると、うっすらと煙が上がり、――その中に、太夫が立っていたという。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:10:52
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr すっと切れ長の目の美しい女でね。それが言うのさ。 『ああ、我が背。どうか粗末には焚いてくだしゃんすな。その香の切れ目がえにしの切れ目』 『粗末になど焚くものか、それもそなたの顔見たさよ。南無高尾幽霊遁処菩提、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…』 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:15:30
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 隣人の男はこれを見て、へえと感心するやら、おののくやら。けれどね、この男もまた、妻をなくしたやもめ男だった。亡き妻を煙の中とはいえ呼び出した僧侶を見て、妻が恋しくなったんだろうねえ…、『お前さん、どうかその粉、半分分けてくれんか』と言う。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:17:51
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr けれど、僧侶にとっても亡き妻の面影を呼び出すたった一本の細い蜘蛛の糸。 『できませぬ』『そこをどうか』『なりませぬ、こればかりは』『どうしてもか』『亡き妻との約束でございます。なにとぞ、なにとぞご容赦ください』 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:20:12
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 僧侶は頑なに拒んで、平に頭を下げた。誰にも、譲れない一線があるということさ。 断られた隣人の男は、それでも亡き妻に一目会いたいという気持ちがおさまらない。夜半にも関わらず、すぐさま薬屋に向かった。――ああ、香も薬のようなものだからねえ。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:24:29
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr もうとっくに薬屋なんてしまった時間だけれど、男は構わずに薬屋の戸をどんどんと叩く。 『なんですかい旦那、こんな時間に』 『すぐにいるんだ。あの……なんとか言う……』 急いで出てきてしまった男は、うっかり僧侶の持っていた香の名前を忘れてね。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:28:25
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『なんたらかんたら……なんとか、こー……』 云々と唸る男に、夜半たたき起こされた薬屋の店主が呆れたように薬の表を見せる。 『ここに薬の名前がありますよって、見てお決めなんし』 『や、や、ありがたい』 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:31:01
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『ええと、越中富山の反魂丹……』 薬の表で目についたところを読み上げ、男はぐっと前にのめりこんだ。 『なんたらかんたらの反魂なんたら……越中富山の反魂丹。ああ、これだこれだ』 ……反魂香と反魂丹、似ているといえば似ていると思わないかい? #kaidan_rnb

2015-07-19 03:35:56
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr まあとにかく、男は間違えて反魂丹という丸薬を買って大喜びで長屋に戻った。 『さぁさ、お前、お前、出ておいでな』 香ではなく反魂丹を香炉にくべて待ちきれないという顔でうちわで扇ぐ男だけれど…煙がもくもくと上がるばかりで、一向に妻は現れない。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:41:07
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『はて、どうしたことか。香が足りなんだか。ならば、それ、反魂丹は袋いっぱい買うてきた。姿を見せておくれ』 そう言うと、男は香炉に買ってきた反魂丹をいっぺんにくべてしまった。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:44:58
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr もうもうと上がる煙に喉をやられ目をやられ、せき込みながらも妻の顔見たさで男は団扇で香炉を扇ぐ。 すると、裏口の戸をどんどんと叩く音がした。 『さては妻のやつ、恥ずかしがって裏口から来おったな』 ほくほくとした顔で男は立ち上がる。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:47:56
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 『あー、えー、ごほん。そこな戸を叩くのは我が妻、お崎かい』 尋ねると、女の声が返事をよこした。 『何を言ってるんだい。あたしゃ隣のお梅だよ。夜中に煙くさいの、あんたのとこかい?』」 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:49:58
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr ――そう、女の声を真似てしなを作りながら文句をつけたところで締めると、暫し、シンとした沈黙が広がった。 ……落語じゃん! 突っ込みを入れるのが一番速かったのは、赤髪の刀だった。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:52:45
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 「なにも怖い話を聞かせるとは言わなかっただろう?」 部屋の主がにんまりと唇を弧に歪めると、そんなのずるいです、と桃色の髪の刀が頬をふくらませる。 金糸雀の髪の刀と白い髪の刀は、香に面影を見出すなんて素敵だよねえ、とうっとりしていたが。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:54:45
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 僕だったら、太夫をころした何某に復讐するのに、と呟いた蒼い髪の刀には賛同の声はなかったが、ともあれ面白かったのが半分、怪談噺でなかった不満が半分といった風情の五振りはじっとりと部屋の主をねめつける。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:56:27
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 五対の瞳に非難の目を向けられ、部屋の主は「悪かったよ」と首を竦めた。 「次はちゃんと、君たちに満足してもらえるような話を持ってくるから」 次じゃなくて今がいい、という声には首を振る。 #kaidan_rnb

2015-07-19 03:57:57
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 「ご覧、さっき焚いた香がもうすぐ燃え尽きるだろう? 夜の時間は線香一切りまで。僕が欲しいのなら、またこの香りに呼ばれておいで」 その昔、客が遊女を買っていられる時間を線香で測ったのに合わせた例えだが、渋々と短刀たちは引き下がった。 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:01:30
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 次はもっともーっと怖いのが良いな! ええっ、ぼ、僕はあんまり怖いのは……。 僕、昔の戦の話も聞いてみたいです。 僕も、戦いのことなら聞きたいな……。 祭りの話はなんかないのか? 口々に懐く短刀たちに、部屋の主はゆるりと微笑む。 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:02:58
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 「次の話は、満足してもらえるといいねえ……」 すう、と僅かに燃え残っていた香が絶え、煙が宙に融けるのを見ながら、部屋の主は呟いた。 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:05:12
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr ――そこへ、とんとん、と。部屋の障子戸を叩く音がして、部屋の主は香炉を片付けながら「入っておいで」と促した。 「失礼します。――あの、青江さん」 「分かっているよ。出番かな」 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:09:58
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 部屋の主――青江は、紺の詰襟に左半身を覆うように羽織った白装束姿で立ちあがり、振り返る。 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:11:32
宵野光 @Julius_Li

@kai_bsr 「はい、あの、僕、――僕たち、京都は初めてで…うまく戦えるでしょうか……」 不安げに見上げてくる揺れる瞳に、にっかり青江は片方だけ晒している金の左目を眇め、ぽんと小さな頭に掌を乗せた。 「あの手のには覚えがある。大丈夫さ、」 #kaidan_rnb

2015-07-19 04:13:31