①~②は立憲的意味の憲法で統治する際の「内容的な正しさ(正当性)」を保障した言及で、③~⑤は「支持根拠となる感情的納得(正統性)」を保障したものであるという。
2015-07-26 14:36:38twitter.com/kakitama/statu… 以上は、田川さんのデモビラ配りに関する、憲法に絡めたユニークな意見と対比する意味で引用しました。
2015-07-26 14:42:17「表現の自由」と言う個人の権利の主張は正当であっても無制限に主張すれば必然的に他者との「権利衝突」になる。だから「公共の福祉に反しない限り」と言う但し書きで司法が裁定する、以前に調整を促している。憲法のスタディケースかも。 twitter.com/harada_hirofum…
2015-07-26 13:04:12まとめ有難うございますー。「表現の自由」の社会性重要性は、自分的にはまず「情報の流通は社会を維持発展させるには必須の文化的血液。欠乏が進むと欠乏している事自体を情報不足によって認識出来なくなる」と言う文脈で考えています。 twitter.com/discusao/statu…
2015-07-26 15:21:28@harada_hirofumi @kakitama @discusao ツイートを使わせていただきました。問題ありましたら対応しますのでご連絡ください。 togetter.com/li/852497
2015-07-26 14:50:24@kakitama 種々の人権(表現の自由やプライバシーの権利)が衝突する際、人権に内在する「公共の福祉」という原理を用いて制約・調整を行う、というのが「内在的制約」の説明になりましょうか?
2015-07-26 16:49:35@kakitama 内在的制約を考える場合、具体的基準を何に委ねるか?という議論があるようです。この辺全然詳しくないのでwiki参照となりますが、比較衡量論ad hoc balancingや二重の基準double standardの理論を基準とすることが提唱とあります。(続く
2015-07-26 16:52:22おおむねそう言う事かと思います。ただ「外在」「内在」「一元二元」など、細かく見るとかなり説も分かれるし根本的な意見対立もあるテーマですね(^^;。ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC… twitter.com/discusao/statu…
2015-07-26 16:56:09@kakitama 比較衡量論はジョン・ロールズの提唱した「反照的均衡(反省的均衡)reflective equilibrium」と近いもので、「抽象化された原則(法律)」と「想定される個別具体的な状況(判例・判決など)」の間で往復を繰り返し、妥当で体系化された規範が(続く
2015-07-26 17:00:14@kakitama 成立するといったもの。 田川さんが、原田さんがビラ配りの話をされているとき、内在的制約や公共の福祉を持ち出されたのは、そこに各人権間で衝突が認められたので調整としての内在的制約を提示したというふうに解釈したのですが、勘違いしてますか、ボク…?
2015-07-26 17:08:22@discusao 「人権間で衝突が認められた」から公共の福祉の話に持っていった、と言うのは自分の意識でもそうです。その通りですね。
2015-07-26 17:10:43@kakitama そうみたいですね。最近注目株の長谷部恭男先生によれば、そもそも「公共の福祉」とは国家活動の目的一般であり人権相互の調整なんかじゃない、とのことのようですし。。。twitter.com/kakitama/statu…
2015-07-26 17:14:40@discusao そう言えば、以前「日本はで”公共の福祉”の名の下に国が不当な人権侵害をしてはいません」と言う趣旨の外務省から国連への報告書。、日本政府の「公共の福祉」についての公式見解と言っていいまとめかと思います。 twitter.com/kakitama/statu…。
2015-07-26 17:16:35補)「国際人権諸条約に基く政府報告」(2012年)PDF mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ji… 国連人権委の”国家に依る恣意的人権制約への懸念への回答部分がp40に。つまり「公共の福祉」についての政府の公式見解、 (続 pic.twitter.com/GJlrfcn7Pa
2015-05-01 19:06:21@kakitama これ、ご指摘の箇所は40頁の「(5)制限」…<これは人権保障も絶対的で一切の制約が認められないということではなく云々>のといったあたりですね。 twitter.com/kakitama/statu…
2015-07-26 17:45:23@discusao 続)この外務省の解釈には自分も大筋異論はありませんし、「政府とも話の通じる」解釈だと思いますので、あれこれ書いた自分の論も基本的に「こう言う”公共の福祉”のまとめ方」に沿った上で考えています。
2015-07-26 17:25:38@discusao 続)この”公式見解”は人権制約が「内在」である事を前提にしていますし、今の日本の主流穏健な解釈はこれ、と言う表明だと思います。少なくとも政府の側は改憲しない限りこの解釈を踏み外す事はありません、と言う国連への表明とも言えますね。(続
2015-07-26 17:22:17@discusao 続)この外務省の解釈には自分も大筋異論はありませんし、「政府とも話の通じる」解釈だと思いますので、あれこれ書いた自分の論も基本的に「こう言う”公共の福祉”のまとめ方」に沿った上で考えています。
2015-07-26 17:25:38@kakitama とすると、個別具体的な状況(この場合ビラ配りの話)と田川さんの連ツイ(おそらく抽象化された原則論に相当)とがうまく往復してないようの思うのですが(原田さんも最初、個人間の問題・法の話ではない旨述べてるので)… twitter.com/kakitama/statu…
2015-07-26 17:28:45@discusao 原田さんは「個人間の問題」と仰られていますが、自分は「個人の権利の行使の範囲は憲法の”公共の福祉”に直結する」と言う繫げ方をしたわけです。つまり確かに、原田さんの前提に立ったのではなく「土俵の大きさはこれでは」と言うそもそも論に話を広げたわけです。
2015-07-26 17:34:27@discusao 先に書きましたように、自分的には「憲法は国(だけ)を縛る」と言う、一般に良く用いられる表現は「表現不足」だと思っています。だからその立場をまず説明しない限り話が飛んだようなリプライになってしまうわけです。それは自覚しているので、最後に”お詫び”を入れました。
2015-07-26 17:39:34@discusao 話が飛ぶだけならあえてリプライはしないのですが、今回のデモ集会は正に「憲法とは何か」を根源的に問い直すものになっていると思いますし、こう言う”権利衝突”も正に憲法の「実験」の場だ、と言う連想が働いたので、紳士的な原田さんに甘えて「話を広げてみた」次第です。
2015-07-26 17:44:06@discusao で、今回の「個別具体例」に関しては本当にボーダーライン的な「現場」の話だと思いますので、伝聞だけでは簡単には判断しにくいですね。一般論としては「場所を取る」手間をかけた人に現場を「管理」する権利があると思いますが、その外縁の境目はがどこか、と言う話ですから。
2015-07-26 17:50:36@discusao やはり構造上「立憲」「法治」は「民主」の上にあるもので、憲法は民主を「縛っている」。「憲法とは何か」の教育忌避で、空気みたいに認識していた”民主万能”な人には「なぜダメなの、なんなのこれ」と存在の意味に気付き始めた段階と言うか。それは悪い事ではないと思います。
2015-07-26 18:22:39@kakitama 憲法論的議論ではなく本質論的議論として考えると、もともとルールに従う人々を国民と呼んだという意味では同意します。同時に、民主主義となり、法律における権力の濫用を防止するという側面が全面に出てきた段階で(続く twitter.com/kakitama/statu…
2015-07-26 17:54:52@kakitama 続き)石橋湛山の言葉でいう「僕は民主主義は賛成だけど、民主主義で人は人となる(≒成長する)のだろうか」という危惧、「憲法は国だけを縛るものではない」という側面の欠損を生んだとも言えるように思います。(それをして「大衆の反逆」と呼んだりもしましょうが)…
2015-07-26 18:00:53twitter.com/kakitama/statu… この辺の「やっとスタートラインにたったという意味で悪いことではない」といった意見には同意するのだけれど、実は田川さんの提示された「国際人権諸条約に基づく政府報告」は憲法学的な考察として目的効果が曖昧なように思う。
2015-07-26 18:43:11