僕のリアリティ - 本編

@sakstyle さんのtweet 「リアリティ」ということばのリアリティをたどる旅 本編とつけたものの実は壮大な旅路の序章にすぎないのかも 僕のリアリティ - 序章 http://togetter.com/li/8660
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@sakstyle

@migi 小文字ってことは大文字もあるんですよね。ちなみに大文字の方はどんなでしょう?

2010-03-08 22:43:16
@sakstyle

異質性とか矛盾とかが混ざってくる時の感じ。固有名によってキャラクターにリアリティが生じるって話は、それによって矛盾が許容されるようになるってことでしょ

2010-03-08 22:39:33
@sakstyle

あの座談会にひきつけて言うなら、朝比奈みくるという名前があることで、乳輪のでかいみくると乳輪の小さいみくるの両方がありうるようになるわけだw

2010-03-08 22:41:49
@sakstyle

それって可能世界の話じゃんって突っ込まれそうだな。可能世界の話とフィクションやキャラクターの話を繋げるかどうかは保留中。あんまり、可能世界可能世界っていうのもどうなのかなあと思っているので。

2010-03-08 22:48:01
@sakstyle

三浦俊彦の本を読んで、可能世界論をフィクション論に援用するのは面倒だなあと思ったw 単に面倒なだけじゃなくて、直観とも合致しない気がする。可能世界論持ち出さずに、メイクビリーブの方がよさそうだなって感じ。メイクビリーブも検討しなきゃいけないことはあるけど

2010-03-08 22:50:59
@migi

@sakstyle すごく単純に身も蓋も無い言い方をしてしまうと「大文字のリアルorリアリティ」はポストモダン以前の現実感。社会としても世間としても、日本人全体としてある一つの現実感の中で生きてた、みたいな。

2010-03-08 22:54:19
@migi

「何に対してリアリティを感じるか」ということを考えると今ってそれがすごくバラバラになってて、自分のリアルと他人のリアルが大きく違ったり。

2010-03-08 22:56:46
@migi

フィクションで言うと『NANA』にリアリティを感じる人もいれば『シガテラ』にリアリティを感じる人もいれば。

2010-03-08 22:57:43
@migi

ケータイ小説を見てて「リアリティが無い」と思っちゃうけど、若い子たちからすればあれが「リアル」だったり。

2010-03-08 22:58:51
@migi

いかにそれが進んで行ったか、というところでフィクション世界がどんだけそれに影響を与えたのだろうかというのには非常に興味。

2010-03-08 23:01:21
@migi

このままそれぞれの「リアル」がバラバラになったまま進んでいくとどんな世界になるのか。まさに「ある世界とそれとは異なる世界とがぶつかりあってヤバい」という感覚が。

2010-03-08 23:03:27
@sakstyle

@migi 僕の場合、ある一つの作品の中で複数の世界(観)がせめぎあうみたいな感じなので、さしあたってはそういう社会状況は関係ないんですが、じゃあなんでその感じを「リアリティ」と呼ぶのかとなると、無関係ではいられなくなりますね

2010-03-08 23:08:21
@sakstyle

「リアリティ」て語には色々な用法があるわけで、僕の使う「リアリティ」はその中の一つに過ぎない。過ぎないが、なんでその用法がありなのかってことはどうにかして説明しなければならず、そのためには他の用法の分類整理が必要だ。そういう意味でも伊藤剛TiDは使いやすい。

2010-03-08 23:13:49
@sakstyle

キャラクターのリアリティは、色々なものによって担われてるだろうから、固有名だけでいけるとは思えないけど、固有名のリアリティはキャラクター以外にも議論を広げることができそうなので、まずここから考えるのはあり

2010-03-08 23:18:39
@orionaveugle

@sakstyle リアリティが色々な用法がある、という積極的な言い回しを、40代以上の方々から積極的に聞いたことがほとんどありません。私自身、リアルの重さ、というのを感じることは多くあります。このあたりの断層を、うまく埋める必要を往々にして感じます。

2010-03-08 23:23:26
@sakstyle

「朝比奈みくる」という語にリアリティがあるように、「CP対称性の破れ」みたいな語にもリアリティがあると思う。ここでいうリアリティとは指示対象の実在性ってことではなくて、それこそやっぱりテクスチャってこと。

2010-03-08 23:22:21
@sakstyle

うーん、自分はリアリティではなくテクスチャって語を使うべきなのか? しかし、フィクションのテクスチャ論とか言っちゃうと、まるっきり別のもの(文体論とか)に聞こえてしまう。いやまあ、文体とか大事だと思ってるから、まるっきりじゃないけど

2010-03-08 23:25:10
@sakstyle

「CP対称性の破れ」という語のテクスチャ的リアリティ、とか我ながらイミフである。しかしそういうものを感受できるですが、天才物理学者かSF作家になったりするんじゃないのだろうか、とかとか。

2010-03-08 23:33:44
@sakstyle

「CP対称性の破れ」にテクスチャ的リアリティを感じるかどうかは、『虐殺器官』の主人公が抱いてる言葉フェチズムや彼が政府高官に抱く印象(彼らは国家をリアルに感じる)に通じる

2010-03-08 23:37:38
@murakami_kun

@sakstyle それってクオリアなのではないかとビクビクしている。

2010-03-08 23:41:37
@sakstyle

@murakami_kun うーん、多分クオリアじゃない。クオリアと言いたくなるような見た目を取ることもあるかもしれないけど、そうじゃない場合も考えられるから、わざわざクオリアを持ち出さなくてもいけるはず

2010-03-09 00:07:31
@murakami_kun

@sakstyle なるほどね。いやとても言いたいことは分かる。ちなみに僕は固有名と固有名性という考え方をしてる。たぶん後者はSAKくんのいうリアリティに対応していると思うけど、固有名性を導入すると固有名が解体されるのでめんどい。

2010-03-09 00:15:14
@sakstyle

さて、@orionaveugle さんや @migiさんへの、応答になってるかは解らないけど応答。「リアリティ」という語の用法の多様化は、「現実」概念や認識の複数化を必ずしも意味しないと思います。(以下続きますが、@はつけません)

2010-03-09 00:10:28
@sakstyle

リアリティという語の用法はたくさんあるが、それは別に適切な語があるにもかかわらず、省力してリアリティという語を使ってる場合が多いからではないかと思っている。

2010-03-09 00:12:52
@sakstyle

例えば、SFXが多用される映画に対して「リアルな映像表現」という場合、「迫力ある」とか「臨場感のある」とかいった言い回しに置き換えれば事足りる。「迫力がある」ことと「現実的」であることは、時に背反することもあるが、構わずに「リアリティ」と呼ばれている。

2010-03-09 00:15:40