ヤンデル先生の病理学と遺伝子検査の話

病理医ヤンデル @Dr_yandel

「遺伝子の検査が発達すれば、細胞とかして遺伝子調べればぜんぶの病気がわかるんでしょう？だったら顕微鏡なんか見てせこせこ診断する病理医なんて必要なくなるねｗ」 みたいな話をたまーに聞くんだけど、半分あってるけど半分まちがってるのでちょっと補足をします。わりと医学生向けの話

病理医ヤンデル @Dr_yandel

「遺伝子変異があれば癌」と「癌には遺伝子変異がある」のどちらも（現時点の科学知識によれば）おそらく正しくないです。 たとえばPeutz-Jeghers症候群で出現するポリープには遺伝子変異がありますが、あれは過形成性ポリープなので少なくともその時点で癌ではないですね。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

「癌には遺伝子変異がある」も誤りで、たとえば肺癌には染色体異常によって出現する癌があります。白血病・悪性リンパ腫なども同じです。遺伝子変異と染色体異常はぜんぜん違いますね。もっというと、「何が決定的な理由となり発癌に至ったか」が解明されている癌の方が少ないです。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

あとはたとえ話になるんですが、「街を破壊し人に迷惑をかけるホンモノの悪人」を探して取り締まるという話を考えた時。日本刀をふりまわしながらリーゼントにイレズミ、特攻服のおにいちゃんが歩いていれば100％取り締まっていいかという問題があります。この人はコスプレイヤーかもしれない。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

まあコスプレイヤーであっても日本刀振り回してたらつかまりますが、「遺伝子学的に、あるいは細胞学的に『悪そう』であっても、癌とは限らない」のが疾病学の世界です。実際に街を破壊している（＝浸潤、転移している）ところを捕まえないと、一般的に癌とは診断できませんし、してはいけません。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

逆に、スーツのさわやかイケメンの顔をしながら裏で大犯罪に手を染めるインテリヤクザみたいな癌細胞（細胞をみただけでは癌とわからないが、転移能がある）もあります。 現段階では遺伝子とか細胞だけをみて「癌か、癌でないか」すなわち「放っておくと死ぬか、死なないか」を見極めるのは難しい。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

だからまあ、遺伝子研究がこのまま進んでも、病理医の仕事は100年くらいはなくならないと思いますよ。どこですごい発見があるかわかりませんから100年くらいと言っておきますけどね……。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

なお、病理医の仕事は「細胞をみて癌か癌じゃないか診断する」だと思っている人がいっぱいいますが、まあそれメインではあるんですけど一部ですね。 ・細胞や臓器の変化を、目に見えるもの・見づらいものあわせて観察し、病気の正体やどれだけ進行しているかを診断する のが病理医の仕事です

病理医ヤンデル @Dr_yandel

病理というと「顕微鏡診断学」が有名なんですけど、それあくまで一部です。 「肉眼的診断学」 「画像対比診断学」 「顕微鏡的組織診断学」 「遺伝子診断学」 「臨床検査データ総合診断学」 などが全部病理医の仕事に入ります。人によってどれが得意かは違いますが……。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

おまけですが、わたしは「遺伝子変異があるからこの病気はここに分類すべき」という昨今の風潮は「すごく気を付けて」取り扱わないといけないと思っています。 医学における疾病分類の根幹は「治療法によって分ける」に置いたほうがいろいろ便利な気がしますので……。

病理医ヤンデル @Dr_yandel

遺伝子変異という「きっかけ」が「治療ターゲット」にもなるというのは事実なので、いろんな疾病に対して遺伝子を調べるのはすごくいいことなんですが、単一カスケードで発現調節が行われている細胞・臓器・器官など無いに等しいのです。カオスエッジを乗り越えた先にある「発現形態」を加味しないと。