丹生谷貴志ツイートまとめ(2015年8月)

丹生谷貴志さんの2015年8月のツイートをまとめました。
人文 アレクセイ・ゲルマン ドラゴンボール 丹生谷貴志 デリダ 芥川賞 濱口竜介 ドゥルーズ 又吉直樹 小泉文夫
nibuya @cbfn
世界には何かしら問題がある、何が問題なのか?問題の答えを持つ誰かへの希求etcこの連鎖が世界を問題の全体性の虚構へと構成する。世界には問題があるという無根拠な第一動因の陥穽を開くこと、問題を機能不全に開くこと・・・という言明自体があたかも問題提起であるかのように捉えられてしまう?
nibuya @cbfn
余談。お盆は「気軽な本」・・・又吉さん事件(?)のせいなのか意味不明にA賞とH賞の違い云々やらの空疎・・昔は「中間小説」っていう今となっては色々取れる便利な呼称があったわけです。エンター、トランス、ヴァケーション、リンボ、エレホン・・・まあ、前衛も後衛もなく、大体が「衛」が不要。
nibuya @cbfn
「気軽な本」と言っても最近は大小様々な「問題小説」ばかりで意外に見つけるのが難しい。結局川端さんの少女小説とか大岡さんの推理小説とか三島さんの『夏子の冒険』風のを本棚から20冊ほど探し出して無駄な出費を控えたことの成功に満足する。
nibuya @cbfn
どうでもいい話。こういう仕事?をしていると映画でも小説でも素直に楽しめない・・てな嘆きを口にしそうになるけれど、例えば『3匹荒野を行く』みたいな映画で犬や猫が出会う不運が辛くて映画館を逃げ出てしまうような人間ですんで、むしろ多少の理屈で自己防衛しないと「波乱のお話」が耐えられない
nibuya @cbfn
誰もが知るようにジャック・デリダはその思考の仕掛けとフランス語ができないとその仕掛けが十全には分かりづらいという点を除けば難解なところのない書き手で、むしろその朴訥さに感動してしまうことがある一方、優しく歓待の身振りを持ちながらロラン・バルトは最も難解な書き手かもしれません。
nibuya @cbfn
初期のテーズの準備と注釈的展開の文章群はともあれ、デリダの膨大な本はゼミや講義で読み上げるべく準備された文章を根幹にしていて、その意味で「説得的ディスクール」の性格を持っているし、意図的皮肉?なのだろうが、彼の本は「声に出して読まれる」という想定で機能するエクリチュールであり・・
nibuya @cbfn
CDを聴き続けの状態は端から見れば多分いい御身分でという感想か、いや実は勉強で、なんて嘘はつけませんが、ともかく囚われているのは如何なる社会がこのような音楽を生み出したのかなんて社会学的問いではなく端的に「如何なるメカニズムがこのような音の構成体を生成させたのか」ということで・・
nibuya @cbfn
小泉文夫先生は学生の頃未だ御健在でしたが、正直のところその「音楽民族学」は必ずしも説得的ではなかった。音楽というカテゴリー設定が結局エスノサントリズムの影を引き摺っている? 付け焼刃の推論は不毛。今の所例えばレヴィ=ストロースの巨著『神話学』の構成そのものが注視の襞になるか?・・
nibuya @cbfn
小泉先生の広大な民族音楽渉猟は偉大なものだが、その収集を覆う視点が結局ヒューマニティの基底を不思議なくらい温存したままであることに僕は苛立つ・・・無論先生の収集の音源の中には異様な雪崩れに開くものがあったはずだが、没後出されたアンソロジーのワールドミュージック風の臭みには失望する
nibuya @cbfn
余談。お盆の迷走状態、何故か『ウィルヘルム・マイスター』を読みかけ、こんなもん読んでる時じゃないと放り出し目に付いた『ヴードゥー・チャイルド』を鳴らし、ホイホイホイ!これでは壊滅が過ぎるわけで、モーツアルト12歳の時のミサ曲を探し・・・お盆はしかし、一体いつのことなんだろうか?
nibuya @cbfn
インドについては故ラジブのころに興味を失って以来全く調べもしていないが、巡礼出家の現状はどうなっているのだろうか。「近代化」を打ち出したラジブ政権は列車やバスの出家を理由とした無賃乗車の取り締まりを強化し結果としてサドゥーやそれに準ずる者の移動を大混乱に導いたと認識しているが・・
nibuya @cbfn
濱口竜介監督『ハッピーアワー』、「女優さん」たちロカルノで受賞! めでたい、めでたい。
nibuya @cbfn
今更の確認。ドゥルーズがダニの例を好んであげること、これはユクスキュルからの引用から来るのは周知ですが、一方彼は「寄生者=パラジット」であることの存在様態の擁護をそこに賭けているので、「お前は社会の寄生虫だ!」という罵倒(?)に対して一切痛痒を感じる必要のないことの認証。
nibuya @cbfn
ぼんやりネットサーフ・・・しかしアニメやアニメ作家に関して「裏道学者」というか「裏職員室」というか「学級委員パンク」といか、ともかくそんな文章やら対談を読まされるようになったのはいつ頃からなんだろうか?
nibuya @cbfn
余談。今の学生さんは年代的にもう『ナウシカ』やら『千と千尋』やらを見る世代ではないし、質問すると事実見ていないのだが、レポートとなると妙にそうしたアニメやらの名が出るのは彼らが参照するネットの書き込み情報が一二世代前の「大人連中」のものだからだろう。ネット情報が老いているわけだ。
nibuya @cbfn
必要に迫られてR・パワーズ『オルフェオ』を読み始めようとし、別の必要で注文したマーラーの歌曲集が届く。パワーズの小説は冒頭近くにマーラーのこの曲が現れ主人公のある運命を決することになっているのを知る・・・もっともこの偶然が何か素晴らしい結果を生むというわけでは全くないのは明白。
nibuya @cbfn
何とも嫌な後味の日々。それはともかく、気になると追い続けてしまう悪い癖で、シューマン。ピアノ、歌曲は誰につけ苦手なので管弦楽系だけ、未完のツヴィッカウ交響曲まで探し回る。まあCDが驚くほど安価になっているので出費ではないけれど、我ながら無駄な性格・・・
nibuya @cbfn
余談。バイクで神戸、日射は真夏、走行風は明らかに涼しくなっている。高速を走るハーレーの多さ! オープン・スクール、久しぶりにロッカーを見ると廣瀬純、四方田犬彦の新著が届いていた、感謝。しかし思うことがすぐ著書となって現れるお二人の生産力・健筆に感嘆。笠井潔さんの新著、持続する志!
nibuya @cbfn
昔の道学的感傷教育の垢が災いしてベートーヴェンが我慢できず、打開のために新解釈らしいガーディナーという指揮者のものを試しに聴く。確かに綺麗なガラス食器に囲まれた中で響くような音で新鮮・・・だがなぜか聴いていると神経がスカスカになり眠くなる。まあこれが新しい狙いなのかもしれない・・
nibuya @cbfn
ファウストの死後メフィストは「事終わりぬ」と言う、亡霊たちはそれに「事は過ぎ去った」と応答しメフィストを怒らせる。「事終わりぬ」というキリスト最後の言葉をもじったメフィストと亡霊たちとの深遠な論争とされもするが、手塚訳は「難癖にぷんぷん怒るメフィストの矛盾」とあっさり注している
nibuya @cbfn
ドラゴンボールZのエンディングソングが昔から好きで、その歌詞に「あ〜もう、神様もつらいよね」というのがあり、ところでアレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』の原題は『神様はつらい』であって、従ってゲルマンの遺作は「ドラゴンボール異聞』とでも言うべき映画である、と、納得している。
nibuya @cbfn
PC放送で『オリエント急行殺人事件』を端折り見。ポワロ物に限らずクリスティーも或る時期以降背景と事件動機が暗く陰惨になって行くのは、思えばクリスティーもいわゆる「暗い時代の人々」の一人であることを再認させる・・・というつまらない確認。

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