2015年9月11日

SFと純文学の間にある垣根は「以前ほど高くない」VS「崩壊してるよ」

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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

さて、『文學界』の「新人小説月評」。今月最も高く評価した作品は、三輪太郎「憂国者たち」。三島由紀夫を研究する二人がが、方や内戦を取材し、方やヘイトスピーチの現場に出くわして変わっていく。クライマックスには「ゼロ年代日本SF界の最高傑作」である『虐殺器官』という名前まで出てくる。

2015-09-09 03:39:30
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

SFと純文学の間にある垣根などというのは、以前ほど高くないのではないだろうか。週刊読書人に掲載されていた小谷野敦さんと栗原裕一郎さんの対談でも、『新潮』に掲載される作品が「SF」だと評されていたし。(ぼくもそう思う)。芥川賞候補になった内村薫風の「Mと∑」なんて、特に。

2015-09-09 03:41:15
川本直 @kawamoto_nao

フィリップ・K・ディックやJ・G・バラードが登場した時から純文学とSFの垣根なんて崩壊しているよ! 何言ってんの。

2015-09-10 12:28:29
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kawamoto_nao その見解が成立するためには、「純文学」という日本語の指している、独自の歴史や蓄積を持っている領域が、日本の外にもあるのかどうかということを、精密に検討する必要があると思います。

2015-09-10 23:00:29
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kawamoto_nao 無論、「純文学」は日本固有か否かの論争については、第二次純文学論争における有名な争点だったので、改めてぼくが再論する必要もなかろうと思いますが。

2015-09-10 23:02:15
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita 円城塔さん、忘れてますよ。

2015-09-10 23:02:29
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

@kawamoto_nao 芥川賞の授賞式にぼく、呼ばれていってますし、忘れるわけないですよw

2015-09-10 23:03:32
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita じゃあ。今更純文学とSFの垣根が崩れてきたとおっしゃらなくとも(笑)。

2015-09-10 23:06:14
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita 藤田さんの見解はどうも日本の文壇内のトークのような気がするんですよね。

2015-09-10 23:04:06
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kawamoto_nao 「気がする」のは自由ですが、純文学が海外にもあるかないかの問題は、その「気」とは無関係な問題です。これについては、見解を出された方がよろしいかと。

2015-09-10 23:09:26
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita 大衆文学と純文学の差は海外文学にも「かつては」ありますよ。藤田さんの発言はその垣根をSF側から超えたニューウェーブSFを忘れて日本の文壇内のことばかり話してらっしゃる。

2015-09-10 23:10:19
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kawamoto_nao なるほど。いわゆるPopular fictionと対比されるSerious fictionを、「大衆文学」と「純文学」に対応させることができるお考えなのですね。英語でPure literatureと言えば、日本固有のジャンルを指す言葉なのですが。

2015-09-10 23:17:23
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

英米圏の人間が、「純文学」とSerious literatureをイコールだと思っていたら、Pure literatureという言葉を使ってわざわざ別のものと示す必要はないと思うのだけれど、いかがだろうか。

2015-09-10 23:19:00
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita レトリックはどうでもいいです。もう一度問います。何故「今」「SFと純文学の垣根が崩れてきた」とお考えに? 円城塔さんの芥川賞受賞の場に立ち会った藤田さんが? 筒井康隆さんすらSF内の枠に押し込めることは最早出来ないのに?文壇内ポジショントークですよね?

2015-09-10 23:19:45
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita 本質からずれた発言です。前のリプライにお答え下さい。

2015-09-10 23:20:11
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kawamoto_nao レトリックではないです。あなたが無知であると指摘しているのです。

2015-09-10 23:20:51
川本直 @kawamoto_nao

@naoya_fujita 今時「SFと純文学の垣根が崩れてきた」と言っている藤田さんの方が無知蒙昧の輩でしょう。

2015-09-10 23:21:20
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

@kawamoto_nao では問いますが、「何故「今」「SFと純文学の垣根が崩れてきた」とお考えに?」との質問の前に、ぼくがそのように考えたと解釈をなさった根拠となる文章を引用していただけますか?

2015-09-10 23:22:33
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

@kawamoto_nao この発言部分をそう受け取ったのでしたら、読みが甘いのではないでしょうか。「SFと純文学の間にある垣根などというのは、以前ほど高くないのではないだろうか。」 まず第一に、「今考えた」ことの根拠にはならない。第二に、「以前」で指している時期を誤認してないか

2015-09-10 23:25:29
川本直 @kawamoto_nao

この発言は今日ですよ。「以前」で指している時期を誤認というのは言い逃れです。最近の週刊読書人や『新潮』の掲載作品を参照になさっているのでは。 twitter.com/naoya_fujita/s…

2015-09-10 23:27:12
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

@kawamoto_nao 「何故今その発言をするのか、その行為遂行的な目的は何か」という問いであれば、先ほどの文壇ポジションの問題を解釈の解として推測し、ぼくの内面を誤認したのも、理解はできます。

2015-09-10 23:27:30
川本直 @kawamoto_nao

回答になっていません。オウム返しです。何故垣根がなくなってきたと今日発言したかご教示下さい。遥か前から垣根は崩れているのに。 twitter.com/naoya_fujita/s…

2015-09-10 23:28:49
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

@kawamoto_nao いくつか。1、同じことは、当たり前のように自分で思っていても、世の中に何回繰り返しても、重要ならば、別に損はない。2、「以前」という言葉でぼくの念頭にあるのは、1930~60年代。なぜなら、最近その時期の日本文学を読んでいるから。

2015-09-10 23:29:07
川本直 @kawamoto_nao

1はちょっとおかしいですね。2は藤田さんの個人的な事情ですね。 twitter.com/naoya_fujita/s…

2015-09-10 23:29:47
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コメント

catspeeder @catspeeder 2015年9月11日
デックやバラードって純文学寄りかあれ?
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大野典宏@ただの一読者 @oono_n 2015年9月11日
川本直の勝ち。藤田、弱いなぁ。。。
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エリ・エリ・レマ・サンバディトゥナイ @mtoaki 2015年9月11日
吉村萬壱の「クチュクチュバーン」が文学界新人賞とったというのには今さらなんでこんな凡庸なSFが評価されるんだろうとは思ったな。
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taka @Vietnum 2015年9月11日
結局、純文らしい純文をかけない作家が増えすぎてて、しかも平々凡々とした某大学文学部上がりのコネ作家が増えすぎて、あまりにストーリーも平凡な日常に偏ったために、かなり前からSF要素をとり入れないとダメな状況に陥っただけなんじゃないの? 文体も普通だし(かといって移人称小説とか言う「いまさらそれかよ」的な要素を取り入れてがんばってますアピールしてるし)、火花は純文っぽいけど、必死に純文を真似てる感がひしひしと伝わってきて哀しくなるし、どっちにしても文壇内で騒ぐわりに、いつも読者は置いてけ堀。
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endersgame @endersgame3 2015年9月11日
日本の純文学って9割私小説だからね…余計にディックとかと重なっちゃうよね。
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大石陽@聖マルク @stmark_309 2015年9月11日
純文学とSFの垣根がどうこう、という話ではなくて、日本の純文学が核となるものを見いだせずにどんどん薄まった結果辺縁部分は他のジャンルと区別がつかない(SFに限らず)って話だと思うけどな。特段SFにだけ接近しているとも思えないし。
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nekosencho @Neko_Sencho 2015年9月11日
21世紀なんだから日常がSFなんだよ
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hanaya @hanaya100 2015年9月11日
ラノベと同じで「純文学」も定義が曖昧だからすれ違うんだろうな。明治からの私小説の線上にある作者と作品の関係性から読み解く文壇上の「純文学」と、広義の「娯楽作品風でないもの全て純文学」まで、どこを指しているのか決めないとまず会話が成立しない。
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kartis56 @kartis56 2015年9月11日
「純文学」という括り自体が意味不明。ほとんど普通の小説でしかない。
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kartis56 @kartis56 2015年9月11日
そもそも文学と言う言葉に学問性がなく、さしてるものがあいまいで意味不明。
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Mizuta Fumitaka @Humi_TW 2015年9月11日
明らかに、SFを純文学の下に置いた上での発言だよなぁ…ライトノベルよりも面白くもなく、読んでいて苦痛しか感じない文体の、純文学と称する小説が腐る程あるのだけれども、どうなんだろうねえ…(^^;;
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小川靖浩 @olfey0506 2015年9月11日
まぁ、SFは19世紀~20世紀の「科学の時代」になって勃興した「若い文学」であることは間違いないわけだし、そこいらを甘く見られているきらいがあるのはしょうがない。とはいえ、すでにSFもすっかりこなれてきた時期であるわけであり、いい加減無意味な「格式」にこだわるのはどうかというのはおおむね同意だが。
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mmmmmtttt37 @mmmmmtttt37 2015年9月11日
自分もガキの頃から読者はしてるけど、いまだに「純文学」の意味・それが何を指すのかが分かんねーや。
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未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年9月11日
安部公房がSFマガジンに連載したり、銀背の本で早川書房から出た時代もありました。
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ArgentBrand @ArgentBrand 2015年9月12日
藤田氏の曰く「英米圏の人間が、「純文学」とSerious literatureをイコールだと思っていたら」……Serious literatureを訳したら「純文学」と出て(グーグル先生なんでお察し)困惑している当アカウント。なお"Serious fiction"も同……普通【謎】「SF」って「Science Fiction」だと思うんだけども。はて?あれ?
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ぱんどら @kopandacco 2015年9月13日
言葉や定義を濁し、即答を避けるほうが議論としては上手い(明確には負けないから)けど、それが相手や周囲に納得してもらえるかは別で、個人的には可能な限り明瞭な定義と言葉を使う側に好感を感じます。この件に限りませんが。
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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita 2015年9月13日
このコメントは、一般の読者の方には無関係です。あくまで、川本直氏が「文芸評論家」を名乗られている限りにおいて、その能力を疑われかねない箇所について、余計なことながら註釈を入れさせていただこうと思います。第一に、書き手の人間の「内面」と、書いてある「テクスト」を留保なく一致させようとする態度はいただけません。素人ならいざしらず、書き手の内面と「書き言葉」は、何層にも乖離があることは、文学の専門家ならご存じのはずではありませんか。たとえ、それが、ぼくによるツイッターへの書き込みであってもです。
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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita 2015年9月13日
第二に、こちらが致命的なのですが、「第二次純文学論争」をご存じではないことを露呈させてしまった。私はそのことを、この議論の中で「明言しない」という情けを示したのですが、説明いたします。第二次純文学論争とは、元マンガ編集者で『サブカルチャー文学論』を書かれた大塚英志氏と、SFと主流文学の境界領域である「スリップストリーム」の書き手と見做されていた芥川賞作家・笙野頼子氏との間で主に行われたもので、「Serious fiction」云々の話は、笙野氏が既に検討しているんです。
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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita 2015年9月13日
ちなみに、笙野氏は、スリップストリームの書き手と見做されながら、純文学擁護の論陣を張られました。大塚氏も、「売り上げ文学論」と揶揄されていますが、ぼくの読んだところによると、文学が特別なものであり、維持されるべきだという問題意識で論を書かれているように感じます。で、「SFと純文学の境界」を論じる人間が、この論争を「知らなかった」状態で議論しているのが、川本氏の能力への疑念を生んでしまうんです。
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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita 2015年9月13日
第三のポイントは、文芸評論家が「レトリックはどうでもいいです」と言ってしまうのは、いかがなものかということです。レトリックこそが、文学の生命であり、内容と不可分のものなのではないでしょうか。
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藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita 2015年9月13日
四つ目は、些事的な違和感にすぎませんが、「男の娘」に関する著作もお持ちの方が、「本質」という言葉をお使いになられるのは驚きました。「本質主義」は、ジェンダー問題などにおいて、既存の保守的なものの見方を強化する思想とされてきた歴史があるので、ぼく自身は結構「本質」という言葉を使うときはナイーブになります。 ぼくからの註釈は、以上です。
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sudoufu @kappazizou 2015年9月13日
西洋出羽守と言われるかもしれないが、グレッグ・イーガンやロバート・L・フォワードみたいにweb pageに数学的解説がてんこ盛りなSFを想定して日本SF小説を読んじゃうと、麦茶と間違えて麺つゆを飲んでしまったようなコレジャナイ感が半端無い。
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F @survey_Fxxx 2015年9月25日
川本直って山形浩生にもボコられ岡和田晃にもボコられ鈴木創士にもボコられとツイッターで色んな人にちょっかい出しては返り討ちに遭ってるみたいだけど、ただのメンヘラかまってちゃんなんじゃないのか?
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