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前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
で、実はその先の切り口として「実は光は粒子としての性質もあって云々」が始まるわけですが、とりあえずそれは今は触れないよ、ということで。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
今、「光」に関してはいえば「電磁場の振動だ」というところまで切り口があって、そこまでの法則はちゃんとわかっている。そっから先を無理に考えてもいいことがあるかどうかはわからない(妄想に嵌り込むかもしれないし)し、考える必要は今はないという感じでしょうか。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
「世界の切り口」論から言うと、「今見えている切り口」で起こることについて正しい法則を知っているならば、少なくとも新しい「まだ見えていない切り口」が出てくるまでは満足していい。我々は【水】を知っているから【水面】では満足しないわけだけど。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
そして我々は電磁場という【水面】の下にある【水】にあたるものを知らなくても(さらに言えばその先が何もなかったとしても)、特に困らない。というのは電磁場がどんなふうに動き回るか、その法則は全部知っているから。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
「わからないものについては触れない」のが科学的姿勢だと思うので、我々は「電磁場は実は【???】が振動しているのだ」というのは、モデルを作ってみることはあっても断定しない。「水面の下にあるのは水だ」が断定できるのは、水面下を見る技術が我々にはあるから。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
水面と水の話に戻しましょうか。我々は水を知っていて水面を知っているので、水面の波を見て「水が移動している」と考察する。だが光を見ても「電磁場が振動している」ところまではわかっても、「そこに動いている【何か】はあるんですか?」については何も言えない。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
電場は空間の各点各点で、「強さがこれだけで、向きがこれだけで」というふうに、大きさと向きが割り当てられてます(具体的には、その場に正電荷を置いたらどんな力を受けるかな?で定義する)。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
じゃあ電磁場はどういう概念なんだ、と言われると、カテゴリーとしては「場」ですね。 「場」とは「空間の各点各点になんらかの物理法則に従って時間変化する量が分布している、その(事実上無限個の)物理量(変数)」という感じでしょうか。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
そういう意味で私は『電磁場は物質ではないが、物理的実体がある』という言い方をよくします。磁石を手に持ってN極とN極を近づけると、確かに「なんかそこにあってわしの手を押してる」と感じることができる。その程度には実体ある存在。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
私の住む世界の慣習に従い、光(電磁場)は物質に入れないことにしますが、電磁場はそれでも物質と力を及ぼし合うことはできる。また電場と磁場は互いに影響を及ぼし合うことで、「伝わっていく」ことができて、それが電磁波=光になります。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
ただ、「光は物質の範疇に入れない」からといって、それが「光は何かに力を及ぼしたりしない」という意味かというと、違います。光は(そして電磁場も)物質に力を及ぼします。「物質でなかったら押せないはずだ」と思っているなら、それも間違いだということになります。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
ああそうだ。すでに「光は電磁場の振動だ」という話をしたのですから、「光は物質か?」という質問は「電磁場は物質か?」というのと【ほぼ】同じ質問になる、とも言えます。電磁場は「物質」の範疇には入れないことが多いですね。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
で、光は「物質」なのかどうか、と言われたら、そりゃ「物質」という言葉をどう定義するかって話になります。もし「物質とは大きさと重さがあり、手に取って触れるものである」という定義なら、光は物質じゃないです。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
「現象なのか」「物質なのか」を二択のように捉えているのも間違いで、「現象」というのはこの世で起こることはほぼ全部現象でしょうから、「物質である現象」と「物質でない現象」があるだけでしょう。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
まず、「粒子」に対して形と重さを持った物をイメージするのは間違いです。形も重さもないものを「粒子」と呼んではいけない道理はありません。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
光の場合の「振動しているもの」は電場と磁場(まとめて電磁場)です。電場と磁場の変化が伝わることで「光」が伝わります。電場も磁場も電荷に対し力を及ぼすものなので、それが眼の中の視覚細胞に影響を与えるというのが【見る】という現象の一部です。 @kamooshika
K @kamooshika
@irobutsu もう一点は先ほどの延長で考える波とは変化が伝わる現象という風に考えられますが、光が波であり粒子であるという場合、粒子というのは形と重さを持った物をイメージします。すると光は現象なのか、物質なのか、その組み合わせなのか、それらとは全く異なる概念なのかが疑問です。
K @kamooshika
@irobutsu そこで疑問なのは、光を波という場合にこの同じ考え方ができるのかという点です。波としての光はそれを伝える水に当たる媒介があり、その変化として考えられるものでしょうか。その場合、変化しているのは何なのでしょうか。
K @kamooshika
@irobutsu それがAからBまでの区間で連続しているのだと推測します。そのようなものとして波をとらえるとして、そこに波が”ある”ととらえられるのは水という物質が媒介としてあるからです。
K @kamooshika
@irobutsu そうすると水面の上下の変化はAB間のそれぞれの位置での水の量の変化が現れた形であり、波は水面の上下動を見ないとしても、その水の量の変化がAからB方向に向かって伝わっているものと考えられます。そしてそれは各地点での変化がある一定の範囲の中で反復する性質のもので、
K @kamooshika
@irobutsu この場合(ほかの波に応用可能かはわかりませんが)、波は一種の量的変化と考えられるでしょうか。
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
リンク先にはjavaアプレットによるアニメーションもあるので、javaが動くのなら見てみてください。 水面波は水という物質の押し合い(圧力掛け合い)で起きてることがわかります。 @kamooshika
前野[いろもの物理学者]昌弘 @irobutsu
水面の波(ただし水深が浅い場合)、水中の水も動いてます。上下にだけではなく、水平方向にも。図解があるので、 phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/cgi-bin… をみてください。 twitter.com/kamooshika/sta…
K @kamooshika
@irobutsu この場合、何が起きていると考えればいいのか。というのが一つの疑問です。
K @kamooshika
@irobutsu 単純には、水面の上下動がA点から始まって徐々にB点に伝わっているように見えます。つまり、なぜか水が総体となって何かの動きをしているように見えます。それは界面だから上下動していると言えるのであって、水中で波が伝わっているとしたらその考え方は成り立ちません。
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