備忘録のカウントが面倒になった

たぶん9か10
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ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

@tkhime_TL するりと彼女は庭へと降りる。裸足の足が石を踏む。月の下、俺の正面に立って、濃茶の瞳が覗きこんできた。手が伸びて、少しの躊躇の後で、指先が長くしている前髪に触れた。 軽薄な口調と表情はふとした瞬間に、柔らかくなる。 「月の光なんて要は太陽光の反射なんだけど」

2015-09-27 22:36:43
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

@tkhime_TL あたしの生まれ育った場所があんなにぴかぴかしてるのも不思議だわ、等と嘯きながら彼女は前髪に触れるのを止めない。 「キミの髪の毛はどっちかって言うと、お日様の色だけど。…だからこそ、月が似合うわ」 そこまで言って、彼女は手を放した。月を見上げて、手を広げて。

2015-09-27 22:40:45
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

@tkhime_TL 思わず伸ばした手は彼女には届かなかった。 宙を掴む俺の指先の向う、月の下で彼女はくるりと回って、月を見上げて。 帰る場所は無いと彼女は言った。 ――帰りたくない、なんて、一度だって聞いたことは無い。 空を切る指先を隠して、月を見る。 きっと彼女は。

2015-09-27 22:46:28
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

@tkhime_TL 「…いつか」 「うん?」 言葉は団子と一緒に呑みこんだ。いつか。 自由の無い、そう遠くない未来に失われる彼女に、その言葉が叶う可能性はどれだけあるだろう。 「なぁに、国広ちゃん」 「何でもない」 月が綺麗だと、ただ、そう思った。

2015-09-27 22:49:43

▼獅子王と生霊審神者

ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

病室は乾いて白い。無菌室だと、彼女は教えてくれた。病室の片隅に膝を抱えて蹲り、顔を覆って。 「…見て欲しくなかったんです」 こんな、浅ましい姿。 沢山の管に繋がれた痩せ細った身体は、生きているのが不思議な程だった。皮と骨しかない。触れればそこから壊れそうだ。

2015-10-20 23:07:04
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

生の気配さえ感じられない。管と機械に覆われた身体は、果たして人間なのかどうかすら、定かでなかった。部屋の隅で項垂れる彼女にはある長い黒髪も、その身体には最早無く、代わりに頭蓋に管が数本、通されている。

2015-10-20 23:08:28
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

獅子王はただ、哀れを感じ、それからそっと、その肉体から目を逸らした。そうするのが、きっと彼女に対する礼儀だと思えた。 「ずっと会いたかった」 「こんな私にですか」 「…確認しておきたかった」 ヤチが何を願っているのか。 薄闇に金の瞳を溶かして、彼は顔を上げる。

2015-10-20 23:10:01
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

「…ヤチは何を、俺に望むんだ?」 部屋の隅の小さな少女。中央で眠る抜け殻に宿っていた魂。今は肉体が生きているために「生霊」である彼女はようよう、その言葉に顔を上げた。蒼褪めた顔の中で、瞳だけが濡れて確かにひかって見えた。彼女は息を吸う所作を見せ――生霊に意味のある行為ではない。

2015-10-20 23:11:53
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

ただ、多分、そうするだけの間が必要だったのだろう。 それから彼女は項垂れる。はらりと黒髪が顔の横を流れて、――抜けて、落ちた。身体に近付いたことで、本来の自分の形を思い出しつつあるのだ。ああ、もう長くないのだと、獅子王は己の今の主に手を伸ばそうとして、その手を握りしめる。

2015-10-20 23:13:03
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

彼の知っている人の「死」には尊厳がある。 無念があり、悔いがあり、苦痛があり、しかしそこには尊厳があった。 今目の前にあるこの抜け殻に――半年すれば「維持費が払えない」という酷くくだらない理由で死ぬことが決まっている抜け殻に、果たしてそれがあるのか。

2015-10-20 23:14:13
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

果たしてヤチは言った。絞り出すような声で。ずっと願い続けたたった一つの望みを。 「殺してください。私を。獅子王の手で」 それ以上は望まないと、か細い声はしかし間違いなく、絶叫であった。目の前の哀れな抜け殻が、咽喉に穴を開けられ、言葉すら侭ならぬそれが、恐らくずっと叫びたかった。

2015-10-20 23:16:43
ズボラ女は頑張らない @nmkmn1201

「――私を『人』として死なせて下さい」 次いでヤチが告げた言葉は最早震えてはおらず、しん、と病室に落ちた。機械の音が、その隙間を縫うように埋める。獅子王は自分の呼吸の音が聞こえるような沈黙の中で、刀の柄を静かに握り直した。 ――嗚呼。 ――この時が来るのを、ずっと待っていたのに。

2015-10-20 23:18:09
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