黄昏町(柊)幕間 彼女と縁日と角

幕間。時系列的には五十四日目とお考えください。 参照/三十一日目→http://togetter.com/li/866420 翌日/五十五日目→http://togetter.com/li/878163
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@hiiragi_r_t_d

【幕間 彼女と縁日と角】 #hollytk

2015-09-25 23:37:30
@hiiragi_r_t_d

彼女は歩いていた。 「出ていってしまうのかい?」「名物だったのに」「さみしくなるねえ」 左右の出店からかけられるのは、彼女との別れを惜しむ声。しかし一人も、彼女を名前で呼ぶ者はいない。 彼女は長い白髪を軽く振り、未練を振り払う。 01 #hollytk

2015-09-25 23:39:13
@hiiragi_r_t_d

ここは変化を恐れる者達の集まりだ。変化を願う彼女は、ここにいる事はできない。 「本当に長い間お世話になりまして、お礼のしようもございません」 「いいんだよ」「昔から手のかからない良い子だった」 彼女は惜しむ声を後に、大きな石鳥居の前で振り返る。 02 #hollytk

2015-09-25 23:41:16
@hiiragi_r_t_d

「ここを去るのカ、占い屋ヨ」 「提灯屋さん」 彼女に声をかけたのは、目深にフードをかぶった小男。彼はこの縁日がまだ神社であった時代から商いをしている重鎮だ。 「はい。私は今日でここを出ていきます」 「そうカ。……おまえの往く道ニ、幸あレ」 03 #hollytk

2015-09-25 23:43:18
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小男はボロ切れのような袖を合わせて一礼した後、また自分の店へと戻っていった。 小男を見送った彼女は深々と一礼をして、大鳥居をくぐる。 12年を過ごしたこの縁日から、外の世界へと一歩を踏み出す。 04 #hollytk

2015-09-25 23:45:18
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「フゥー……なんだぁ、アンタか。随分久しぶりじゃあねえか」 ブランコに座った男はおびただしい量の紫煙を吐き出して、くわえていた五本の煙草を吐き捨てた。 「ええ、久しぶりですわね。『角』」 「ハァー、とっくの昔にバケモノになったと思ってたぜぇ」 06 #hollytk

2015-09-25 23:47:23
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男は懐から箱を取り出したが、煙草は一本も残ってはいなかった。 「チクショウ、もうなくなっちまったのかよぉ」 「まだやめられないのですか、師匠」 彼女は懐から煙草の箱を取り出し、うなだれる男に差し出す。 「おおぅ、ワリぃなあ。こればっかりはやめらんねぇよう」 07 #hollytk

2015-09-25 23:49:25
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煙草を受け取った男は、額から伸びる巨大な角の下から彼女を鋭い目つきで見上げる。 「ガミガミ五月蝿かったテメエが煙草持ってゴアイサツたぁ、珍しい事もあったもんだな?なんか用かぁ?」 「相変わらず察しが良いのね。話は簡単ですわ」 彼女は男の角を撫でながら話す。 08 #hollytk

2015-09-25 23:51:38
@hiiragi_r_t_d

「この角、私に頂けないかしら」 「大昔にあげただろぉ?」 「あれは捨てましたわ」 「ひっでぇ話だな?折角の餞別をよぉ」 「あの時はもう要らなかったのよ」 「ったく、ワガママな弟子を持つと苦労するぜぇ」 09 #hollytk

2015-09-25 23:53:10
@hiiragi_r_t_d

「煙草、あげたでしょう?」 「火ぃ点けてくれや」 男がジッポーライターを差し出しつつ、煙草を五本取り出してくわえる。 「まったく、困った師匠ね」 彼女はしゃがんでライターを受け取ると蛇髪に噛ませ、男の煙草に火を点けていく。 「はい、これでいいかしら?」 10 #hollytk

2015-09-25 23:55:15
@hiiragi_r_t_d

「うぅーん、やっぱテメエに点けてもらう煙草は格別だぜぇ」 満足気に紫煙をくゆらせる男を見て、彼女は呆れたように頬に手を当てる。 「本当に、困った師匠だわ」 男は巨大な角で近くのベンチを指す。 「まあ、そこ座れや。コイツを吸い終わるまで話そうじゃねえか」 11 #hollytk

2015-09-25 23:57:38
@hiiragi_r_t_d

「テメエが縁日で占いやってるって話は聞いたけどよぉ、なんでここにいるんだ?」 「色々あってね。あそこは出ていく事にしたのよ」 「ハッ!細かい事は秘密かぁ?」 「話したところで、師匠には分からないわよ」 「当ててやるぜ。『恋』だろぉ?」 「なっ、なっ!?」 12 #hollytk

2015-09-25 23:59:24
@hiiragi_r_t_d

図星を突かれ慌てふためくかつての愛弟子の姿を見て、中年の男は牙を剥き出しにしてニヤリと笑った。 「もうテメエもそんな年かぁ。俺が年を取るわけだ」 「うるさいわね!別にいいじゃない、それはどうでも!」 頬を朱に染めた彼女を見て、男は幼い頃の彼女を思い出す。 13 #hollytk

2015-09-26 00:01:25
@hiiragi_r_t_d

男が彼女を拾った時、彼女は自ら命を断とうとしていた。 その後もしばらくは死んだようにぼうっとしていたが、彼が世話を焼く中で少しづつ心を取り戻していった。 そして今、どうやら彼女は恋をしているらしい。 14 #hollytk

2015-09-26 00:03:14
@hiiragi_r_t_d

「本当に、大きくなったねぇ」 「当たり前じゃない。何年経ったと思ってるのよ」 「えーと、十年かぁ?季節が無ぇからさっぱりだぜ」 「……師匠はその間、どうしてたのよ」 「俺かぁ?ずっと変わらねえよ。あの頃となぁーんにもな」 男は笑う。煙草の灰が崩れて落ちた。 15 #hollytk

2015-09-26 00:05:05
@hiiragi_r_t_d

「でもなぁ、俺も年には勝てねえ。最近は自警団もおっかねえし、そろそろ潮時かもなぁ」 「師匠らしくもないわね。あの頃の傍若無人ぶりはどうしたのよ」 「あの頃ぁ若かった。死に体の小娘を拾う程度にはな」 男は落ちた灰を踏みにじると、彼女に提案する。 16 #hollytk

2015-09-26 00:07:37
@hiiragi_r_t_d

「どうだ。また俺と組んで、この町を出ねえか」 「ふうん」 「テメエは強くなった。俺もまだまだやれる。二人ならこの町を出るのも夢じゃねえ。違うか?」 しかし彼女の反応は冷たい。 「ごめんなさいね。私の隣はもう決まってるのよ」 「……だろうな。ただの戯言さ」 17 #hollytk

2015-09-26 00:09:29
@hiiragi_r_t_d

煙草の先から最後の灰が落ちる。 「さて、さよならの時間だ。覚悟はいいか?」 男は12年前と同じ言葉を彼女に投げる。 「当然よ。さっさと済ませましょう」 彼女はあの時と同じ言葉を返すと、あの時よりも随分大きくなった身体を、躊躇なく巨大な角の上に投げ出した。 18 #hollytk

2015-09-26 00:11:23
@hiiragi_r_t_d

「あばよ、俺の可愛い弟子」 「さ……よう、なら……し、しょう」 男が頭を軽く振ると、彼女の体は角の刺さった部分から上下に裂けて落ちた。 男は懐から五本の煙草をくわえると、自分で火を点けた。 19 #hollytk

2015-09-26 00:13:49
@hiiragi_r_t_d

煙が吐き出され、風にさらわれて消える。 この後、男は依頼主に騙され自警団へと引き渡された。 この後、彼女は学校で目覚め、そこで待ち続けた思い人を見つけた。 20 #hollytk

2015-09-26 00:15:25
@hiiragi_r_t_d

それは互いにもう二度と交わる事のない、黄昏に消えるだけの一幕。 だが確かに存在した、師匠と弟子の出会いと別れの物語。 21 #hollytk

2015-09-26 00:17:14
@hiiragi_r_t_d

【幕間 彼女と縁日と角 終】 #hollytk

2015-09-26 00:18:23