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中国史を無理やりマルクス主義に合わせ解釈してた時代の話~メーメル氏のツイートから

古代中国史研究が、「新中国」や「マルクス主義歴史学」の影響を受けて、それに当てはまるように研究する、という、そんなへんてこりんな時代が一時期あり、振り返ると笑えないような、或いは笑わざるをえないような滑稽なことごとが色々ありました。 中国の「国慶節」が近づいたことなどを機に、メーメル@memel_ko1 さんが語った連続ツイートが興味深いので、まとめました。 ついでに、自分がそれを読んで思い出した、、関連のツイートも便乗でくわえさせて頂きました(笑)。
歴史 高島俊男 古代史 中華人民共和国 唯物論 マルクス主義 水滸伝 毛沢東 メーメル 中国
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メーメル @memel_ko1

ご無沙汰してますメーメルです。元気です。今は都内で公務員をやっております。長年住んでいた埼玉から引越す予定です。

メーメル @memel_ko1
古代中国史やってる人には国慶節とか共産党とか関係ない、私が好きなのは古代の中国だ、といって現代の中国情勢から距離を置く人が多い。 それは当然のことだと思うが、これが言えるようになったのは良い時代になった証だと思う。古代中国史研究は新中国成立後に多大な影響を受け、振り回されてきた。
メーメル @memel_ko1
一つは共産中国が成立した後、文革が終了して改革開放が始まるまで西側諸国の人間は基本的に中国に入れなかったことだ。当然研究のために中国を訪問することもできなくなった。 だから一回行って見れば済む話なのに、古い資料を基にした机上の空論を何十年もせざるを得なくなった。
メーメル @memel_ko1
そしてやっと入れるようになった改革開放期に研究者が数十年ぶりに中国に入って見たものは、文革によって無惨に破壊され放置された遺跡や資料の数々だった。
メーメル @memel_ko1
二つ目は、あの忌々しいマルクス主義歴史学に古代史研究者も巻き込まれてしまったことだ。 「人間社会は地域や民族に関わらず、必ず原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→近代資本主義→社会主義の順で歴史が進んでいく」という、今にしてみたら馬鹿じゃないかとしか思えないのがマルクス主義歴史学だ
メーメル @memel_ko1
マルクス主義歴史学は今でこそ常識的にそんなわけないだろうことは共通認識になっているが、終戦直後から80年代くらいまでは大真面目にマルクス主義歴史学を信じてる人が知識人の多数を占めていた。 西側の知識人たちは、遅れていると思ってた中国が一足飛びに社会主義国になったことに衝撃を受けた
メーメル @memel_ko1
中国が一気に発展段階の最終段階である社会主義国に至ったことで、知識人たちの中国を見る目は変わった。 「今まで我々は中国が遅れていると思っていたが、実はそうではなかったのだ!」となり、知識人たちはそういう視点で中国史を研究し始めた。
メーメル @memel_ko1
マルクスの発展段階論がすんなり当てはまる国もある。そうするとマルクス信奉者たちは「やはりマルクスの発展段階論は正しかった!」と狂喜乱舞するのだが、 中国の歴史にマルクスの発展段階論を当てはめようとすると多大な問題が生じることになる。知識人たちは四苦八苦した。
メーメル @memel_ko1
中国はどう見ても始皇帝の秦から清朝まで2000年間封建制なのだ。 だがそれだとあまりにも発展段階のバランスが悪い、そんなはずはない、我々の見る目が悪いだけで実は順調に発展していってるはずだ、と知識人たちは考えた。 かくして、こじつけまくりの無理のある中国史解釈が始まることになる。
メーメル @memel_ko1
古代史研究者もこの論争に巻き込まれて、「どこまでが古代奴隷制でどこから中世封建制か」という、超どうでもいい、本質からかけ離れた議論を延々とさせられることになる。 ある人は後漢と三国時代の間に線を引き、ある人は唐と宋の間に区切りをつけ、その度に学会全体を巻き込む論争に発展した。
メーメル @memel_ko1
戦後の古代中国史研究はこうして新中国成立とマルクス主義歴史学の影響をもろに受けて振り回され続けた。 冷戦が終わって初めて、そうした議論はほとんど意味のないことだったということに研究者たちは気付いた。
メーメル @memel_ko1
私は近現代史専攻だが、単位の都合で学部生時代に古代史の授業もいくつか受けた。 そこそこ年配の古代史教授は、昔は時代区分論争というのがあった、昔はマルクスの発展段階論を必ず教わった、などの話を時々挟み込んでくる人が多かった。その話を避けては通れないくらい影響が大きかったんだろう。
メーメル @memel_ko1
その古代史教授が言っていたのは、中国古代史の研究をする時に、先行研究とか当然調べるわけなんだが、例えば60年代に書かれた論文とかは注意して読む必要がある。 なぜならその論文の執筆者は中国に行ったことがない(文革中だから行けない)上に、時代区分論争の影響をもろに被った世代だからだ。
メーメル @memel_ko1
そうした中で育ったのが今の年配の教授なんだから、当然古代史の話をする時に、マルクスと時代区分論争の話に触れないわけにはいかないんだろう。
メーメル @memel_ko1
最初はね、古代史の教授がマルクスの話をし始めた時は「古代史なのにマルクス?この人ヤバい人なんじゃないか…」って思ったけど、よくよく知ってみると、つい30年くらい前まで全員が巻き込まれてた論争なんだから、むしろ触れない方がおかしいくらいだったんだ。

こっから先は、まとめ人が便乗して思い出した雑談。

専門性や知識は、上と比べて全く足りないゆえ無視してもいい・・・がよく考えれば、これも一応専門家の書籍などから引用したものです。

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
ランダムにRTしちゃったが「中国史をマルクス主義(毛沢東主義)に無理に当てはめようと頑張っちゃった(頑張らされた)人々の苦労談」は、高島俊男氏が時々書いているな。「中国の大盗賊」を引用したいが例によって行方不明ゆえ孫引き(続く) plaza.rakuten.co.jp/billaudvarenne…
リンク 楽天ブログ 宮崎市定『水滸伝―虚構のなかの史実』(中公文庫,1993) その2 - 帝国陸軍好きの読書ノート:楽天ブログ 宮崎市定『水滸伝―虚構のなかの史実』(中公文庫,1993) その2 各章ごとの覚書 [ ]内は私の感想や意見などです ○まえがき:水滸伝の成立過程 水滸伝の異本について ・百回本:最も原初的なもの。大
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
(続き)…共産党が天下をとると、歴史上の盗賊はすべて「農民起義」(「起義」は「正義の決起」の意)と名称を変更して、支配階級の圧制に対する人民の反抗であるということになった。これは毛沢東が一九三九年に発表した「中国革命と中国共産党」という演説にもとづくものであって… (続く)
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
(続き)……そこには黄巣や李自成と並んで「宋江」も「農民起義」の一つに列せられている。したがって水滸伝は農民起義を描いた偉大な文学作品ということになり、その作者である施耐庵は、偉大な革命思想家、革命作家、してみれば必ずや革命実践家、ということになった。  (続く)
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
(大幅に中略)…偉大な革命家施耐庵…胡農民起義への参加をことわった件については、家庭の事情で参加は断念したものの心からの支持をよせ、槍のかわりに筆をとって農民起義の賛歌水滸伝をあらわして農民たちをはげましたのである、ということにした。これにあわせて資料が続 々 と 出 て き た
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
togetter用資料 / “ Amazon.co.jp:中国の大盗賊・完全版講談社現代新書: 本 ” htn.to/cRv3gM
リンク www.amazon.co.jp Amazon.co.jp: 中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書): 高島 俊男: 本 Amazon.co.jp: 中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書): 高島 俊男: 本
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
次は「お言葉ですが…別館6」より ・・・史上あまたの起義はことごとく敗北し、人民は苛酷な報復を受けた。労働人民のほうが圧倒的に人口が多く、正義も労働人民のがわにあえうのに、なぜ勝てなかったのか?それは起義の先頭に立ち、明確なプログラムと目標をもって人民の戦いを(続く)
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
(続き)…リードする前衛党がなかったからである。 二十世紀の二十年代にいたって、ついに中国に革命党が誕生した。その正確なリードによって…革命は成功し、労働人民は史上初めて自らを解放して、働くものが主人公である人民中国を打ち建てたーこれが中華人民共和国の歴史のストー-リーである。
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コメント

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年10月3日
@memel_ko1 氏に多謝。「誰でも編集可能」です
GEO ジオ@中国古典オタク @japanchinaGEO 2015年10月4日
マルクス主義云々は中国史に限らず、歴史学全体がそういうブームだったように思える。
hilander @EmHilander 2015年10月4日
重箱の隅ですが、封建制とは封土と軍役の取引に基づく貴族制政体の意と理解していますが、始皇帝以降の中国は戦乱期にしか土地貴族がいないのが常態であり、封建制の定義からは外れると思うのですが
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年10月4日
そのへんも丸く素敵な、いやマルクス的な説明がなんかあたなあ
すんすけ @tyuusyo 2015年10月4日
まとめていただき有難うございます。みなさんのツイートが大変勉強になりますね
hikawaseiwa @nikawaseiwa 2015年10月4日
「Feudalism」の訳語としての「封建制」には問題点が指摘されており混乱の元となっています。
ゲーム用 @TaroYakiniku 2015年10月4日
こういうお話は「全ての歴史は現代史である」とのクローチェの言葉を思い出すなあ(ド素人の感想)
ののまる @nonomaru116 2015年10月4日
今じゃある程度の年代から下で中共好きな中国関係研究者ほぼ見ないもんなぁw
urutora_udon @urutora_udon 2015年10月4日
これ人民史観持ち込んだ日本でもあったことではw?
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年10月4日
urutora_udon これですねえ。超世代軍vs聖鬼軍よりアツかった(笑)  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%AB%96%E4%BA%89 日本資本主義論争(にほんしほんしゅぎろんそう)とは、…日本の資本主義の性格について、講座派と労農派の間で激しく論戦が交わされた
cinefuk 🌀 @cinefuk 2015年10月4日
馴染み深い日本史こそマルクス史観が強い分野でしたね。階級闘争としての「士農工商」、教科書の記述を素直に受け入れてましたが。
tako @tako6502 2015年10月4日
カムイ伝を信じ込んでいた黒歴史ががが cinefuk
お助けマン虎太郎 @spa_inquisition 2015年10月4日
呉座先生の本の冒頭にも、そのマルクス主義的な影響が大きく、そこから脱する必要がある、って書いてなかったか
えぬ @enu_ei 2015年10月4日
文革期は毛澤東を晁蓋になぞらえて宋江を批判したり、周恩来攻撃のために孔子批判をしたりぐちゃぐちゃだったと。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2015年10月4日
中国考古学の発掘報告も(文物とか考古とか)最初の数ページがマルクス史観解説で、そのあとに3ページぐらいの報告があって、この遺跡は原始共産制を証明している。共産党\(-o-)/みたいなことでおわっていた。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2015年10月4日
先輩は「科学的歴史とは」というようなテーマでマルクス史観を日本古代史に適用すればみたいなの書いてた。私はアメリカ帰りだったからマルクスおかしいでしょと文句言ったら「米帝に洗脳されおって」みたいな目で見られたっけ。
ナカイサヤカ@翻訳と英語と出版 @sayakatake 2015年10月4日
でも私も時代区分論やってたのよ。チャイルドの「新石器革命」とかも一種の時代区分論だったし。あれと、生態系による文化の類型化が黒歴史だな。(川を利用する暮らしとかサバンナの暮らしとか)
neologcutter @neologcuter 2015年10月4日
http://t.co/SKgFWMPzn0 でもウィットフォーゲルの説によれば「今日の共産主義は(中国の王朝みたいな)東洋的専制主義である」だからなあ…
エレキたん⚡️ @ElekiTan 2015年10月5日
宋以後近世説はともかく、批孔批林とか、とにかく「中国4000年の歴史に照らして~」というロジックや修飾が必要なのはお国柄と言えるのかも。
石井 顕勇 @IshiiAkio 2015年10月9日
高校生だった25年前、日本史の最初の授業でマルクスだかエンゲルスだかの言葉が紹介されたのを思い出しました。そして歴史を専攻しようとした私を止めた父の言葉が「歴史学は史実より史観が優先されるからやめておけ」でした。
Karasu @karasu15794066 2015年10月9日
はてブでマルクス主義全否定とかはてな詐翼がイライラでワラタ。
アーサー・ペンドラゴン @excaliburchalic 2019年4月17日
発展段階説を無理に非欧州地域に当てはめようと歴史を歪めるってけっこう社会主義国であった話だよ。
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