【蝉川夏哉】『狸の時代』

化け狸の化け狸による化け狸のための語られざる近代史。 後作『狸の世紀』→http://togetter.com/li/885511
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蝉川夏哉 @osaka_seventeen

外交に於いて、力とは正義である。一二〇〇隻の蒸気船からなる無敵艦隊を擁する江戸幕府は、砲艦外交によって不平等条約を押し退けた。狸の勝利である。四国は沸いた。

2015-10-06 21:15:54
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

幕府の金銀比価は固守され、海外への金の流出を食い止める策が講じられたが、各藩は貧しくなった。狸への貢納である。盟約によって守られた宇和島藩と異なり、各藩は手当を出すことになっていた。幕府朝廷も、同じく狸を雇い入れていたから同様である。狸たちは小判で遊ぶことに精を出した。

2015-10-06 21:18:08
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

こうして見ると日本が徳川連合公国として第二次大戦まで永らえたのは、偏に狸の恩ということになる。筆者の調べた限りにおいて狸を祀る神社は全国に相当数残っているが、狐よりは少ない。これは人の側の手ひどい裏切りと言えないだろうか。閑話休題。

2015-10-06 21:20:36
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

極東への覇権を諦めた露西亜は欧州や土州との争いに明け暮れ、極東の海は静かになった。北から熊が下りて来ないのであれば、わざわざ海外へ備える心配はない。寝覚めかけた日本は再び、太平の眠りにつく。中国大陸の利権をめぐる争いにも、無関心だった。極東モンロー主義のはじまりである

2015-10-06 21:22:57
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

第一次大戦への参戦を請われた時、一番慌てたのは徳川家ではなかった。狸だ。彼らは初期の蒸気機関については一家言あったが、その後の技術革新についてはチンプンカンプンである。各藩に割り当てられた連隊の供出に応えられない程、狸は狼狽した。蜜月の終りは得てしてこういうものである。

2015-10-06 21:25:25
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

「国内に住まうことができないのなら、海の外へ往くしかない」狸はそう考え、政界にも進出した。自分では立候補できないので、議員を丸め込むのだ。かくて徳川連合公国は折悪しく第二次世界大戦の真っ最中に、戦乱の渦へと巻き込まれることとなった。

2015-10-06 21:29:33
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

狸は増えすぎていた。貨幣経済を理解した狸は毎月の各藩からの貢納を存分に使って子作りに精を出していたからだ。人間はどういうわけか子作りに制限をかけるが、狸は産めるだけ産んだ。産めよ殖やせよ地に満ちよ。狸口問題は俄かに解決できない程になっていた。

2015-10-06 21:27:26
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

狸も馬鹿ではない。一次大戦の戦訓を学び、強力な最新兵器へ化ける術を身に付けた。陸ではチハであり、海では各種艦艇だ。かつて宇和島の古狸が約定を結んだように、鉄の鳥にも化けた。緒戦は快進撃である。勝って勝って勝ちまくった。

2015-10-06 21:31:14
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

しかし、相手が悪かった。アメリカ合衆国には各種トーテムがいる。トーテムは霊格が狸よりも上だ。神に近い。そういうものを相手している内に、狸は徐々に苦しくなってきた。

2015-10-06 21:32:49
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

開戦から半年くらいで切り上げれば格好は付いたが、一度負けが込むと一気に押される。狸が化け狸へと成長するには、長い時間がかかる。失われた狸は帰ってこない。かくて国内に溢れ返っていた狸は指折り数えるほどになり、食糧難から人間に捕まって狸汁にされた。

2015-10-06 21:34:20
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

終戦後、徳川家は連合公国の盟主を降り、日本は民主主義国家となった。狸の功は忘れられ、普通の国となったのだ。最後の最後に残った化け狸は、宇和島の侍の子孫であったが、1970年に芸術は爆発だと信じる男の依頼を受けて巨大な塔へ変じた後、黙して語らない。

2015-10-06 21:36:30
蝉川夏哉 @osaka_seventeen

長い長い家守の語りが終わり、狐の眦には涙が浮かんでいた。「なんと。化け狐も仇敵のために涙を流すか」家守の問いに狐は答えた。「それほど見事に人を化かした狸が妬ましい」 どっとはらい

2015-10-06 21:37:58