幽霊屋敷の仮定決闘#3
そこには、ルーミの理想を体現した……殺人鬼に殺されることなどない、完璧な人生を歩んだルーミがいた。完璧な騎士と、完璧な令嬢。二人は手を取り合って踊った。まるで造花のような踊りだった。 「嬉しい。あたしはこれからも輝かしい人生を歩める。汚い骸骨で終わることなんてなかった」 84
2015-10-12 17:27:56壁のしみに過ぎないルーミは、自分の骨に手を添えて言った。 「あんたたちが何もかも優れているとは思わない。魔法は結局人間の手によるもの。完璧な人間がいないように、完璧な魔法なんてない。シェルヒを待つよ。だってシェルヒは、あんたに無いものをいっぱい持ってるんだから……」 85
2015-10-12 17:30:26転がり込むように酒場に飛び込み、隅のじめじめした席に隠れるように座った。シェルヒは、安堵のため息をついた。生き延びた。生きて帰ったのだ。普通、魔人の張った魔法陣に囚われたら、生きて帰ることなどはかない夢。それが常識だった。魔法陣はかなり劣化していたらしい。 86
2015-10-12 17:35:11あか抜けない地味なウェイトレスが、愛想も見せずに寄ってくる。 「グレナデンソーダ。小瓶で頼む」 一番安い酒。シェルヒの飲める酒は、この程度の安酒しかない。 (みじめな人生だよ) 九死に一生を得た、奇跡の生還。その祝い酒が、はした金で買える安酒か。 (お似合いだよ) 87
2015-10-12 17:38:58生まれたときには、人は皆無限の選択肢を与えられている。歩みを続ける中、旅の中で選択肢はどんどん減っていく。酒場のメニューだってそうだ。この中で一番高い酒を頼める選択肢だってあったはずだ。今の彼が選べるのは、最も安い酒。ただ一つ。シェルヒは惨めな気分に浸った。 88
2015-10-12 17:42:31「おい、何シケた面してやがる。酒が不味くならぁ。酒を一番まずくするフレーバーは、怒声と泣き顔だぜ」 一人の若い酔っ払いがシェルヒに絡んできた。彼はシェルヒより若そうだが、身なりや装飾品は豪華で高級なものに統一されていた。若者は説教するわけでもなくシェルヒに酒を奢った。 89
2015-10-12 17:44:47選択肢を取り戻したい。シェルヒは黙ったまま、若者の奢りを受け入れた。指を鳴らしウェイトレスを呼ぶ若者。やがて、いつもの収入では決して買えないであろう蒸留酒と、みすぼらしいグレナデンソーダが運ばれてくる。若者は素早く安酒を飲み干すと、高価な蒸留酒をシェルヒに差し出す。 90
2015-10-12 17:47:21「お前の目には迷いがあったぜ。だから、安酒に逃げる選択肢を奪わせてもらった。今夜はいい酒に酔いな」 シェルヒはじっと蒸留酒のショットグラスを見下ろしていたが、やがて一気に飲み干した。ストレートの蒸留酒は彼の喉を焼き、心臓に火をともした。 91
2015-10-12 17:49:40若者は酒代をテーブルに置き、立ち上がった。綺麗に切りそろえられた口ひげを撫でて、にやりと笑う。 「最後のおせっかいだ。土地を探している。家主の同意があればいいが……そう、更地にして、賃貸住宅を建てるのさ。名刺、置いておくよ」 若者は名刺を置いて去っていった。 92
2015-10-12 17:52:19もちろん、シェルヒには持て余している土地などない。だが、あの若者は選択肢を決して捨ててはいなかった。知っていながら、それでも自分の選択肢をシェルヒに分け与えたのだ。きっとあの若者も、駆け出しのころは苦労したのだろう。そして燻っているシェルヒに自分を重ねたのだろう。 93
2015-10-12 17:54:38ダイナマイト密輸の仕事がよぎる。いわばこれも選択肢だ。今まで通り汚い仕事を続けるか、それとも他の選択肢を探すか。ふと屋敷のことが浮かんだ。あれも選択肢だろう。 「俺は逃げ出したんだ」 選択肢は潰えた。本当に? シェルヒはいくつもの道の間で迷っていた。 94
2015-10-12 17:55:44密輸業者の男が、シェルヒを見つけて仕事を持ち掛ける。ダイナマイトを隣の都市国家まで運ぶ依頼。 「倉庫に30kgある。少ないか? いや、密輸にはちょうどいい量さ。これを……」 シェルヒは黙って聞いていた。そして、一つの答えを出す。 「分かった。ビジネスだ。交渉をしよう」 95
2015-10-12 17:56:09