幽霊屋敷の仮定決闘#3
(前回までのあらすじ:古びた屋敷に不法侵入した盗賊のシェルヒ。くだらない仕事に後悔する毎日。そこで彼は壁のしみ、ルーミと出会う。この館は殺人鬼に魔法をかけられているという。ルーミは殺されたらしい。そして、殺人鬼の残した魔法がシェルヒの前に現れる)
2015-10-12 16:11:37(前回までのあらすじ2:魔法によって現れたシェルヒそっくりの騎士。彼はシェルヒが諦めた、叶えることのできなかった騎士の夢の実現だった。騎士は魔法陣の制約を破るため、館の外に出るため館の地下室に隠された遺体を処分するという。シェルヒは地下室に籠城し、決心を固めた)
2015-10-12 16:12:17目を閉じ、自分の内面に語りかける。意地を張って何になる? 生きることは戦いではないのではないか。狭い地下室。こんなところがお前の死に場所か。これでは、殺人鬼に殺されるのと変わらないではないか。騎士はもうすぐここへ来るだろう。そしてシェルヒを殺し、目的を達する。 65
2015-10-12 16:19:47嫌だ! こんなところで無様に死にたくはない! 内なる自分が叫ぶ。ではルーミは? 殺人鬼に殺された哀れな犠牲者。彼女は死体を破壊され、屈辱のまま消えるだろう。それはシェルヒの恐れる無様な死と同じだ。同じ苦しみ、同じ侮辱。そこで優先するのは自分か、他者か。 66
2015-10-12 16:21:51騎士との戦いに勝ち、ルーミを弔う。それが最善だ。理想だ。まさに願望の結晶だろう。現実は無情だ。それは現実のシェルヒの無様さと重なった。理想通りには生きられない。完璧には生きられない。ベストを尽くすことは不可能だ。それを、あの騎士は魔法でズルしている。怒りが湧いてくる。 67
2015-10-12 16:24:36苛立ちは集中力を途切れさせる。目を開く。目の前には家具が山積みになった地下室の入り口。ふと、視線を感じて横の壁を見る。古い地下室の壁は、ところどころ内装がはげ落ちていた。その一角に違和感を覚える。立ち上がってつぶさに観察する。何かがある。壁に塗り込まれている! 68
2015-10-12 16:26:58それが何なのかは、崩れた箇所が小さすぎてよくわからない。爪を突き立ててさらに崩してみる。指先が痛くなる。硬いものを探す。ベルトのバックルだ。ベルトを外し、バックルの角で壁を掘る。少しずつ露になる何か。それは何かの骨に見えた。動物にしては大きく、太い。 69
2015-10-12 16:28:46骨から元の生物を想像する。いや、深く考える必要もない。どんな好事家だって、壁に牛骨を塗り込んだりはしない。人間の骨だ。人間が、壁に塗り込まれていたのだ。その姿は、ルーミの姿と重なった。壁のしみ、壁伝いに移動できる特性。すべてが壁に塗り込まれた骨と繋がった。 70
2015-10-12 16:30:45「ルーミ、ここにいたんだね」 優しく声をかけて白骨をなでる。シェルヒはルーミに謝りたくなった。ルーミは自分に救いの手を差し伸べてくれていた。目を閉じ、冷静になることで、ようやくそれに気づいたのだ。救いの手は差し伸べられているその時には気づけない。 71
2015-10-12 16:33:00ルーミの気配はない。シェルヒは覚悟を決める。そのとき、交通事故のような大きな衝撃! ドアが一回叩かれただけだ。それだけで、家具の上に乗せられていた椅子が吹っ飛び、壁にぶつかってばらばらに壊れた。タンスは今にも倒れそうだ。再び衝撃。シェルヒは急に怖気づく。 72
2015-10-12 16:36:35地下室での時間は、シェルヒの決心を固めるにはいささか短すぎた。激しく叩かれる扉。シェルヒは地下室を見渡す。 (嫌だ! こんなところで無様に死にたくはない!) 内なる自分が再び叫ぶ。明かりの源。壊れかけた天窓があった。逃げられそうな予感がする。急いで窓によじ登る。 73
2015-10-12 16:38:36窓ガラスを叩き割り、狭い隙間を潜り抜ける。外の眩しい光はシェルヒの逃走を許しただろうか。地下室から扉の破壊される音。同時に、窓から外に出る。走った。どこまでも走った。魔法陣から脱出したのだ。恐ろしい、魔法使いの罠から。それを咎めるものは誰もいなかった。 74
2015-10-12 16:40:41地下室の扉は捻じ曲げられ、蝶番ごと破壊された。ばらばらにはじけ飛ぶバリケードの家具。涼しい顔の騎士。汗一つかいていない。静かに地下室に入っていった。天井を見上げる。壊れた天窓。騎士は微かに侮蔑の笑みを浮かべた。そして辺りを見回す。誰も彼を止めることはできない。 75
2015-10-12 16:43:37視線を四方の壁へ巡らす。崩れた壁はすぐに目に留まった。 「これか」 騎士はにやりと笑った。白骨死体が視線に晒される。 「シェルヒは必ず帰ってくる」 いつの間にか壁のしみがそこにいた。ルーミだ。彼女は自分の死体を覆い隠すようにして立ちふさがった。手を伸ばす騎士。 76
2015-10-12 16:45:55「無駄だ」 騎士は手で壁を崩していく。土壁はあっけなく崩れた。ルーミは壁ごと崩れてしまうので、脇に移動するほかなかった。彼女は無力だった。地味な作業はいつまでも続いた。手で壁を掘るのはそれなりに難儀する。日は傾き、夕日になった。シェルヒは帰ってこなかった。 77
2015-10-12 16:49:01「今までの魔法は誰一人死体を処分することはできなかった」 ルーミが問いかける。 「魔法は全て途中で崩壊した。結局、魔法は不完全だったのよ。あなたはシェルヒの才能に生かされているけど、結局は同じ」 「同じなものか。現に、俺はお前を……見つけたぞ」 78
2015-10-12 16:54:32騎士はとうとう、ルーミの頭蓋骨を掘り出した。夕日に照らされて白い髑髏が赤く染まる。 「ふ、これか」 「どうするつもりなの」 ルーミは破壊された壁の隣で、じっとするほかなかった。 「いくらでも使いようはある」 騎士はそう言ってゆっくりと地下室を後にした。 79
2015-10-12 16:57:25ゆっくりと地下室の階段を上っていく。勝者という者は焦りもせず、恐れもせず、堂々と、ゆっくりと歩むものだ。誰もそれを止めることはできない。騎士の数メートル後ろの壁を歩くのはルーミだ。壁伝いに移動する。ただの壁のしみだが、表情が見えたら失望に染まっていただろう。 80
2015-10-12 17:01:40騎士はホールへと戻り、大鏡の前に立った。そして鏡に突きつけるように髑髏をかざす。鏡の中の髑髏は、彼の右手にあるものと変わらない。ルーミは驚愕した。鏡の中の髑髏が、ゆっくりと白い霧をまとい、人の形を取り戻していくのだ。 「驚いたか? 安心しろ。俺は誰よりもこの鏡に詳しい」 81
2015-10-12 17:04:19鏡の中の髑髏は、半透明の体を色濃くしていく。やがてその霧は一人の令嬢の姿になった。ルーミは一歩も動けなかった。その令嬢は……自分の生前の姿そのものだったのだ。令嬢は眠ったように動かない。そのうなじは騎士の手につかまれている。ゆっくり目を開き、にやりと笑う令嬢。 82
2015-10-12 17:22:39そしてこちらに向かって一歩踏み出した。鏡の中から、白樺のような足がでて、ホールの床を踏んだ。鏡から令嬢が出てきたのだ。騎士は用が済んだとばかりに髑髏を投げ捨てた。髑髏は床の隅に転がり、二つに割れる。ルーミは自分の髑髏に駆け寄った。 「勝手に埋めるなり、好きにしろ」 83
2015-10-12 17:25:20