日向の縁側で文を広げた花魁は、縁の下の狆が手紙の端をくわえたので「アレ、マア」と驚く。遊女がお軽で、縁側に立って文を読む姿が由良之助ならば、縁の下の愛犬はさしずめ斧九太夫といったところだろうか。ひとり忠臣蔵七段目とでもいうべき好図。 twitter.com/ukiyoeota/stat…
2015-10-09 18:59:19江戸琳派の絵師・酒井抱一は、若い頃に浮世絵美人画を描いていました。歌川豊春に師事しており、この「文持つ花魁図」には明らかな影響が見て取れます(現在展示していません)。琳派と浮世絵、実は結構つながりがあるのです。#文化遺産 #琳派 pic.twitter.com/62EUsTM3jK
2015-10-06 11:33:07カッパのがっこう。 「先生のあとに続いて音読するように」 「SHI RI CO TA MA!」 「シリコダマ!!!」 「CIUURI!」 「キゥリ!!!」 「KAWA!」 「カワ!!」 pic.twitter.com/PKlDrPQ4vi
2015-10-10 17:37:27鬼のがっこう。 職員「教頭!隣の教室が鍾馗にジャックされています!」 教頭「ん~。コレはどうしたことか」 鍾馗「ん。コレはァ!」 生徒たち「鬼の念仏〰」 教師「なんてこった!!」 pic.twitter.com/6Gi9mfLIJJ
2015-10-10 20:58:38「月岡芳年展─最後の天才浮世絵師」展図録(「雪月花之内月 毛剃九右衛門」三枚続が表紙)に掲載の芳年のスケッチ(№269)の中に国芳「百色面相」シリーズ(天保10年)の模写があるよ。 yamada-shoten.com/onlinestore/de… pic.twitter.com/EdxOy0eOil
2015-10-12 21:42:28国周筆 開化人情鏡 弄爐 こたつ 間違て猫の毛をひく炬燵かな。柳風の悪口ながら入込ミのこたつにハ。足長嶋や手長島の必ず居ずとは定めがたし(居ないとは限らない)。 つづく pic.twitter.com/N3RqnMHAPj
2015-10-13 20:15:21つづき。 手を握り合ふといふ小人じま。何処かへ明いたる其穴へ棒を入させんとするそふり(素振)に。うろとかつがれる。暗男突胸の国人ハ。逆(のぼ)せて居るに間違ハなし。
2015-10-13 20:15:40足長嶋の若衆。 twitter.com/kurok_yuu/stat…
2015-10-13 20:16:16ぬしの脚はほんに器用だのう。お返しに(ご褒美の)こちょこちょ。 「四角でも 炬燵は野暮な ものでなし」 着物の裾はみだれている。 若衆を差す水仙花に対し、牡丹は女性○の隠語。 炬燵の猫のあずかり知らぬことである。 twitter.com/ukiyoeota/stat…
2015-09-11 20:27:35江戸の十月、亥の月は炉開きでこの月の亥の日に初めて炬燵を出します。なぜ十二支の亥にこだわるのかというと、亥は五行説でいうところの水にあたることから、この日に火を使い始めると火事にならないという火除けのまじないです。 pic.twitter.com/PuON83SI5N
2015-10-13 20:16:50構図のネタばらし。 左.歌川国芳 画「山海愛たい津會 はれぼつたい」嘉永5(1852)年 右.豊原国周 画「開化人情鏡 弄爐 こたつ」明治11(1878)年 pic.twitter.com/KFa2gOXL07
2015-10-13 20:43:05この間は、国芳の飛込み落款でせっかくの絵が台無しだったけど、今度は問題なし。「京師に乗龍、江戸に国貞」と言わしめた上方絵師三畠上龍の孫弟子。 如龍筆 都美人図 紙本着色(108 x 46 page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c53… pic.twitter.com/e6oiKhhjeJ
2015-10-14 19:09:49描写力の高さから言えば、三畠上龍がダントツなんだけれど、その弟子の吉原真龍や如龍の絵には甘さがあって現代ではこっちの方が断然人気がありそう。
2015-10-14 19:22:50女)あれ花の香さんのなりを見なんし。馬鹿らしいねへりき(力?)つているハな。喜助どんもとんだ人だ。見つかったら如何するだのふ。 男)てめへなども用心しや。しかし(?)あの娘にハおれも行てへ。あゝ云ふ狂言をかけば□□つだ。(続リプライ pic.twitter.com/4jrp6OZ36P
2015-10-15 20:07:43@kurok_yuu 絵は歌麿と同期に活躍した栄之の高弟子、鳥高斎栄昌あたりの作と思われる。手前に立派な高蒔絵の煙草盆があり、女はありんす言葉を用いる。広い座敷を屏風で仕切った割り床に偶然隣り合わせた知合いの浮気現場を目撃するふたり。(続リプライ↓
2015-10-15 20:10:34@kurok_yuu これを目の当たりにした男は相方にお前も客をとられないよう用心しろという一方、自分もあの娘と一緒になってみたいとのたまう。セリフに「狂言」というキーワードが出ていことからも判るように、男はどうやら物書きらしく、頭を通人ぶった本田髷に結っている。(続リプライ↓
2015-10-15 20:12:13@kurok_yuu もしこれが、吉原の仮宅に置ける割り床の様子を描いたものとするならば、制作時期は吉原で火災のあった寛成6年、もしくは寛成12年のいずれかということになる。どちらにしても作風からして寛成後期の作品であることはまず間違いない。(をハり。
2015-10-15 20:13:00@kurok_yuu ノーカットの作品はこちら(※バレ図注意) art.famsf.org/kitagawa-utama…
2015-10-15 20:13:54喜多川歌麿筆 大文字屋内ひと本 文化3(1806)年 文を書く手をとめて、筆の穂先を直すしなやかな指先に花魁の気品が見て取れる。大きく四角いかたちに捉えた勝山髷の特異な描写は、享和から文化3年までの歌麿最晩年の作品によく見られる。 pic.twitter.com/Tx7Vb9P9io
2015-10-15 20:32:32歌麿が晩年の作は、昔からマンネリ云々とよく言われるが、その「型」一つ一つには、長年一塊の浮世絵師として美人画を描いてきた歌麿の美意識が凝縮されされている。それがもっとも顕著に現れているのが彼の描く「手」だ。
2015-10-15 21:05:08応龍は花魁が身に着ける帯にもよく描かれる。 blogs.yahoo.co.jp/mishima_doo/17… twitter.com/ukiyoeota/stat…
2015-10-15 21:33:48【礫川浮世絵美術館名品展・開催中】ちょっと変わった龍の図。歌川国芳「応龍」。顔はよく見る龍ですが、翼が生えています。中国ではこのような翼のある龍を応龍と言いました。画面全体を彩る青は、調査により舶来の顔料であるベロと判明しています。 pic.twitter.com/zUTaZePzkk
2015-10-15 13:20:56啓成社発行の「大字典」を繙いて見ると、「麿」の字の頁には先づ「國字」と註して「麻と呂を合せてマロとよむ」と説明してある。而してその例としては…第四に童子の名に添へて用ひられたる例として、「牛若まろ」「三法師まろ」。等を挙げて居る。…普通我々は牛若まろとは言はず牛若まると言ひ(続く
2015-10-16 19:02:21続き)慣して居る。…牛若麿には非ずして牛若丸である。丸は麿の轉(転)字であるが故にかく両者は屡々混同して用ひられるのであつて、かゝる例は他にも多数見出す事が出来るのである。―昭和3年「浮世繪」第三號より 喜多川歌麿の「歌麿」は「うたまる」と読むのが正しいというおはなしから。
2015-10-16 19:05:16