想いは色褪せることなく[時雨] #見つめる時雨

山城×時雨
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【壱】羽織の季節

時雨

誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「くしゅんっ!」 …いけない、談話室でうたた寝してたら少し冷えちゃったかも。最近一気に寒くなってきたなぁ。カーディガン、出してきた方がいいかもしれない。一旦部屋に戻って…あれ? 何かかけられてる。羽織? 「可愛いくしゃみね」 「え…?」 僕の隣に、山城がいた。

2015-10-19 21:57:16
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「こんなところでうたた寝してたら風邪引くわよ」 「う、うん…」 「…まだ寝ぼけてるの?」 山城の手入れされた丸い爪先に額をコツンと小突かれる。…ぼんやりしていた僕の心臓の目が覚め、飛び起きたように弾んだ。

2015-10-19 21:59:43
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「あんたってよくここで本読んでるわよね。落ち着いて読むなら部屋の方がいいんじゃないの?」 そう言って山城は僕がさっきまで読んでいた文庫本を手渡してきた。 「…ううん、僕はここがいいんだ。ソファーとか気持ちいいし」

2015-10-19 22:02:19
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「そんなこと言って、寂しいだけのくせに」 …なんだ、やっぱり見透かされてた。わかってるならわざわざ聞かないで欲しいな。…うん、僕がこの場所を好きな理由。それはこの場所が沢山の艦娘の憩いの場であるから。一人になりたい時もあるけれど、やっぱり皆と一緒にいられるのが好きだ。

2015-10-19 22:06:22
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「…この羽織は山城のだよね。ありがとう」 僕にかけられていた、山桜が咲く羽織。扶桑とお揃いの、とても綺麗な…。 「もう少し貸してあげてもいいわよ。私はお風呂入ってくるから」 …一旦部屋に戻るつもりだったけれど、その魅力的な誘いに僕は抗えなかった。 「もう少しだけ、貸して」

2015-10-19 22:09:07
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羽織を顔に近づけてみる。いつもの、山城の匂いがした。僕はさっきまで、いや、今も尚、山城の匂いに包まれているんだ。…そんなものにドキドキしてしまうのはとてもいかがわしい感情なのだと自覚していても、むしろ僕の鼓動は高鳴ってしまって。…ああ、僕はいけないコだ。

2015-10-19 22:13:29
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「…ちょっと、匂いかぐのやめてよ」 「え?あ…」 …てっきり山城はもう行ってしまったのだと思っていたら、そんなことはなかった。ばっちり見られてしまった。…恥ずかしい。 「そんなことするんだったら返してもらおうかしら」 「…やだ」 「…こいつ」

2015-10-19 22:18:06
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随分と子どもっぽい言動に自分でも気づく。その理由も、勿論わかっている。僕は山城に甘えているんだ。普段は程よく賑やかなこの空間も、今は山城と僕の二人きり。こんな僕を見ているのは山城だけ。だから、こんなにも僕は。 「僕ね、この匂い…好きなんだ」

2015-10-19 22:22:12
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

こんな姿を村雨に見られたらなんて揶揄われるだろう。満潮に見られたらどんな顔で呆れられるだろう。龍鳳に見られたらどんなに幻滅されるだろう。…扶桑に見られたら…。でも、ここには誰もいない。僕がこうして甘えられるのは、山城の前だけ。

2015-10-19 22:24:55
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「山城」 …穏やかでしっとりとした声が山城を呼ぶ。山城はその声の主に気づくと、今まで僕と話していたことなど一瞬で忘れてしまったかのように、すぐにそちらを向いた。 「姉さま」 扶桑の手には二人分の入浴道具一式があった。山城を迎えにきたみたいだ。…見られてたかな。

2015-10-19 22:29:02
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「あら、時雨。こんばんは」 扶桑は今、僕に気づいたらしい。ソファーに隠れて見えなかったみたい。…少し、ほっとした。 「こんばんは、扶桑。秘書艦の仕事はひと段落したのかい?」 「ええ。これからお風呂にと思ったのだけれど…時雨、貴女も一緒に来る?」 「え?えっと…僕は後で入るよ」

2015-10-19 22:31:48
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「時雨、それは後で返してくれればいいから。…ひと前でさっきみたいな真似しないでよ」 「さっきみたいな…って?」 「匂いをかぐなってこと」 「…どうしようかな」 「返して」 「大丈夫、しないよ。ひと前では」 そう言ったら、また山城に小突かれた。

2015-10-19 22:36:29
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

「じゃあね、時雨。また後で」 「…うん」 山城の言う「後」とは、この羽織を返す、ただそれだけのこと。たったそれだけのことなのに、山城と繋がりをもてたことに心躍る僕は、なんて幼いんだろうと自嘲せずにはいられない。…僕の心は、あの時から少しも成長してないのかもしれない。

2015-10-19 22:40:32
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

…山城は以前、僕を手放したくないと言ってくれた。でもそれは山城の所有物としての僕だ。僕を扶桑のように愛してくれているわけじゃない。…でも、それでもいいと僕はどこかで思ってる。扶桑には、絶対に敵わないのだから。山城のものとして傍にいられるのなら、僕は…。

2015-10-19 22:42:51
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

…なんて、そんな願望を抱いたところでそれもまたしょうがないのだけど。僕がふとした日に山城を想って自慰行為に耽るのと本質的には何も変わらない。でも、許してね、山城。こうでもしてないと、想いが溢れて壊れてしまいそうになる時があるんだ。想いも伝えて、山城の本音の欠片を聞けた、今でも。

2015-10-19 22:46:10
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

山城の匂いのする羽織を両腕いっぱいに抱きしめる。鼻孔に広がるのは、僕の大好きな香り。でも僕の心は一向に満たされず、もっと彼女を欲しがっていた。…ちょっと今日はダメな日かも。…僕の下腹部が、じんわりと疼いていた。

2015-10-19 23:17:39