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2011年1月14日

『現代倫理学入門』まとめ

教科書に使いたい本のまとめと感想です。
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清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』第一章「人を助けるために嘘をつくことは許されるか」カントの有名な定言命法の話。その結果友人が殺されることになっても嘘は駄目なのか?筆者は価値は比較不能であり、実際には人は嘘をつくという悪を成すだろう、という立場。

2011-01-13 18:28:40
清水らくは @rakuha

【続き】ただやはり、「質問に答える義務」には触れられず。嘘をついてはいけないならば、「答えることが不都合な質問はしない」義務も必要なのでは? 「俺は見つけたらそいつを殺す。そいつはいるか」といった質問にまで答える義務が生じるような関係性の中で、私たちは生きていけないと思う。

2011-01-13 18:31:46
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』2「一〇人の命を救うために一人の人を殺すことは許されるのか」功利主義批判の話。最大多数の幸福のため、犠牲者が出ることの是非。実際社会でも生贄は作られているが、「公平に選ばれる」が危機感を生むのではないか、というのが僕の見解。

2011-01-14 13:13:00
清水らくは @rakuha

【続き】「生存率最大の原則」が個人の生存権や自己決定権より優先されるのが問題、というのが筆者の見解。それに加え、功利主義がそもそもなぜ採用されるのか?を考えねばならないというのが僕の感想。誰かを犠牲にすることを前提にするならば、その恐怖そのものが功利主義を否定する材料になり得る。

2011-01-14 13:15:41
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』3「一〇人のエイズ患者に対して特効薬が一人分しかない時、誰に渡すか」平等原理と功利主義の衝突の話。平等なクジ引きも、平等に全員助けないことも最大幸福には繋がらない。平等を実現するためにはそれだけの豊かさが必要で、二つは調和する理論ではない、というのが筆者の見解。

2011-01-14 16:07:40
清水らくは @rakuha

【続き】臓器移植などに関わる話。ある治療法が可能でも、多くの人々はそれを受け取る条件を満たしていない。一部の人がどんどん幸福を増大させていくことも最大幸福につながるのか?平等という概念を守るためには多くの痛みが伴うが、われわれはそこから目をそらそうとしている、というのが僕の見解。

2011-01-14 16:08:07
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』4「エゴイズムに基づく行為はすべて道徳に反するか」カントによれば、苦痛をさけ快楽を求めては道徳性の原理にならない。しかし功利主義が最低線の倫理を用意したと筆者は評価。ただし、ミルのように功利主義が大衆の質を向上させることには疑問と。

2011-01-15 00:40:51
清水らくは @rakuha

【続き】最小限主義、法治主義、選考功利主義が功利主義にとって良いと筆者は主張。僕は功利計算を、他の原理においてツールとしてのみ使う立場。功利計算が役立つ場合もあろうが、功利主義はエゴイズムを助長すると考える。

2011-01-15 00:42:28
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』5「どうすれば幸福の計算ができるか」人は大きい幸福を選ぶのではなく、選んだ方を幸福と呼ぶ。幸福を計算する困難を選考功利主義は幾分かは乗り越えるが、解決にはなっていない。経済学的な指標も、実質的な最大多数の最大幸福を実現できない、というのが筆者の見解。

2011-01-15 15:02:30
清水らくは @rakuha

【続き】僕の考えでは、人は他の要因により行為時には満足していたことも後悔し得るし、やむを得なかっことも納得して幸福と思うことがある。功利主義は行為選択時に幸福の予測をしなければならないが、行為の結果は後々まで幸福量を増減させるため、幸福の計算は困難である。

2011-01-15 15:02:43
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』6「判断能力の判断は誰がするのか」共同体のメンバー選定について。人々は平等であるはずが、人格が認められない人はメンバーに含まれない。これを決めるには様々な問題があるとするのが筆者の意見。僕も同意。

2011-01-15 23:55:10
清水らくは @rakuha

【続き】次の一文が重要。「人格の範囲そのものは神様が決めていた」倫理学は神を排除した後、自ら神の決定権を持とうとしてしまったというのが僕の推測。平等をツールとして受け入れ、人々全てをメンバーに受け入れる覚悟が必要では。

2011-01-15 23:55:27
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』7「<……である>から<……べきである>を導き出すことはできないか」自然主義的誤謬の話。「……であるから……らしくせよ」にはすでに強調表現になっているので注意。存在論的自然主義が成立する余地はあるが、存在から価値を導出することは困難というのが筆者の立場。

2011-01-16 14:00:32
清水らくは @rakuha

【続き】しかし価値はその都度個人内で生まれ、それが倫理を生むというのはおかしい。そのよう個人的な行為が他者に不利益を生じさせるとき、歯止めとなるのが倫理である。倫理観と倫理の混同があるのではないかというのが僕の感想。

2011-01-16 14:00:54
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』8「正義の原理は純粋な形式で決まるのか、共同の利益で決まるのか」近代思想家の善や正義を厳密に証明しようとする試みの話。近代哲学の倫理学を幾何学や数学のようにしようとする夢は消えてしまったとする筆者の見解。

2011-01-16 22:43:01
清水らくは @rakuha

【続き】その夢が消えた後に、倫理学そのものの価値を否定しないことが大事だと考えるのが僕の見解。倫理学がなくとも人々は倫理を有しているのだから、よりよい倫理に向けての努力を第一に考える方向にシフトすればいいのでは。

2011-01-16 22:43:13
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』9「思いやりだけで道徳の原則ができるか」相手の立場を考えることだけで、倫理的に振る舞えるのかという問題。功利主義でも普遍化は困難で、金銭の量などで功利計算をする道は残されているかもしれない、というのが筆者の立場。

2011-01-18 01:28:39
清水らくは @rakuha

【続き】私とあなたの望む物が違う、という難点。相手にとっての行為の価値を正しく想像できるとは限らないという難点。「私の嫌がることを他人にするな」と「私のしてほしいことを他人にせよ」の間には大きな溝がある、というのが僕の感想。

2011-01-18 01:28:56
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』10「正直者が損をすることはどうしたら防げるか」囚人のジレンマ、アローの不可能性定理について。当事者の判断のみならず、第三者の介入が必要。僕としては、タイトルと内容が一致していない気が。

2011-01-18 01:29:13
清水らくは @rakuha

【続き】意志決定をする際、当事者同士の同意だけでは足りず、当事者しかいない場合は意思決定をする際のルール作りを丁寧に行わねばならない、というのが本章の内容。ただ、正直者以外がいる前提では、ルール作り自体が困難だと推測される。

2011-01-18 01:29:34
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』11「他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか」ミルの啓蒙主義の誤算。自由の虚しさが退廃へ。しかし共同体主義もこの点を解決したとは言えないとするのが筆者の主張。

2011-01-19 03:44:56
清水らくは @rakuha

【続き】自由に対する肯定的な風潮に反し、「愚行権」と言う概念は浸透していないのではないか、と言うのが僕の感想。むしろ「迷惑をかけてでも他人とつながる」ことに価値を見出す傾向が人間にあるのではないか。

2011-01-19 03:45:26
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』12「貧しい人を助けるのは豊かな人の義務であるのか」完全義務と不完全義務の対立の話。「……するのがよい」と「……すべき」の違い。相互性に基づく不完全義務という在り方は崩れてきているというのが筆者の見解。

2011-01-19 18:36:53
清水らくは @rakuha

【続き】豊かな人を基準とするだけでなく、「貧しい人に助けられる権利があるのか」という視点も重要と言うのが僕の考え。不完全義務である限り、貧しい人々は助けられない可能性を考慮しつつ生きねばならない。また、どちらでもない人々が関心を持つ義務についても考えるべきでは。

2011-01-19 18:37:45
清水らくは @rakuha

『現代倫理学入門』13「現在の人間には未来の人間に対する義務があるか」共時的相互性の倫理では、未来世代に対するエゴイズムをチェックできない。しかし生存の基礎的な条件は未来の世代とも共通しているはずであり、倫理的関係は構築できるとするのが筆者の基本的な見解。

2011-01-20 04:59:44
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コメント

清水らくは @rakuha 2011年1月16日
ようやく折り返し。シラバス提出期限があるのでもう少し急がねば(;^_^A
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@takashi_88 2011年1月17日
「現代倫理学入門7について」 らくはさんの言う倫理観と倫理の違いはミクロ視点とマクロ視点という感じで言い換えることが出来るのではないでしょうか。問題はマクロ視点での「倫理」ですね。この倫理には「情け」などの感情が介在してはならないというのが僕の意見です。マイノリティは駆逐せよ。しかしながらマイノリティ保護を批判する者自体がそうであるなら、それもまた駆逐せよ、ということですかね。注意すべきは二重否定が肯定となるわけではないという点でしょうか。
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@takashi_88 2011年1月17日
「現代倫理学入門8について」 正義の原理の数学的価値観への投射?とでもいうのですかね。難しく言えば。自然主義的誤謬とも被るのでしょうが、共同利益も直感も定義不可能という、そもそも論争の下地がマイナス条件から発生しているのでこの議論は荒れるでしょうね。たぶんこの数学的価値観への置き換えっていうので夢の敗北を告げた原因は「実数計算において是と偽は両立しない」という性質によるものでしょう。思考ツールを言語に依存している限りこの問題は存在しますので、言語学者の庭で遊ぶのも一興かと。
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@takashi_88 2011年1月17日
[続き1]それでも数学的な視点にこだわるお仲間がいれば「シュレーディンガーの猫」「虚数」というキーワードを教えてあげれば喰いつくかもしれません。矛盾の肯定を無理やりするとあそこら辺が物理学および数学では該当します。二乗すれば実数界に舞い戻ってくる点も暗喩的です。
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@takashi_88 2011年1月17日
[続き2]さて、よりよい倫理とは何か。ここは感情と論理の二項対立にまで議論が分解できるかもしれませんね。理性と欲求と言い換えてもいいかも。少なくとも社会において個人の感情というものは邪魔な要素にしか過ぎないという点は留意が必要かと思います。僕の見解では倫理学という法学にも比肩するほどの重要な社会的役割のある学問で「包括的な意味合いでぼかす」という行為は許されるのか、というのが疑問点です。
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清水らくは @rakuha 2011年1月17日
7についてですが、感情の介入は原理の段階で、ということでよいでしょうか。マイノリティの設定において、、「本当のマジョリティとは何か」を探求しないところがあると感じてはいます。「一般的な」とされる人が現実には少数ではないかと疑えることも多く。
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清水らくは @rakuha 2011年1月17日
8についてですが、虚を確定できること自体を羨むでしょうね。あと、個人の感情が理性の導きに従わないことは問題なんですが、それが「社会のため」かは疑問です。社会の価値から証明することになるでしょう。「重要な役割」に関しては、感じてもらえてればいいなあ、と。
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清水らくは @rakuha 2011年1月21日
というわけで、ひとまずまとめ修了。授業をする中で新たな発見があったら追加するかもしれません。
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