アンエクスペクテッド・ゲスト #2
囚人の反応は様々だ。火と煙を見て興奮する者。降りだした重金属酸性雨に罵声を浴びせる者。不安な目で成り行きを見守る者。……それらの中で、ヤマヒロは苦笑いした。「クソッタレめ、パーティーが台無しだな」彼の目は笑っておらず、獲物を狙うタイガーのように、鋭い周囲の観察を続けている。 44
2015-11-11 23:04:27「でもパーティーしてなけりゃ、俺たち今頃、死んでたかもしれませんよ」隣でタロが屈託無く笑った。ハッカーのイシカワを含む他の5人も小さく頷いた。彼らはウサギ棟の囚人仲間……ヤマヒロ一味だ。この7人は先程までウサギ棟ショーギ室で、タロの誕生日と出所3ヶ月前パーティーを行っていた。45
2015-11-11 23:12:43ショーギ室ではなく各々の号室にいたならば、彼らの何人かは、この輸送機墜落事故のせいで今頃ガレキの下でネギトロになっていたかもしれない。「ああそうだな、クソッタレめ」ヤマヒロは唸るように言った。「何で俺たちゃツイてねえんだろうな」その間も彼の耳は狡猾に周囲の噂話を拾い上げる。 46
2015-11-11 23:16:27「もうじき消火も終わりそうですね」タロが言う。「戻ったら避難時に痛めたイシカワ=サンの足も医療室で見て……」「医療室はどうせ満員だ、我慢するよ」イシカワが肩をすくめる。「それより、俺の号室が無事に残ってりゃいいんだが」そして手の平で、ポツポツと降る重金属酸性雨を受け止めた。 47
2015-11-11 23:27:00「おい、まだ気ィ抜くんじゃねえぞ」ヤマヒロが一同の目を見ながら重い声で言った。額には脂汗。輸送機が対空砲撃を受け墜落……ヨロシ系列の社章……大型コンテナ落下……49課のデッカーが奔走……鉄橋が落ちた……?彼の耳に入るのは不穏な情報ばかり。グレーターヤクザセンスが危険を告げる。48
2015-11-11 23:32:34「スンマセン……なんかこう」タロが複雑な表情で頭を掻いた。退屈な刑務所の日常に突然降って湧いた火災騒ぎ、三ヶ月後の出所とその先の不安、まだ何年以上も牢獄に残るヤマヒロ達のこと。様々な事が、まだ若い彼の心を掻き乱していたのだ。外にはもう、兄弟と呼べる者は居ない。「スンマセン」 49
2015-11-11 23:43:52ヤマヒロは額の汗を拭いながら、にかりと笑んだ。「だがビビるのは違う。危険が増えりゃチャンスも増える。全員一緒に動け。今は密林のタイガーみてえに目を光らせてろ。そしてイザとなったら、躊躇なく動くぞ。特にタロ、テメエはどうにも呑気で優しすぎる。下手な動きするんじゃねえぞ」「ハイ」50
2015-11-11 23:59:33レクリエーション室の一瞬の惨劇から10分が経過。壁に空いた大穴から、男は薄暗い室内へと忍び込んだ。室内のバイタルサインは皆無。かすかなブーツ音を響かせながら、彼はコンテナへと向かった。Zzzzzzzt。耳障りな電磁ノイズが鳴り、彼の体を覆う光学迷彩コートの効果が解除される。 52
2015-11-12 00:07:19「***何たる失態***」彼は呼吸器から苦しげな声を発する。3ピーススーツにブレストプレート、小型ジェットパック、光学迷彩コート、赤い丸レンズ付ガスマスクヘルム……その威厳と、己の体内には汚染物質を1μグラムも侵入させぬという意気込みは、まさにヨロシ系列企業の重役の風格だ。 53
2015-11-12 00:16:17彼はニンジャか?……違う。ニンジャであれば、墜落からの緊急脱出時に肋骨を折ることも、片方の丸レンズにブザマなヒビを入れることも、IRC通信機に損傷を負う事も無かっただろう。彼はヨロシ・バイオサイバネティカ社の第8開発部長である。そして墜落輸送機の唯一の生き残り社員であった。 54
2015-11-12 00:27:08彼は監獄島に着地した瞬間、即座にセプクをしようと考えた。今、この空のカーゴを見た時もだ。だがそうしなかった。彼は再報告を行った。「***不測の事態です。タマ・リバー上空をデモンストレーション輸送していた輸送機が墜落……***」ザリザリザリ…… IRC通信機のノイズが酷い。 55
2015-11-12 00:36:04「***積荷ごとスガモ・プリズンに落下。そしてカンゼンタイが……休眠処理が施されていた筈のそれが……***」ザリザリザリ……彼は周囲の血の跡や"食べカス"を一瞥した。「***捕食行動を開始***」ザリザリザリ…… ノイズは更に酷い。果たしてどこまで本社に伝わっているだろう。 56
2015-11-12 00:39:40彼がセプクしなかった理由。それは、積荷の重要さゆえである。それを野放しにした場合、何が起こるのか、彼は全て知っている。彼は為すべきことを為すために、危険を冒し、監獄島内で秘密行動を開始したのだ。「***スガモ監獄島は孤立。囚人数、数千名。数時間で最悪の事態危険性***」 57
2015-11-12 00:49:21彼は損傷したIRC通信機が火花を散らし煙を吹くまでのわずかな時間で、手短に、本社への事態の報告と救援要請を告げた。「***報告終了***」彼はコンテナから降りて歩き、その側面に刻字されたクリプト・カンジと社章へ、深い愛社精神とともにオジギした。 58
2015-11-12 00:57:13そのクリプト・カンジの意味は、カンゼンタイ。日本社会において、新たな漢字の創造は禁忌の行いである。平安時代に定められたセットが全てであり、人々はそれを神々の定めた法の如く厳守してきた。だが、ヨロシサンはやるのだ。そして生物の理すらも操作し、ニンジャすらも生体兵器に変えるのだ。59
2015-11-12 01:02:27おお、カンゼンタイ。究極の生命体。輝かしき地球の未来。ヨロシ・バイオサイバネティカの社運を握るもの。「***明日もヨロシサン***」彼はチャントを唱え終えると、バイタルサインを追い、粛々たる足取りで進んだ。血みどろの廊下へ。Zzzzzzt。再び光学迷彩コートがONになった。 60
2015-11-12 01:11:35