『チャイナ橙の謎』と後期クイーン的問題

チャイナ橙の謎と後期クイーン的問題との関係に関する考察
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@quantumspin

まとめを更新しました。「目的論的世界像と後期クイーン的問題」 togetter.com/li/873203

2015-10-04 20:00:03
@quantumspin

【チャイナ橙の謎 (創元推理文庫 104-12)/エラリー・クイーン】『シャム双子の謎』で方法的に削除された挑戦形式は、『著書の完璧を期することにおいて、極めて厳格な』出版社の意向により再開される。し... →bookmeter.com/cmt/51838111 #bookmeter

2015-11-14 12:48:34
@quantumspin

エラリー・クイーン『チャイナ橙の謎』は、国名シリーズにして〝読者への挑戦の方法的削除〟がなされた『シャム双子の謎』に続く作品であり、本作で挑戦形式は、作者クイーンによれば、『クイーンの著作の完璧を期することにおいて、きわめて厳格な』出版社の意向により、復活を果す事になる。

2015-11-14 13:21:11
@quantumspin

ところで『シャム双子の謎』は、法月によれば、『ギリシア棺の謎』と同様の問題系に続する、本格探偵小説の形式化が〝ゲーデル的帰結〟に行き着いた』作品であった。そうならば、『チャイナ橙の謎』において作者クイーンはなぜ挑戦形式を復活させたのか、『初期クイーン論』ではこの点明らかにされない

2015-11-14 13:31:05
@quantumspin

また、『チャイナ橙の謎』は〝あべこべ〟を主題としており、この点に関して法月は、『笠井潔論/大量死と密室』の中で、『この小説全体にちりばめられた「あべこべ」の要素の多彩さは、ただひたすら、無名の死体に付された「あべこべ」の属性を隠す目的にのみ用いられていると言っていい』と述べている

2015-11-14 13:44:37
@quantumspin

しかし一方法月は〝あべこべ密室〟の真意について、『クイーンは『チャイナ橙の謎』を書くことによって、手垢にまみれた密室の成立条件を根底から洗い直し、解体しようとしていた』と、隠蔽としてのあべこべ要素氾濫説とはまた異なる説明を提示する。果して作者クイーンの真意はどこにあるのだろうか。

2015-11-14 14:14:50
@quantumspin

『チャイナ橙の謎』における〝あべこべ〟の謎を理解する為には、やはり、『シャム双子の謎』で図式化された、人工対自然、意図対経験といった対立軸と、経験的・自然発生的推理により無効化されようと、手掛かりの意図の探究を諦めない探偵エラリーの態度、とを無視する事はできないのではないだろうか

2015-11-14 14:22:35
@quantumspin

というより、『シャム双子の謎』に伏蔵するこれら作者の意図は、『チャイナ橙の謎』においてより一層前景化されているように思われるのである。例えば本作において、エラリーは通常の捜査―経験的手掛かりの収集行為―をほとんど行わず、憑かれたように〝あべこべ〟や〝中国〟について調査を始める。

2015-11-14 17:49:48
@quantumspin

ネヴィンズ・ジュニアによれば、『残りの章は殆ど、切手蒐集とかセックス、中国文化、ゆすり、紛失したヘブライ語の聖書注解書など、一連の脱線した話で埋まっているのだ。どれも殺人事件とはまったく関係がなく、ただ驚くほど偶然に、何らかの意味で逆様という言葉がつく要素を持っているだけである』

2015-11-14 18:03:15
@quantumspin

探偵エラリーはこう述懐する。『ある期間、これは比較上の話ですが、このもっとも肝心な問題は、私の脳裏から離れていました。私は解答は目の前にあることを知っていました。ただ、それを突きとめさえすればよいと考えていました。(…)解決のきっかけは、警視の偶然の質問によって与えられました。』

2015-11-15 09:50:56
@quantumspin

驚くべき事に、探偵エラリーはここで、〝殺人犯人の素姓の考察〟という、かつて挑戦形式において最重要であったはずの考察を、解答が目の前にある事を知り、ただそれを突きとめさえすればよいと考えていながら、警視が偶然指摘するまで、脳裏から離れていたと白状するのである。これは尋常ではない。

2015-11-15 10:00:56
@quantumspin

そうまでしてエラリーは〝あべこべ〟の謎に取りつかれてしまうのである。この事について、エラリーは次のように説明する。『犯罪人というものは、なにかの目的がなくては、積極的に(…)なにかをすることは、めったにない。ところで、このあべこべ仕事は、積極的であり、意識的な行為であります。』

2015-11-15 10:12:56
@quantumspin

『骨が折れる仕事であり、やりとげるには、貴重な時間を費やさなくてはなりません。したがって、私は、いつか、この背後には理由がある、表に現れた形は、いかに気違いじみて見えようとも、その目的だけは少なくとも、正気であるにちがいない、と申しましたが、それは当たっていたのであります。』

2015-11-15 10:16:40
@quantumspin

ここでエラリーははっきりと、積極的、意識的に行われた(かのように観察される)、〝あべこべ仕事〟の意図についての探究を自分が問題にしていた事を述べている。エラリーにとって、〝あべこべ仕事〟の意図の探究は、〝殺人犯人の素姓の考察〟すなわち〝犯人当て〟に優先していたというのである。

2015-11-15 10:51:47
@quantumspin

ここにははっきりと、クイーンのかつての挑戦形式に対する態度の変化が見てとれる。かつて最重要の問題だった〝殺人犯人の素姓の考察〟は、『チャイナ橙の謎』においてはもはや主題では無くなっているのである。『チャイナ橙の謎』を犯人当て小説と見なした時感じる捉えどころのなさはここに起因する。

2015-11-15 11:01:45
@quantumspin

ところで、『チャイナ橙の謎』における〝読者への挑戦〟には、かつて存在した〝犯人〟の文字が現れない。『チャイナ橙の謎』においてクイーンが読者に対し挑戦しているのは、〝犯人はだれか〟ではなく、〝謎の明快な解決〟となっており、ここにも、かつての挑戦形式からの態度変更の痕跡がうかがえる。

2015-11-15 11:38:06
@quantumspin

ここで〝謎の明快な解決〟とは〝犯人の意図の解明〟と読み換えられるべきものである。解決編でエラリーは、密室状況をつくった犯人の意図に言及し、『廊下側のドアを通って、この部屋から出て行けるひとだったらだれでも、機械的な方法に頼らない』故に、機械的方法に頼る人物を犯人と指摘している。

2015-11-15 12:38:41
@quantumspin

作者クイーンは、『クイーンの著作の完璧を期することにおいて、きわめて厳格な』出版社の意向により、挑戦形式を復活させながら、〝犯人の素姓〟ではなく〝犯人の意図の解明〟を要求するのだ。これは『シャム双子の謎』で挑戦形式を削除せざるを得なかった、唯一解の得られない謎に対する挑戦である。

2015-11-15 12:57:05
@quantumspin

にもかかわらず、クイーンが本作で挑戦形式を復活できたのは、本作を〝犯人当て小説〟として読む事も可能だからではないか。クイーンは、従来の挑戦形式と同様、〝犯人当て小説〟としての側面を本作に残した。読者は〝犯人の素姓〟を探究しながら、同時に本作の主題をなす〝意図〟の探究に誘導される。

2015-11-15 13:02:33
@quantumspin

ここで思い出しておきたいのは、本作が〝あべこべ密室〟を取扱っていることである。通常の密室においては、密室の鍵をあける事で、探偵は犯行現場、すなわち通常捜査に必要な経験的手掛かりが配置された空間に誘われる事になる。ところが本作では、探偵は密室の鍵をあける事で、犯人に辿り着くのである

2015-11-15 13:06:41
@quantumspin

クイーンが本作で〝あべこべ密室〟を着想した背景には、犯人当てに必要な自然的手掛かりの空間から、犯人の内面心理の空間へと、分析の方向を逆転しようという意図があったのではないか。こうしてクイーンは、旧来の挑戦形式を復活させながら、犯人あて小説としての読解を隠喩的に禁じるのである。

2015-11-15 13:25:03
@quantumspin

エラリーは物語を次のようにしめくくる。『(犯人は)あのとほうもない、あべこべ仕事をやってのけるにあたって、だれかを巻き添えにしようという考えは、まったくなかったと、僕は確信します。おそらくは、ものをあべこべにすることに、全然なんらの意味も認めていなかったかもしれません。』

2015-11-15 13:48:39
@quantumspin

『たんに(手掛かりを)隠そうとして、なにもかもさかさにしたので、それが持つ含意には気づかなかったのでしょう。しかし運命は、あの男に不親切でした。運命は、事件に全然無関係な二、三の事実をとりあげて、僕にほうり投げてよこしたのです。僕は、あらゆることに意味を求めました。』

2015-11-15 13:52:57
@quantumspin

『しかし、すでに説明しましたとおり、まちがった種類の意味を求めていたのです。その結果、僕は、だれに関してであれ、あべこべのものすべて調べあげる必要があるように思いこんだのです。』と、意図の探究の失敗を認め物語を終える。しかしその言葉に反し、意図の探究は後期クイーンの主題となるのだ

2015-11-15 14:07:12
@quantumspin

「スペイン岬の謎と後期クイーン的問題」をトゥギャりました。 togetter.com/li/911663

2015-12-12 13:21:30