『シャム双子の謎』と後期クイーン的問題

人工的手掛かりと自然的手掛かりとの対立軸から『シャム双子の謎』に込められたクイーンの意図を分析しました
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@quantumspin

まとめを更新しました。「タイプ理論と後期クイーン的問題」 togetter.com/li/825870

2015-06-07 11:20:00
@quantumspin

エラリー・クイーン『シャム双子の謎』は、国名シリーズの中でも異色作として知られている。ダイイングメッセージ、偽手掛り、シャム双子、山火事といった、記号的ガジェットが連発する中にあって、しかしその最たる特徴は、クイーンの代名詞である〝読者への挑戦〟が削除されている事にあると言える。

2015-07-10 21:59:59
@quantumspin

この〝読者への挑戦の方法的削除〟については、様々な論者により分析が試みられている。良く知られているように、法月は『初期クイーン論』の中で、『ギリシア棺の謎』と同様の問題系に続する、本格探偵小説の形式化が〝ゲーデル的帰結〟に行き着いた作品として、『シャム双子の謎』を位置付けている。

2015-07-10 22:11:06
@quantumspin

笠井潔は『探偵小説と二〇世紀精神』の中でこの問題を、『作品のサスペンス効果との関係から説明することができる』と論じ、他方、諸岡卓真は『現代本格ミステリの研究』の中で、〝<操り>の構図の失調〟を切り口に分析を展開している。しかし、いずれもこの問題の完全な解明には至っていないようだ。

2015-07-10 22:26:38
@quantumspin

法月によると『証拠の真偽判断をめぐる<問題>は、『シャム双子の謎』でいっそう紛糾し、ロジカル・タイピングによる「本格探偵小説」の自己完結的な構造は、この段階でほとんど修復不可能なダメージを被っている』。〝メタレベルの無現階梯化の切断〟こそ〝読者への挑戦〟消失の真相であるとされる。

2015-07-11 06:10:30
@quantumspin

しかし『シャム双子の謎』を読む限り、法月のいう『証拠の真偽判断をめぐる<問題>はいっそう紛糾』している印象はない。笠井の言うように、本作でクイーンは手掛りが偽である証拠を事前に示し、エラリィは推理からこの真相に辿りつく。真偽判断がつかない、いわゆる〝ゲーデル的状況〟とは異なるのだ

2015-07-11 06:23:13
@quantumspin

あるいは『シャム双子の謎』で主題的に用いられる、二種類のダイイング・メッセージの解釈に関して。法月の文脈では、これは単なる〝偽手掛り〟のひとつとみなされる。しかし、単に偽手掛りを示したいのなら、わざわざ凝ったダイイング・メッセージを、しかも二種類も提出する必要はないのではないか。

2015-07-11 06:31:34
@quantumspin

また、法月のいう『通常なら<読者への挑戦>が挿入されるべき頁で、登場人物たちは迫りくる山火事の炎を食い止めるため、壕を掘りはじめる(それはロジカル・タイピングの最後のあがきにほかならない)』という解釈も、こうして見ていくと、幾分恣意的であり、議論の展開に無理があるように思われる。

2015-07-11 06:43:07
@quantumspin

これらの問題点を考え合わせると、『クイーンが「形式化」の果てに「本格推理小説」の根拠の不在を見出し』た作品として『シャム双子の謎』における〝読者への挑戦の方法的削除〟を解釈する法月の論考は、本作に込められた作者の真意を十分に汲みつくせているとは言えないように思われるのである。

2015-07-11 06:54:14
@quantumspin

以上を踏まえ『シャム双子の謎』における〝読者への挑戦の方法的削除〟を分析したい。その為にはまず、フェア・プレイ原則について再考する必要がある。いわゆる(形式主義的解釈における)ヴァン・ダインのフェア・プレイ原則とは、法月によれば、手掛かりの完全性、無矛盾性、独立性を意味していた。

2015-07-11 07:56:00
@quantumspin

一方、ネヴィンズ・ジュニアによれば、『エラリイは経験的な証拠によって厳密に論理的な推理をして解決をする。ヴァンスが推理の基礎とした心理的資料とは違って、経験的な証拠は探偵同様に読者にとっても近づきやすいもので、クイーンの有名な<読者への挑戦>方式によって強調された点であった。』

2015-07-11 08:01:24
@quantumspin

このように、フェアプレイ原則、あるいは<読者への挑戦>方式において、手掛かり自身の性質は、心理的ではなく〝経験的〟であることが要請されている。このことは、本格探偵小説一般において、犯行動機が軽視されていることからもなじみ深い。クイーンはこれを徹底的になしとげた、初期の作家であった

2015-07-11 08:08:26
@quantumspin

ではフェア・プレイ原則のこうした厳しい基準を、ダイイング・メッセージは果してクリアできるだろうか?容易にわかるように、実はクリアできない。ダイイング・メッセージとは被害者の〝意図〟を記号化した人工物であり、そこに込められた意図は、経験的にではなく心理的に解釈されるべきものである。

2015-07-11 08:15:25
@quantumspin

詳しく見ていくと、ダイイング・メッセージだけではなく、キャビネットの傷も、犯人の〝意図〟が込められた人工物である事がわかる。さらには、これら人工的手掛かりは悉く、誰の意図も込められない、自然発生的手掛かりによって無効化されてしまうのである。こうした一連の符合は恐らく偶然ではない。

2015-07-11 08:28:49
@quantumspin

つまり、〝経験的〟手掛かりの完全、無矛盾な配置によって、<読者への挑戦>方式を確立した筈のクイーンが、『シャム双子の謎』では、経験的・自然発生的手掛かりの配置を大部分放棄し、その代わり、人工的・意図的手掛かりを前面に配置しているのである。これはいったい何を意味しているのだろうか?

2015-07-11 08:42:09
@quantumspin

クイーンは『シャム双子の謎』において、人工的・意図的手掛かりを経験的・自然発生的手掛かりにより繰り返し無効化する。ここで思い出しておきたいのは、法月も引用した山火事の炎を食いとめるため壕を掘りはじめる場面である。ここまでの議論を踏まえると、この場面に作者が込めた意図は明らかである

2015-07-11 09:12:39
@quantumspin

この場面は明らかに、壕の建設という、人工的・意図的行為が、山火事と言う、経験的・自然発生的現象によって無効化される様を描いているものである。こうして見ると、『シャム双子の謎』という作品は、終始、人工と自然、意図と経験といった対立軸によって図式化される作品である事がわかるのである。

2015-07-11 09:17:42
@quantumspin

作者クイーンは、探偵エラリーに、人工的手掛かりの意図の問題、ダイイング・メッセージに込められた被害者の意図であったり、偽手掛りに込められた犯人の意図であったり、と格闘させる。探偵エラリーは、それが例え経験的・自然発生的推理により無効化されようと、手掛かりの意図の探究を諦めない。

2015-07-11 09:29:31
@quantumspin

このようにして物語が展開した後、すなわち、山火事により経験的・自然発生的手掛かりが消失していく中、探偵エラリーは、地下室において、指輪を用いた犯人のあぶり出しを決行する。本来の、経験的・自然発生的手掛かりを重視する立場であれば、指輪が〝どのように〟盗まれたかを分析した筈である。

2015-07-11 09:35:59
@quantumspin

しかし探偵エラリーはそのような手段を選ばず、犯人の自白を誘導する。それは、手掛かりの意図の探究の問題が、法月のいう、いわゆるメタレベルの無現階梯化を招くという事を、一連の人工的手掛かりの意図の探究の果てに、探偵エラリーが悟った事を意味している、と理解する事はできないだろうか。

2015-07-11 09:42:59
@quantumspin

クイーンの確立した<読者への挑戦>方式は、手掛かりに心理的要素を排し、経験的・自然発生的要素のみに集中する事を要請する。この要請に忠実であろうとするならば、本来、ダイイング・メッセージや偽手掛りに込めれられた〝意図〟の分析は、〝心理的〟と嘲笑し排すべき要素と見なされてしまうだろう

2015-07-11 09:48:47
@quantumspin

しかし、眼前にダイイング・メッセージや偽手掛りが存在すれば、そこに込められた〝意図〟を分析せずにはいられなくなる。『シャム双子の謎』で描かれているのは、この人工的手掛かりに込められた〝意図〟に対し探偵が感じる、抗いがたい解明欲求ではないだろうか。それが自然の前では無力であっても。

2015-07-11 09:53:48
@quantumspin

分析もここまで進めば、もはやクイーンが『シャム双子の謎』における〝読者への挑戦の方法的削除〟に込めた意図はかなりはっきりしてきたのではないだろうか。〝読者への挑戦〟方式とは、心理的手掛かりの排除の上に成立する形式であり、『シャム双子の謎』のような人工的手掛かりでは挑戦不能に陥る。

2015-07-11 10:12:13
@quantumspin

ここから明らかになるのは、証拠の真偽判断をめぐる法月の分析の不徹底さだ。確かに『シャム双子の謎』で探偵エラリーは、メタレベルの無現階梯化を切断する為、犯人の自白を誘導する。しかしそれは、法月の言う証拠の真偽判断の不可能性を意味しない。それは手掛かりの意図の判断不可能性に他ならない

2015-07-11 10:25:18
@quantumspin

『ギリシア棺の謎』において〝メタレベルの無現階梯化〟がいかに発現したかを考えると、この点はより鮮明になる。〝メタレベルの無限階梯化〟とは、犯人の意図の判断不可能性であって、探偵が、経験的・自然発生的手掛かりにのみ集中していれば、本来発生しない問題である。無限は探偵の心に宿るのだ。

2015-07-11 10:29:42