「何を言うのです!聖杯は起動し、サーヴァントは召喚に応じた!それ以上、何を望むというのですか!」 「枠はまだ6つあるのだろう。追加で召喚をしろ。儂は、『誰もが知る偉人を喚ぶ』というから、金を出したのだ」 反駁する魔術師に、老人は更に言い返す。 21
2015-11-18 21:55:27「それは無理です。何よりこの規模の霊地で、同じ場所で複数回召喚を繰り返せば、土地が死んでしまう!」 「……ならば、他の場所を押さえればよかろう。そこなライダーとやらを連れて、すぐに向かえ」 「……わかりました」 老人は、土地の管理者であるにも関わらず魔術の知識に乏しい。22
2015-11-18 22:03:42そして……例えサーヴァントを持つとはいえ、彼の支援無くば魔術師のこの国での活動は、早晩行き詰まる。万一、誰かに入れ知恵でもされた挙句に聖杯ごと協会へ売り渡されれば、どうなるか。待っているのは身の破滅。故に選択の余地はない。え 23
2015-11-18 22:14:31故に、不遇の魔術師と夭折のサーヴァントは渋々次の召喚候補地点を目指した。 ……それが、この聖杯戦争における最初の召喚の。そして、まともに召喚された英霊僅か2つのうちの片割れであった。 24
2015-11-18 22:23:55町は、爆弾を抱えたいた。「出原原人」。略して「出原人」とも呼ばれる爆弾を。 高度経済成長期、とある工事の際に石炭層から偶然発見された骨片は、人骨であると当時の考古学者によって判断された。その骨を発見したのが、他ならぬ現在の出原町長であった。25
2015-11-20 21:40:26彼は町長となる前から、自分の発見を町興しのために大いに活用した。原人は名所となってビジネスを産み、立派な資料館も完成し、町は潤った。しかし、その蜜月は長くは続かなかった。 発端は、発掘された骨の再鑑定をさる大学のチームが行ったことだった。26
2015-11-20 21:45:14結果は惨憺たるものだった。「『原人の骨』とされるものは、その特徴から人のものではなく、動物の骨と思われる」。確認のため複数の専門家に検証を依頼したが、恥を上塗りするだけに終わった。 町長の名声は失墜した。無論彼は、発見だけで町長になった訳ではない。だが、芯は損なわれた。27
2015-11-20 21:51:17それが、『爆弾』の正体だった。 --------- 深夜。出原人記念館。「ようこそ原人の里」と書かれた幟が虚しくはためくその入口に、年老いた男は一人で佇んでいた。男は鍵を開け、記念館の中へと侵入する。警報装置は作動しない。既に解除されている。 28
2015-11-20 22:01:15バブル期に建造された記念館は、今や負債となって重く伸し掛かっている。記念館の奥には、原人の発見者の写真。そして、その横に置かれたガラスケース。 侵入した男は、発見者の写真を見つめる。……写真の中の男はまだ若く、頭髪もきちんと黒く茂っており、痩せている。 29
2015-11-20 22:11:54そう……記念館に侵入した男は、町長その人であった。無慈悲な鑑定結果によって、最新の科学によって。彼の発見と、それに賭けた半生は否定された。 だが、彼は信じ続けていた。この場所には遥かな昔、確かに原人が住んでいたことを。出原原人が実在していたことを。 30
2015-11-20 22:15:34その光景を夢見続けていた。或いは、更に発達した科学が彼の名誉を回復するかもしれない。だが、彼にはそれを悠長に待つ時間は無かった。 科学が駄目ならば、神秘に頼る他はない。それを可能とする儀式はあった。如何なる奇貨によってかこの地に齎された、『聖杯戦争』。 31
2015-11-20 22:19:21過去の人物を複製し、使役し、戦わせることによって根源への到達を目指す儀式。無論、一市民として生きてきた町長自身は魔術を知らぬ。神秘を知らぬ。だが……その存在を、彼に教えた者が居た。 町一番の旧家。古くより続く地主の家。選挙や政治活動でも度々借りがあった。え 32
2015-11-20 22:23:33旧家は、聖杯戦争、そしてそれに付随する痕跡の隠蔽を彼に依頼した。だからこそ彼は知ったのだ。英霊と呼ばれる過去の人物を召喚する方法を。そしてこの土地で、それに適した場所が幾つか存在することを。 町長は聖杯などという願望機の存在は端から信じていなかったし、興味も無かった。 33
2015-11-20 22:28:37何故なら、彼の願いは、今この時点で叶うのだから。 「何としても……原人の存在を、証明するのだ」 ガラスケースの中から、骨を取り出す。これこそが『触媒』。過去の偉人を呼び出すための縁。 原人をサーヴァントとして召喚し、その実在を証明する。それこそが、町長の願いであった。 34
2015-11-20 22:33:51資格は、彼の手にあった。三角の令呪。聖杯に選ばれた魔術師の証。魔術師でないが何故選ばれたのか……それは聖杯ならぬ者には預かり知らぬ所。 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」 だが兎に角、儀式は完結する。35
2015-11-20 22:43:28奇しくも召喚地点の真上にあった記念館の床には、模造紙に印刷された急拵えの召喚陣。魔術の「ま」の字も知らぬ素人が、いい加減に唱えた呪文。 それでも、奇跡は起こった。陣の上には風が集い、周囲が魔力の光に照らされる。英霊の召喚という名の奇跡は、確かに起こってしまったのだ。 36
2015-11-20 22:47:14……そこに在ったのは、確かに人ではあった。 背丈170cmほど。毛皮で身を包み、手には先を尖らせた木の棒を携えるのみ。その顔立ちと毛深さは、『彼』が現代人とは異なる血脈にあることを予測させるものだった。 現在から約50万年前に存在した、ホモ・サピエンスならざる人類。 37
2015-11-20 22:59:23「原人」は、確かにそこにいた。 「は……はじめ、まして」 町長は、上擦った声を上げる。 「私、貴方のマスター。私、貴方よりも、偉い」 そして、乏しい知識で、聖杯戦争のシステムを解説せんと試みる。原人は、沈黙の後。 「■■■■■ーーーー!!」 声ならざる咆哮を上げた。 38
2015-11-20 23:03:11そう。彼は人ではない人類。人の基準で理性と呼ぶべきものなど、最初からあろう筈がない。狂戦士(バーサーカー)クラスでの現界は必然とも言うべきものだった。 だが、町長はそれを知らない。彼は、原人の咆哮を敵意であると解釈した。そして、徐ろに服を脱ぎ始めたのだ。39
2015-11-20 23:06:56敵意のないことを、身を以て示さんという試み。それは、この晩既にいくつも起こっている奇跡と同様に、効果を示した。 「ウ……」 下着姿になり、歩みを進める町長に、原人(バーサーカー)は歩み寄った。 「いい子だ……言うことを聞けば、悪いようにはしない」 40
2015-11-20 23:13:38町長の手から、令呪の一画目が薄くなり、消滅する。こうして、異端の聖杯戦争の二組目のマスターとサーヴァントが誕生したのだ。 あ41
2015-11-20 23:16:30