【HYDE】Another Story - はじまり -

これは贖罪の戦士が出会った、とある狩人との物語。
0
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「おう」。イースの言葉に、スオウは変わらない笑顔で答えた。自分達の朝は早い、それを知っているからなのか。何度か同僚の肩をポンっと叩くと、顔だけ振り向かせ手をヒラヒラとさせた。「おやすみ、イース」。「ああ……おやすみ、スオウ」。去る背中を見つめるイースは、静かに目を細めた。24

2015-09-11 21:27:05
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

次の朝。イースは装備を整え、いち早くギルドの運用する浮遊機搭乗口の前に立っていた。眠れなかったわけではない。むしろ良く眠れた。所謂安眠だ。目の覚めも良い。手にグッと力を入れ、力を抜く。身体も目覚めていた。コンディションは完璧だ。「…ふぅ」と息を吐くと同時に、背後に複数の足音。25

2015-09-11 21:38:57
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「教官!」もう聞き慣れた筈なのに、どこか緊張の色を含んだ声がイースの耳に届く。振り向くと、同じく見慣れた姿。「だから、もう俺は教官じゃないよ」。少し照れを残しながら、イースは命をかけた地に赴く前には似合わぬ表情で笑った。「まあまあ」すぐ隣で新たな声の主が加わる。スオウだ。26

2015-11-09 22:05:56
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「相変わらず謙虚でお堅い頭ですな?イースさん」。からかうかのように悪戯な笑みを浮かべながらイースの脇腹を小突く彼を見て、訓練生達4人の緊張の色が少しだが抜けたのがわかった。「…やっぱり君には敵わないな、スオウ」。イースの言葉に対し、返ってきたのは無言の微笑。27

2015-11-09 22:10:45
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

しかし、いつまでも今までのような雰囲気を纏う訳にもいかない。何故なら彼らはあと数刻の内にその命を平原へ投げ出すのと何ら変わらないのだ。イースは一度瞳を閉じると、再び開いた。見つめていれば吸い込まれそうな青い瞳が、煌めく。「皆、いつだって己を護るのは己と武器だ。気を抜くなよ」。28

2015-11-09 22:14:49
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

空気が張り詰める。先程までの温かさは消さず、しかしその場を凍らせる程の重圧。訓練生達は一気に表情を緊張一色へと戻した。その中でスオウだけは相変わらず飄々としたもので、やれやれとお手上げポーズを作っている。「折角俺が場を和ませたのに、イースは本当にお堅いねぇ」。29

2015-11-09 22:17:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ま、そこも好きなんだけどさ」と言い、スオウは訓練生達の背後に回りジュードとラティの肩へと手を回した。「んじゃま、イース教官の言う通り、気を抜かず参りましょうや!」。スオウの言葉もされど教官のもの、緊張の色は解けないが訓練生達の顔に少しだけだが笑顔が戻っていた。「はい!」。30

2015-11-09 22:19:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「あれ、」出発直前、最終準備とチェックを済ませていたイースの元へローデが走って来た。「イース教官、あの、髪留め」。彼女の視線は、イースの銀に輝く髪へと向いていた。そうだ、と、イースは申し訳なさそうに口を開く。「ごめん、もうだいぶ古くなってたみたいで…昨日外れてしまったんだ」。31

2015-11-09 22:23:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その言葉を聞くや否や、ローデはなぁんだ!と胸を撫で下ろした。「そうだったんですか、てっきり気に入らないから捨ててしまったのかなと…」。彼女の言葉はそれこそありえない話で、イースは言葉で否定を述べつつ首を横に振る。「そんなまさか!あの髪留め、本当に嬉しかったよ。ありがとう」。32

2015-11-09 22:24:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「何やってんだ。置いてくぞ」。2人はスオウの少し気だるさを含んだ声で現実世界へと戻された。「彼も呼んでるし、行こっか」。イースの言葉にローデも頷く。横を並んで歩く彼女は、出会った当初の彼女より幾分も背が高く見えた。「帰ったら新しい髪留め、作りますね!」そう言って彼女は笑った。33

2015-11-09 22:28:00
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーー平原から依頼された地へと向かう。段々と茂った木々で空が覆われたようになり、昼刻にも関わらず周りは暗く夕闇を彩っていた。飛行船から降りてからちょうど30分ほど経っただろうか。しかし彼らの武器は、未だ研ぎ澄まされた状態のまま各々の背を飾っている。ふぃ、とスオウの溜息が飛んだ。34

2015-11-10 17:10:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「昼間なのにだいぶ暗いな」。彼の声に、訓練生含めイースは立ち止まって周りを見渡した。確かに、暗い。もうすぐ太陽が闇に飲み込まれる時間か、そう錯覚するくらいには。しかしこの場、樹海にはこれが相応しい情景と言えるだろう。イースは少し肩を落としながら「仕方がない」とだけ発した。35

2015-11-10 17:12:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

それにしても。「…なあ、スオウ」。少し低く変わったイースの声を聞いた同僚は、しかしあまり驚く事なく視線を周りへと配る。「…あぁ、」。もう30分は経とうとしているこの依頼、討伐対象どころか虫や鳥の声すら聞こえない。明らかにおかしい。「樹海なんてモンスターの宝庫だ。なのに…」。36

2015-11-10 17:16:47
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ガサッ。風の音が消えた瞬間、一際空気を揺さぶる音が聞こえた。ローデが身をぶるっと震わせる。「な…っ何?」。周りの薄暗さが不気味さを増して与えてくる。怖がるローデを見兼ねたのか、ジュードがその音がした方向へと歩いて行く。「ジュード、あまり独りで動くな」。ラティは遠目で彼を叱る。37

2015-11-10 21:51:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

背後からの同期の小さな怒声を聞き、ジュードは振り向きながら肩を竦めた。「ごめんって。でも大丈夫、ただ風が」。ジュードは独り離れた場所に居り、イースとスオウの神経は、この場に漂う不穏な空気を察そうと一点にあった。誰が悟れようか。ジュードの声が途切れた瞬間、彼の首が落ちる情景を。38

2015-11-10 21:57:01
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「いやああああぁ!!」。女性2人の悲鳴に、教官達は初めてその惨劇に気付く。頭で理解出来たのは、その場で血を流して倒れ伏す”訓練生だった”男の頭無き死後の姿だけ。「っ!集まれ!俺達から離れるな!!」。イースとスオウは残った3人の訓練生を囲むように立ち、背負う武器を手に構えた。39

2015-11-10 22:01:31
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「一体何が…っ!」。顔に怒りと苦痛の表情を浮かべながら、スオウは手に持つヘビィボウガンをリロードした。イースも手にハンマー、”鬼神鎚【金鬼】”を構え、鋭い瞳で周囲を見渡す。今はもう立派な狩人になったとはいえ、一瞬だが訓練生達から注意を逸らしてしまった己を悔い、憎んだ。40

2015-11-10 22:11:31
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だがそうやって自分の非力を嘆き、懺悔させてくれる暇すら与えてはもらえない。一瞬にしてその場を覆い尽くした殺気に、目の前を見ざるを得ない。「この殺気は相当なものだ……皆、気をつけろ」。イースの声と混合して、何か重低音のようなものが耳に届く。低く鋭い、獣の唸り声の様な、音。41

2015-11-10 22:14:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

刹那、イースの目の前の樹々大木をなぎ倒しながら、何かが猛スピードで迫り来るのが見て取れた。「っ!皆左右に飛んで目を閉じろ!」。大声で叫び、背後の気配が左右に散るのを確認すると閃光玉を取り出し、自らも左へと体をかわしつつ走ってくる何かの前へとそれを投げた。眩い光が場を照らす。42

2015-11-10 22:20:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

照らし出された”それ”は、赤黒い体を鈍く光らせる、見た事の無い個体だった。瞳は鋭く光り、見え隠れする牙は刃を彷彿とさせる程に鋭利な物だ。「な…んだ、あいつは」。スオウの声も驚愕に満ちたもので、訓練生達も言葉を失い、突如目の前に現れた”それ”を見やるしか出来ないようだった。43

2015-11-10 22:23:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…ティガレックス?いや、しかしあんな色の個体は居なかったはず…」。姿形は、狩人が一度は相手にする轟竜”ティガレックス”と瓜二つ。だがその体の異常なまでの大きさ、原種や亜種とはまた違う、赤を基調とした色。既視感はあれど、それ以上に身を刺す殺気。イースの鉄槌を持つ手に力が籠る。44

2015-11-10 22:26:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

赤いティガレックスの咆哮が耳をつんざいた。思わず耳を塞ぐ彼らを憐れむ事も無く、その巨躯はイースへと迫る。「くっ!」。間一髪で突進を避けきり、ティガレックスの振り向きに合わせハンマーを振り下ろした。が。「っ!?」。手に感じた事のないような鈍痛が走る。硬い。甲殻に鉄槌が負けた。45

2015-11-10 22:29:41
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

痛みと驚愕で隙を作ってしまった。続けて彼を襲ったのは強い衝撃だった。反応が遅れた所為か、奴の突進を避けきれずその体は弾き飛ばされる。咄嗟に受身は取ったが、体が地面に叩きつけられその顔は苦痛に染まる。「教官!」遠くでローデの声が響く。イースの意識は、しかし途絶えなかった。46

2015-11-10 22:34:02
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「くっ!」。注意をイースから逸らす為、スオウは弾丸を巨躯へと撃つが、その大半は弾かれ地へ落ちた。再び咆哮すると、その体をスオウ達へと向けた赤いティガレックスは走り出す。「くそ!おい、お前達!俺達が時間を稼ぐ、その間に逃げろ!」。リロードをしながら、スオウは訓練生達へ叫んだ。47

2015-11-10 22:40:25
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

しかし、その言葉に反するかのように訓練生達は彼の前に立った。「何を言うんです!もう俺達もあなた達と同じ…狩人なんです!」と、ラティはその盾と全身の力で巨大な体を受け止め、ラオンが操虫棍で飛び上がり、その巨躯へと飛び乗る。異物を振り落とそうと暴れまわる赤いティガレックス。48

2015-11-10 22:43:59