【HYDE】Another Story - 4.安息

ともに戦い、勝利の後に二人語らう安息の時。二つの「蒼」は、それぞれの道の先に何を見据えるのか。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

あれから、彼らは樹海で行動を共にし始めた。合図は、”轟竜”の咆哮。幸いイースもハイドほどではないが、多少距離があっても咆哮を聞き取れる聴力を持っていたからこそ叶う約束だった。側から見れば一見おかしな約束なようにも思える。だが、彼らにとっては。望む場所に、望む相手と行けるのだ。1

2015-11-16 01:38:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

今日もまた、彼らは己が相棒を持って轟竜と対峙していた。1対2。その情景は灯火を失うのがとちらか、戦う前からわかりきったようなもの。それほどまでに互いの実力は高いものだった。各々の力を共にひとつの戦場で初めて振るった際は、余りの力の膨大さにお互いが畏怖と尊敬の念を抱くほどだ。2

2015-11-16 01:43:23
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…まったく、君はすごいな」。腰を落として双剣を研ぐハイドを見やり、イースはその表情を伺うかのように首を傾げた。「今日も今日とでもう3回は轟竜と対峙した。なのに息すら上がらない」。その言葉を受け、ハイドも彼を見上げる。「そう言うイースも、よくそんな重いものを片手で振るう」。3

2015-11-16 01:46:43
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

片腕で軽々と鉄槌を振るう人物を、ハイドは今まで見た事がなかった。いや、居ないとまで思っていた。しかしその考えは、目の前に居る者との出会いによって見事に覆されたのである。「…案外話してみると人間味もあるし、面白い奴だ」。彼女の顔に微笑みが宿る。しかし、イースの口は少し尖った。4

2015-11-16 01:49:07
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「それ、前も聞いたけど」。明らかに不機嫌そうに瞳を細くし、近くにあった樹木に背を預けた。「俺はそんなに冷酷に見えるのか?」。その質問に、ハイドは少しの間黙り込んだ。双剣を研ぐ手もいつの間にか止まる。しばらくして、沈黙を破ったのは彼女の声だった。「…ああ、すまない。不躾だった」。5

2015-11-16 01:51:42
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…ただ、少し似ていると思っただけさ。昔のわたしと」。そう呟くハイドの瞳は、心なしか悲しき色で染まっているようにも見えた。「……そうか、君にはそう見えたんだな」。何も追求せず、イースは静かにそう答えた。それ以上何も言わず、彼女からも、言葉は何も返ってこない。6

2015-11-16 01:54:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

お互いの事は詮索していない。それは、言葉でこそ契ってはいない”もう一つの約束”のようなもの。共に居る中でわかる事を理解出来れば。促すのではなく、自らから言葉を発す事が出来る時が来たらーーー。実に不可思議な関係ではあるが、2人はそれが心地よかった。武器を振るう事が、会話のような。7

2015-11-16 01:58:37
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…似ている、という事は」。独り言のように、イースの口が言葉を紡ぐ。「君は昔、冷酷人間だったという事かな」。ハイドの瞳がイースへと向けられた。その表情は、いつもと変わらない。が、急にくすくすと小さく笑い出した。「…何がおかしい」。初めて見る彼の表情に、怪訝な顔をするハイド。8

2015-11-16 02:02:27
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「いや…あんなおかしな冗談を言える人が、冷酷だった過去が想像できなくて」。「お前なあ…わたしにもいろいろとあるんだよ、いろいろと」。馬鹿にされていないのは分かってはいたが、ちょっぴり癪だったのか。ハイドはイースの脛を軽く蹴った。と思ったが軽くかわされる。「……この野郎」。9

2015-11-16 02:04:41
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

でも、とハイドは続けた。「…わたしは昔、お前と同じ”瞳”をしていた」。”生きてはいるが死んでいるような。そんな瞳を”。彼女の言葉は、イースの表情を僅かだが動かした。「…武器を振るい、戦いを望み、…その先に、死を望む」。聞かれたわけでもなく、しかし、言葉は彼女の口から紡がれる。10

2015-11-16 02:07:47
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「…捜し物をしていると言った。それがその先だとするのなら」。そこでハイドの言葉は切れた。いや、切ったと言う方が正しいかもしれない。再びしばしの沈黙が訪れた。その静寂を破ったのは、ハイドでも、イースでもない。「…今日も盛大な歓迎で感心だ」。轟竜の咆哮。それは、新たな戦いの合図。11

2015-11-16 02:10:09
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「語り過ぎた。…すまなかったな」。ふっと笑い、ハイドは双剣を背に戻した。煌めく青と紅は、イースの瞳に眩しく映る。先程の言葉を思い返しながら、彼は樹木から体を起こした。「ハイドにも、そんな想いがあったんだな」。まあね、と横から聞こえた。立ち上がったハイドは、彼と視線を合わせる。12

2015-11-16 02:16:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「まあ…仲間と出会って変わったさ。死は自ら望むものじゃない、とな」。そう言って笑った彼女の横顔は、イースの初めて見る、柔らかな表情で。少しだけ、胸が痛んだ。「…そうか。それは何よりだ」。その思いを奥底にしまい込んで、彼も小さく笑う。「心配してくれたなら、ありがとう」。13

2015-11-16 02:19:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

きっと彼女は、昔の自分と己を重ねている。だからこそ危惧を覚えたのだろう。「大丈夫、俺は俺だ。今も…そして、これからも」。そう告げる。その言葉を飲み込んだまましばし黙っていたハイドだったが、「そうか」とだけ呟いて頷いた。イースの言葉の意味を理解してか出来ずか。彼にはわからない。14

2015-11-16 02:22:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だが、彼はウソをついた。それは彼にしかわからない事柄。完全に理解が出来るのもまた、彼のみ。「…すまない」。次なる標的へ向けてすでに歩みを進めている彼女の背を見つめながら、イースは絞り出すように呟いた。何に対しての謝罪か、誰に対してか。明確なのは。「俺は…ずっと、俺のままだ」。15

2015-11-16 02:26:09
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

見透かされているのかと思った。その氷のように鋭い瞳で己の胸の内を抉り、全てを掴み出され暴かれたようだった。彼女は昔の自分を明かしたが、今はもう違うと述べた。なら、”今の己”が”昔の自分”と同じであると知ったなら、何も起こらない?否。暖かさを取り戻した心は、それを正そうと動く。16

2015-11-16 02:29:14
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

同じものを感じ、同じ境遇を経て、彼らは今行動を共にしている。少なからず、ハイドという存在を近くで感じてわかった。彼女は”もう”己とは違うと。氷を操るその”心”は、炎を操るその”想い”が溶かしたかのような、そんな感覚。彼女の隣は、暖かかった。あの日捨て去った感情を、思い出せた。17

2015-11-16 02:33:32
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

だからこそ。来る”別れ”を前に。「…悟られるわけには、いかないんだ」。目的を果たすのは、すなわち己の命と引き換えに。いつか来ると信じる未来に、自分の居場所は。「…イース?」。前方から、いつまで経っても追いかけてこない彼を訝しむ声が飛ぶ。「ごめん…今行く」。足取りは、少し重い。18

2015-11-16 02:36:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ハイド」。追いついたその背に、問いかけた。「…君はもう、死を望んではいないのか」。それは、イースが彼女について投げる初めての質問だった。その答えは、比較的すぐに返ってくる。「……いいや、望まないわけじゃない。過去に押し潰されそうになる事もある。ただ」。そこで一旦、途切れた。19

2015-11-16 02:43:07
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「少し…考えられるようになった」。その視線が背の紅い短剣に向けられた。その瞳は、その姿を宿して揺れる。「果たして、それで全てに納得が出来るのか。”わたしに命を与えてくれた人物が、それを望むのか”…そう考えられるようになった時…考え方が変わった」。息を吐き、ハイドは彼を見やる。20

2015-11-16 02:47:08
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

少し、自分を愚かだと思ったよ。と。彼女は自嘲した。それが”自らを救ってくれた人物”への謝罪の意なのか、自らへの嘲笑の意なのか。どちらにせよ、彼女の心には確実に変化が生まれつつある。それは明らかだった。「…?なんだ、まだ冷酷だと言ったことを根に持っているのか」。隣に青い瞳が。21

2015-11-16 02:51:22
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

顔を覗き込んで来る彼女を前に、イースは小さく笑って見せた。「ごめんごめん、違うよ。…すごいなと思ってさ」。それは、彼の心からの言葉だった。ふっと微笑んだハイドは、それ以上何も口にする事は無かった。イースもその背を追いかけて行く。薄暗い樹海の木々達を、風が凪いだ。22

2015-11-16 02:56:25
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その時が来たらどうするか。そんなの決まっていた。「…俺は」。”その時が来なければ”。そう考え始めた”もうひとりの自分”は、無意識に”今の自分”に殺される。持つ事すら許されない思いは、そうして彼の中で静かに生まれては消されてゆく。過去に思い描いた”未来”は、そう遠くはなかった。23

2015-11-16 03:00:16