アンエクスペクテッド・ゲスト #3

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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【アンエクスペクテッド・ゲスト】 #3

2015-11-18 22:39:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は実際ひどい混乱の中にあった。「どうなっとるんだ、これは……?」カブセ医師は神妙な顔で窓の外を見渡し、既にびしょ濡れのハンカチで汗を拭った。だが拭っても拭っても、手の平と額から汗がにじみ出してきた。 1

2015-11-18 22:43:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

カブセ・ソウヤマ。48歳。全く流行遅れのスラックスに、気の抜けた野暮ったい厚手のジャケットと、間抜けな柄のワイシャツ。髪はフケだらけ。とりたてて何の主張もなさそうなその顔には、脂と指紋だらけの分厚いメガネ。自分は医者だと主張するようにピンと整えられた口ヒゲだけが妙に場違いだ。 2

2015-11-18 22:49:58
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼はスガモ重犯罪刑務所に勤務する医者の一人だ。その身なりを見れば解るように、このポジションの年収は低い。安物のパックド・スシと化学トーフで食いつなぐ毎日だ。囚人と隣り合わせのリスクに対して、全く不当に安い賃金と言えるだろう。だが残念ながらNSPDには、予算が不足しているのだ。 3

2015-11-18 22:54:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

低い年収に相応しく、カブセもまた能力と経験が不足していた。それでも、囚人の毎月の健康診断で体重などを計り、サイバー聴診器で胸の音を聞くことには問題なかった。彼にはその程度しか求められていないのだ。「フウーム」メガネの端には血飛沫が飛んでいた。それにも気づかず、彼は顎を撫でた。 4

2015-11-18 23:00:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「フウーム……フウーム……これは……」カブセの目の前には、ネギトロめいた2個の死体が転がっている。マッポの死体だ。アドミン棟4階。輸送機の残骸が直撃し半壊したこの取調室に、生存者は彼ひとりだ。机の上には彼のために用意されたポークカツレツ・ライスボウルが、まだ湯気を上げている。 5

2015-11-18 23:06:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

最後の晩餐めいたカツレツ・ライスボウルが供されたという事は、これ即ち、カブセの取り調べが佳境に入っていた事を意味する。これは日本警察機構における不文律であり、自白を求める取り調べの最後通牒を意味する。このポイント・オブ・ノー・リターンを過ぎた場合、罪の減免はもはや期待できない。6

2015-11-18 23:11:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(ねえカブセ=サン、このZBR備蓄量の増減、どうもおかしいですよね)(カブセテメッコラー!いい加減吐いたらどうだコラー!)(待ってください!まだ決まったわけじゃないですよ!でも早く吐いた方がいいですよカブセ=サン!)彼は死体を交互に見渡し、先ほど自分が言われた言葉を反芻した。 7

2015-11-18 23:15:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

実際カブセは人生の破滅を覚悟していた。3年前から彼は、チンケな違法物品の運び屋をしていたのだ。上級職員の中には、暗黒メガコーポと癒着している者もいると聞く。だが彼は誰からも重要と思われておらず、また自分でもそうした大物を相手にビズをする勇気がなかったため、運び屋になったのだ。 8

2015-11-18 23:23:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

証拠が揃ったら、どうなる。メンキョは剥奪され自分が囚人となるのだ。「クソーッ!まさかこんな事になるとは……!アンセスターにどう言い訳すればいいんだ!」カブセは頭を抱えた。「ハッ……!」そして取調室の監視カメラを見上げ、それが破壊されていることに気づき、安堵の息をついた。 9

2015-11-18 23:32:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どうすればいいんだクソーッ!」カブセは座り、取調机で頭を抱えた。「今なら証拠隠滅できるか?」何が起こったのかは、棟内放送でおおよそ掴んだ。混乱に乗じれば、チャンスがある。「いや、ダメだ、ダメだ……心配だ」事態は収束しつつあるようにも見える。すぐここにもマッポが来るのでは? 10

2015-11-18 23:37:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「クソッ!クソーッ!」カブセは机を両手で叩いた。ボウルドライスが転げ、チャワンが割れ、ガレキに中身がぶちまけられた。彼にはもう後がない。住宅ローン支払いはかさむ一方だ。そのうえ投獄されたとあっては、死後間違いなくアノヨでアンセスター(訳注:祖先)にムラハチされると彼は恐れた。11

2015-11-18 23:43:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

KABOOOOM!監獄棟側でまた小爆発が起こった。割れ砕けた鉄格子窓越しに、カブセはその火をボンヤリと見ていた。そして我に返った。隠蔽チャンスは今しかない。このチャンスに乗らねば自分は一生後悔する!待っていれば事態が悪くなるだけだ!この波に乗り遅れたら、今度こそオシマイだ! 12

2015-11-18 23:47:39
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「よし」やるべきことは決まっていた。UNIXの物理ログをすべて破壊消去し、さらに動かぬ証拠である備蓄薬剤や持ち込んだ違法物品在庫も、この事故にかこつけて破壊焼却するのだ!「やるぞ!」こんな危険な証拠隠滅に手を染めるのは何年ぶりだろう。十年?二十年?三十年?いや、初めてだ! 13

2015-11-18 23:54:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

目的地は2箇所。UNIXがあるアドミン棟の個人室。そして中央総合棟の医務室だ。だが、マッポに阻まれた時に押し切れるか?彼は不安になった。心臓が爆発しそうだ。その時、脳内アドレナリンがピークに達した!「ウワアアアアーッ!」彼は血みどろの床で転がりながらマインドセットを行った! 14

2015-11-19 00:01:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「スガモ刑務所内で大事故発生!私も軽傷を負った!だが私は医者だ!そこかしこに重傷者だ!私は必要とされている!相当な献身的態度だ!」カブセはガレキを転がり己を鼓舞した。眼鏡にヒビが入った。「行くぞ!誰も私を止める事はできない!マッポでもだ!命がかかっているんだぞ!囚人の命が!」15

2015-11-19 00:07:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ウオオオーッ!日頃誰も彼も私をいないもののように扱いおって!だが私はここにいるんだ!囚人の命を救うためにだぞ!私に口を出すな!」そして彼は狂気めいた光で目をギラギラと輝かせながら、取調室から逃げ出した!そして廊下を駆ける!証拠隠滅のために!「私は医者だ!」ナムアミダブツ! 16

2015-11-19 00:12:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエ痛い!もう駄目だ!もう駄目だ!医者かレスキュー隊を早く!アイエエエエエ!アイエーエエエエエ!」「待ってろセイブ=サン!この鉄棒さえありゃあ……ウオーッ!」筋骨隆々の囚人が鉄パイプを使い、セイブ=サンを押し潰したガレキ除去を試みる。だが動かぬ!出血も続き危険! 18

2015-11-19 22:37:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ここはコンテナと輸送機残骸の直撃で大きな被害を受けたドラゴン棟の一室だ。「きっともう皆監獄島から逃げちまったんだ!もう誰も戻って来ねえ!」「バカ!セイブ=サン!諦めんじゃねえ!」セイブはパニックに陥り、キンテツが彼を励ます。既に囚人らはグラウンドに避難し棟内に人の気配はない。19

2015-11-19 22:42:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

非常LEDボンボリの明滅が二人を照らす。「ハンシン=サンはまだ戻らないのか!?」「ああ、まだだ、クソッタレめ!」この場には先程まで仲間のハンシンもいたが、ガレキ除去困難と見て、彼は助けを呼びに行ったのだ。「クソ!遅すぎる!俺がグラウンドを見てくる!」「心細い!」「すぐ戻る!」20

2015-11-19 22:48:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ハァーッ!ハァーッ!」キンテツは傾いて軋んだドアをこじ開け、ドラゴン棟の廊下を走る。焦げ臭い匂いと煙がまだ燻っている。廊下に看守マッポの暴徒鎮圧ショットガンが転がっていた。「看守め、ショットガンも放り捨てて一目散に逃げやがったってのか!クソッタレめ!」ガレキを越えて走る。 21

2015-11-19 22:53:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その時「アイエエエエエエエ!」棟内のどこかから、断末魔めいた悲鳴。鬼気迫る声だった。キンテツは思わず足を止め、後方を振り返った。だが、セイブの声ではない。軽く安堵の息をつき、振り返って走ろうとする「何だおい、まだ棟内で爆発が起こってん……の……か……?」彼は異状に気付いた。 22

2015-11-19 22:59:03