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アニメーター・西田亜沙子氏が語るシムーン百合論

【関連】 マミマミとシムーン専用アカウント :: AS Days(アズ・デイズ) http://yaplog.jp/aslog/archive/978 Togetter - 「シムーンクラスタが高速回転「シムーンは百合アニメ、それとも?」」 続きを読む
百合 シムーン
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西田亜沙子(ACTORS 制作ちゅう!) @asakonishida
シムーンDVD-BOX1月28日発売向けて、シムーン専用アカウントを期間限定でとりました。 @simoun_nishida 長くなりそうなツイートや実況?などはこちらで行います。 用途が終われば、撤収します。みなさま、どうぞよろしくお願いします。  #simoun
@simoun_nishida
にしだが思うところのシムーン百合論。ツイート始めますにゃー #simoun
@simoun_nishida
シムーンは、2006年を「百合色」に染める、というフレーズで始まったアニメですが、この百合、という言葉が、シムーンを見る時にどう影響したのかな?という素朴な疑問で、シムーンは百合だったか否か?という質問をしてみたところ、、 #simoun
@simoun_nishida
シムーンクラスタらしいすげえ濃いい意見がいっぱい出ました(笑)いわゆる百合ってなんだ?エスやレズとどう違うの?という普段はなんだかボンヤリつかわれてる言葉の再確認も含めて面白い意見交換になったと思います。 #simoun
@simoun_nishida
こんなことなかなかディープには話す機会ないもんなあ。作ってる側も、ぼんやりとしか考えてないかもよ。 #simoun
@simoun_nishida
エス、というのは戦前、男女別学であったとき、異性との交流が難しい世界の中、同性同士で、世代を越えた友情とか疑似恋愛として作用していたものです。 川端康成や吉屋信子の少女小説で爆発的に全国区に広がりました。 「乙女の港」、「わすれなぐさ」あたりが代表作。 #simoun
@simoun_nishida
男という概念がありながらまわりに異性がいない世界。儒教思想が色濃く残り、男尊女卑、男は男らしく、女は家を守り、女学校で学ぶのも教養というよりは女子としての格を上げるためであり、社会に出て女子が言挙げするなど許されなかった時代。シムーンの世界観に似ていませんか。 #simoun
@simoun_nishida
シムーンで繰り広げられる女の子同志のふれあいは、 エス的なものを出発点としています。 ちなみにエスをフランス語に言いかえて、 現代的な女の子たちのお話しにしたのが「マリア様がみてる」です。 #simoun
@simoun_nishida
エス的な関係というのは、未成年の間、社会に出たら卒業してしまうものとして多くは語られます。 期限があるもの、いつか失われてしまう美しい時代、子供でいられる時間でのみ有効な感情だとされるわけです。 #simoun
@simoun_nishida
そういったモラトリアムを過ぎても同性同士の愛情をつらぬき、お互いに社会的役割をにないながら生活を始めたとたん、それはレズビアニズムと呼ばれてしまいます。この言葉は、なぜかポルノ的なものをを強く想起させるので、あまりいい言葉ではないと感じるのですが、 #simoun
@simoun_nishida
他の言葉に言い換えると分かりにくくなるので使います。この中には、プラトニックなものも含まれます。異性とのペアと同じだお思います。  #simoun
@simoun_nishida
で、百合、という言葉ですが、あくまでもプラトニックな関係であるところのエスと、確かに恋愛感情ではあるのに社会的存在にまではまだ移行していない関係、 この真ん中の関係をいう時にあてがわれる場合がおおいとおもいます。 #simoun
@simoun_nishida
ただ、私が思うのは、百合という言葉は第三者的な視点が強いと思います。カミングアウトする時に、私達レズビアンなの、とかエスなんです、とは言っても私達百合です、とは言わないんじゃないか?という。 #simoun
@simoun_nishida
百合という言葉には、誰の手も届かない美しい水槽の中でついばみ合う綺麗ないきものを眺める、そんなエンターテイメントとしての言葉の色合いが強い。だからエスやレズ的な行為を眺めることのできるコンテンツをひっくるめて百合って言っちゃってる、私はそういう認識です。 #simoun
@simoun_nishida
ここまでが前提なんですが、(長!!)さて、それでシムーンを見てみると、、、、あんまり長いので、続きはまた夜にでも!!!(゜_゜) #simoun
@simoun_nishida
朝の続き、いっときます #simoun
@simoun_nishida
さて、それでシムーンを見てみると、少女たちの置かれた状況を見ても、何度も繰り返されるキスシーンをみても、百合的アニメなことは間違いない。 #simoun
@simoun_nishida
ただ、少女たちは性が未分化な存在なので、恥じらいが無いから百合エンターテイメントとしては食い足りないかもしれません。ようするに同性愛をエンターテイメントとして楽しむ視点というのは、やっちゃいけないコトどこまでするの?なドキドキにあると思うので。 #simoun
@simoun_nishida
その中にもちょっと肉欲を伴うようなドキドキするキスがまじってます。一話で言うとアムリアとネヴィリルのキス。でも、いちばーんシムーンの中で百合的なキスというのは、例の終盤での間接的なキスだとおもいます。 #simoun
@simoun_nishida
エスも、百合も、恋愛としては未成年の、一過性のものとして描かれます。時が来たら卒業するものであると。だからこそ許されるものであると。シムーンが面白いのはここからです。 #simoun
@simoun_nishida
少女たちは、敗戦に急きたてられて、て、大人になるための決断をして、水槽での美しい日々に蓋をします。でもだまって視聴者と作り手のいい成りになる弱い少女たちではなかった!!(゜_゜)今ここにある気持ちから卒業しないといけないなんて誰がきめたのか。 #simoun
@simoun_nishida
モラトリアムの中で抱いた感情だってまごうことなき本物で、しかも主人公のアーエルは初めからこの世界を自分がいるべき世界と思っていません。この世界の理に従って卒業する義理なんかないのです。それは大人の理屈で色々な重荷を背負わされてきたネヴィリルも同じ。#simoun
@simoun_nishida
私達はあなた達に見られているだけの綺麗なサカナではない!百合エンターテイメントアニメ(と、思っていたはず)の主人公たちが百合というカテゴリーに対して反乱するのです。#simoun
@simoun_nishida
そしてすでに卒業してゆくことを選んだ少女達もその反乱に体を張って手を貸します。未成熟だった頃の気持ちはただの若気の至りではない、真実だったという証しを2人の仲間の少女たちの「永遠の不在」によって手にいれるのです。なかなかに残酷なことかもしれません。#simoun
@simoun_nishida
世の中の理にそって少女の時代を無くすことと、永遠に大人になる機会を失うことと、どちらが幸せでどちらが不幸なことなんでしょうか。#simoun
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