黄昏ハザエル

診断ゲーム「黄昏町の怪物」の診断を元にしたSS群ハッシュタグ #たそがれはざえる にて、連載していたものの結末。
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劉度 @arther456

野草が茂る草原がどこまでも広がっている。豊かな大地だ。少し離れたところには麦畑もある。今は実りの季節、黄金色の波が見える。そして麦の海の中心に聳えるのは、神の加護を受けた都市。あの城を守るために、俺の前には槍と弓で武装し、馬に戦車を牽かせた軍勢が立ちはだかっている。 23

2015-12-20 21:43:49
劉度 @arther456

ここに来る必要はなかった。あと数日待てば城から火の手が上がり、権勢を思うがままに揮う女王は殺され、新しい王が立つだろう。俺の下を訪れた預言者がそう言っていた。だが、万が一ということもある。俺が王座に就く手伝いをしてくれた預言者に、義理を立てる必要がある。 24

2015-12-20 21:47:36
劉度 @arther456

それに彼らの神は、夢で俺にこう告げた。神を敬わない民に罰を与えるため、俺にあの城を引き渡すと。彼らの神を信じるわけではないが、本当にあの城が手に入るなら、自分の手で、自分の力で奪い取らなければいけない。今の地位を、先王から奪い取った時のように。 25

2015-12-20 21:50:44
劉度 @arther456

眼前の軍勢が動いた。丘の上の私の軍を包囲しようと、ゆっくり近づいてくる。かつて肩を並べて戦ったから分かる。神を信じる兵士たちは精強無比。だが、女王の専横で揺らいでいる今の敵軍には、優秀な将が足りない。「戦車隊、前へ」指示を出し、俺は御者から斧を受け取った。 26

2015-12-20 21:53:56
劉度 @arther456

「我が名は雷王ハザエル!嵐の神、ハダドの加護を受けし者なり!」嵐神より授けられた斧を掲げ、兵士たちを奮い立たせる。「神は言った!あの悪王を討ち滅ぼせと!故にこの戦には、全てを屠る戦神の加護があると思え!」叫びながら、敵の動きを見守る。もう少しで機は熟す。 27

2015-12-20 21:57:16
劉度 @arther456

「恐れることはない!負けることもない!私が、絶対の勝利を約束しよう!」「おおおぉぉぉっ!」兵士たちが、大気を震わす雄叫びを上げる。同時に、敵軍が十分に広がった。包囲のために薄くなった隊列、今なら打ち破れる。「続けッ!」馬に鞭打ち、俺は丘を駆け下った。 28

2015-12-20 22:00:23
劉度 @arther456

「おうおう、よく来やがったのです」とある王城の応接間。黒いコートを羽織った男は、そこで事務机の上に腰掛けた少女と出会った。頭に兎の耳を生やし、あざといほどに可愛らしい服に身を包んだこの少女が、狭間の世界の統治を任された魔王だということを、男はよく知っている。 30

2015-12-20 22:02:57
劉度 @arther456

「今日は何の用だ」男の顔には、やや面倒そうな表情が浮かんでいる。彼が知る限り、この魔王が持ち込んでくる仕事は、厄介事しかない。それを知ってか知らずか、兎耳の少女はニヤニヤ笑っている。「そうですねえ。まずそれを話す前に」少女が腕を上げた。「ちょっと死んでもらうのです」 31

2015-12-20 22:06:12
劉度 @arther456

指先から閃光。魔力の塊を叩きつけられ、男の上半身が四散した。壁の煉瓦と床の絨毯に鮮血と焦げた内蔵片が飛び散る。腰から上を失った下半身が、ぐらりと傾いて倒れた。一時、室内を静寂が満たす。死体を見つめて、兎耳の少女は微笑む。すると死体の足が、ぴくりと動いた。 32

2015-12-20 22:09:25
劉度 @arther456

吹き飛んだ臓物が、逆再生したように寄り集まる。壁や床に散った血は蒸発して血色の霧となり、男の体があった場所に凝縮される。集まった材料は、骨を、筋肉を、皮膚を組み立て、男の元の体を形作る。「いきなり殺されるとは、とんだ挨拶だな」何事もなかったかのように、男は起き上がった 33

2015-12-20 22:12:36
劉度 @arther456

「相変わらずいい死にっぷりなのです。偽物ってことはなさそうなのです」「何だと?」男が自分の死を気にしている様子は欠片もない。彼は呪われている。不死、正確には血を媒介にして体を一定に保ち続けるという呪いだ。死にたくなるような自己嫌悪を持っている彼にとって、最も苦しい罰。 34

2015-12-20 22:15:49
劉度 @arther456

魔王はそれを利用して、彼を手駒に加えた。悪の権化である自分に従えば、いつか呪いを打ち破れる正義の味方が現れる"かもしれない"と。「そういう魔物が、この辺りに現れているのですよ。姿形だけじゃなく、能力まで完全にコピーする、ドッペルゲンガーみたいな魔物なのです」 35

2015-12-20 22:18:58
劉度 @arther456

「それを退治してこいと?」「なーのでーすよー。でないと、とてもとてもヤな事が起こるのです」楽しそうに魔王は笑う。この笑みを放っておけば、碌でも無いことが起こることを、男はよく知っていた。「手がかりは?」「西地区によくいるみたいなのです。狙いは、そこの警備隊長だと思うのです」 36

2015-12-20 22:22:13
劉度 @arther456

「分かった。行こう」立ち上がった彼は、体と共に再生されたコートの裾を翻し、部屋を立ち去ろうとする。だが、出口で足を止めた。「ところで」「はい?」「能力までコピーするなら、俺が死んだだけでは本物だという証明にはならんぞ。どうして俺が本物だと思ったんだ?」 37

2015-12-20 22:25:24
劉度 @arther456

すると魔王は、呆れたようにため息を付いた。「おめーバカですか。世の中に不死身は大勢いるけど、死んでも文句を言わないのはおめーだけのモンなのです」「……そうか。普通は死んだら文句を言うか」永い間死に続けてきた彼は、死をなんとも思わなくなってしまっていた。 38

2015-12-20 22:28:35
劉度 @arther456

空が黒い。時刻は深夜、天候は嵐に近い雨。だが、仰向けに倒れる俺の顔に雨粒は当たらない。黒い空を背に俺に覆いかぶさるのは、流水を思わせる水色の瞳の女。「どうして?」彼女の口が言葉を紡ぐ。喋ろうとした俺は、代わりに血煙が混ざる咳をした。脇腹に銃弾が刺さっている。 40

2015-12-20 22:31:49
劉度 @arther456

「どうして、あんなことを、したのですか?」絞り出すように、彼女は言葉を紡ぐ。一言一言、激情を抑えるように、あるいは、引きかかっている引き金を、すんでのところで止めるように。「私はあなたをこんなに愛していて、あなたも私を愛していると言ってくれたのに、なのに、どうして?」 41

2015-12-20 22:35:01
劉度 @arther456

ぽつ、ぽつ。彼女の頬を伝って流れ落ちるのは、雨か、それとも涙だろうか。「私を騙していたのですか?」違う。出ない声で、それだけは必死に否定する。彼女を騙すつもりはなかった。ただ、不幸な偶然と事故が重なった結果だ。「ねえ、どうして?」彼女がぎゅっと俺の肩を握る。 42

2015-12-20 22:38:10
劉度 @arther456

「どうして貴方はお父様を殺したの?どうして私は、貴方を撃ってしまったの?どうして……どうして、それでも私はまだ貴方のことが、こんなにも大好きなの?」不意に、彼女が俺の右手ごと銃を握った。「好きなのが止められないの。貴方は悪い人なのに、それでも好き。愛してる」 43

2015-12-20 22:41:28
劉度 @arther456

青い瞳で俺のことをじっと見つめながら、彼女はまくし立てる。「お父様を殺されて、殺したいぐらい怒ってるし、憎んでるのに、それ以上に貴方が愛おしいの。憎めば憎むほど、貴方が好きで……ああ」不意に彼女が笑った。余りに優しく、美しく、雨と血にそぐわない不自然な微笑みだった。 44

2015-12-20 22:44:43
劉度 @arther456

「これを、教えたかったのですね?」細い指が俺の手と銃に絡む。温かい手なのに、背筋が凍る。「ただ温かく包み込むだけではなく、突き放して、抉り取って、心全てを縛り上げる。そういう愛を教えてくれたんですね」そんな訳じゃない、ただ、俺は。開きかけた口は、彼女に塞がれてしまった。 45

2015-12-20 22:47:54
劉度 @arther456

「分かっています。分かっていますよ?貴方が求めてくれるのなら……少し怖いですが、私も、期待に応えましょう」俺の指と彼女の指が絡み合った銃が、彼女の顎の下に突き付けられる。「これで、私が貴方の心を埋め尽くせますよね?」その瞬間、何が起こるか分かってしまった。「やめ……ッ!」 46

2015-12-20 22:51:06
劉度 @arther456

「では、また来世」銃声。一瞬、赤い雨。 47

2015-12-20 22:51:43