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実はシコシコ自分の好きな性表現を続けている。自分にとって最高のシチュエーションは自分にしか描けない。が、こんなものは人様に見せないことが前提だ。自分が死ぬときにはHDDを物理的に破壊したい。人様に見せるモノは、「商品」になっていないといけない・・・
2011-01-22 20:44:01![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
エロマンガが海綿体の血流をONにするのに特化した表現技術として。他に涙腺をONにする表現技術や、頬の筋肉をONにする表現技術などがあり。 RT @nozakitakehide 女性を男性の性的欲望のはけ口として描いてをり、その效能を言つて自分逹の商品のセールスポイント
2011-01-22 21:47:28![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
そうした表現に関する諸技術のうち、「性」だけが特権的であるべきか、そうだとしたらそれは何に由来するのか。という問題は、何らかの形で考えている人は多いとは思います。「芸術」という問題の立て方ではなく。 RT @nozakitakehide 「非人間化」
2011-01-22 21:49:17![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
常々「表現の自由」という形での問題の立て方は避けるべきだと言ってきたけど。というのは、エロマンガの「商品」としての「あり方」に関してJIS規格と同じように扱えるかどうかの是非のほうが、感覚的には近いから。「表現の自由」を語り出すと、「芸術」論議に踏み込む必然性が生じる。
2011-01-22 21:58:25![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
食品の安全性や建築物の安全性は法律で制御されるのが是とされるのに対し、表現が規制から免れるのは「表現の自由」のおかげなのだろうか。既存の「表現の自由」からの演繹ではなく、「商品」としての「性表現」が食品や建築とは違うと主張できる論理・・・
2011-01-22 22:07:34![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
たぶん「表現の自由」そのものを正面切って否定するバカはあまりいないので(たまにいるけど)。「商品としての性表現」がどういう理屈で擁護できるのか、そもそも食品の安全性と同レベルの問題の立て方でいいのか、というところ。 RT @kuroitumi 似たような例で、どぶろく規制があるね
2011-01-22 22:31:11![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
まあ「表現」と「商品」を切り分けられるのか、という所からの考察になりますね。「人格」と「労働力」が切り分けられるか、という議論を補助線にしつつ。 RT @ma_china 漫画やアニメが大衆消費用アイテムであると規定するのならば、「安全性」は当然追求されるべき_そこには危険表現の
2011-01-22 22:14:46![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
食品の安全性を確保するために、食品業者の自由は実際に制限されているわけです。こういった不都合な事実に目を背けるわけにはいかないところ。 RT @kuroitumi 「自由を規制する自由はない」というパラドキシカルな主張をしなければ、結局、自由を擁護することはできない。 そのパラド
2011-01-22 22:21:11![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ですね。エロマンガの出版の自由は、そういう軽いものとして扱われているけれども。それを否定する根拠は「表現の自由」でいいのか?というところ。 RT @kuroitumi 経済活動上の権利って、比較的軽い権利なんだよ。
2011-01-22 22:36:22