座敷鎮守府「欧州難民船団護衛編」◆艦これSS◆その１

座敷犬 @zash_dog

「んな事ないと思うけどねー……カロル、ほら」鈴谷はやんわりと否定し、彼女の背に隠れる少女に言う。何かを手に隠し持っているようで、強く握る。「ダメじゃん恥ずかしがっちゃ、今日こそ渡すんでしょ」人見知りの激しい子のようで、暫く躊躇していたが――少尉の元へ歩を進める。 #座敷鎮守府

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「……」不安げな眼差しから差し出された手に握られていたのは――ビーズでできたネックレス。「あんたの為に頑張って作ったんだって。受け取ってあげなよ」「……ありがとう」感極まったらしく、少尉は受け取るなりその場を立ち去ってしまう。不安げに鈴谷を見るカロル。 #座敷鎮守府

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しかし次の出撃からは、彼女の首には必ずそれがぶら下がっていた。7回の戦闘を経て、船団はポルトガル領海を進む。向かうはジブラルタル海峡。奪われかけの南欧諸国からの脱出は困難な故に、外回りで地中海に入り、スエズを抜ける。そんな航海計画だった。 #座敷鎮守府

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好調だった。物資も十分、出てくる深海棲艦も太平洋の個体よりは非力。多くは鈴谷と熊野の機が見つけ、データリンクの情報を元にドイツの艦娘たちがアウトレンジで仕留める。警戒網を掻い潜った小型種を、天龍と龍田、駆逐艦たちが殲滅する。 #座敷鎮守府

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《深追いしすぎちゃったみたいだ……燃料がないよテンリュウ》5回目の戦闘で、駆逐艦Z1/エルマ・ゲントナー准尉が艤装に搭載された燃料を切らした。《待ってろ――おい、石炭はあるか》《きかんかのうなていどには》《アイツに補給する。ドローブ準備》 #座敷鎮守府

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軽巡の中でも旧式の天龍型は2基の重油石炭混焼缶を備える。故にほんの少しだが燃料に余裕がある。それを活かした給油だった。全てが終わり、頭を下げて去る准尉を見送る天龍。「優しいわねぇ、天龍ちゃん」「う、うるせぇよ……放っておけないだろ、軽巡と駆逐の仲だぜ」 #座敷鎮守府

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そう、状況は良かった。7月18日までは。ジブラルタルを守る部隊が壊滅した。最後の通信は彼らが襲撃される中行われた。転送されたデータは夥しい数の敵戦力について――イ級、リ級、そしてル級やヲ級。太平洋の個体の欧州への流入。その規模は私達に太刀打ちできるものではなかった。 #座敷鎮守府

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航路が、喪われた。代替航路として選択されたのは――アフリカ大陸を迂回、インド洋を渡るルート。絶望の海を私たちは進んだ。東へ。夜明けを求めるが如く。2397人が1986名になり、1722名になり――これ以上死者がカウントされる事はなかった。 #座敷鎮守府

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《来るぞ！魚雷艇だ》《速いッ――6番船に行った！》《止めろおおおおおおお》敵は狡猾だった。自爆。特攻。あらゆる手を使って人命を奪い、その無念を取り込んでいく。人の業の生んだ邪悪な怪物たちの攻撃に、私たちは消耗した。 #座敷鎮守府

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そして。《カロルに……よろしくね》《ダメ、返事してよ、マルタァッ》《――ッ》艦娘に犠牲者が出た。アウフレヒト少尉の死。防護が不完全なセイレーン・モデルの弱点を敵は見逃さなかった。運良く遺体も艤装も残り、葬儀が行われ――「ヘレナ・レールマン少尉です」後継者が現れた。 #座敷鎮守府

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時を同じくして、疾病が流行し始める。それも複数の。軍用ナノマシン――ミリナノを持たない難民たちはいともたやすく様々な病に罹っていく。症状も様々。しかし。「いやなかんじがします、いのちがすわれているような、そんなかんじが」妖精の一人が呟く。 #座敷鎮守府

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それは事実だった。死んだ者達の亡骸に、独りでに青い火が灯り、燃え盛る。「これは――」「深海棲艦……！ どこまで生者を愚弄すれば気が済むッ」ここまで誰も気付けなかった。それが敵の生物兵器である事に。宇宙に進出した人類から見放された地球の病。だから「棄民病」と呼ばれる。 #座敷鎮守府

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ミリナノは関係なかった。元を辿れば伊号四○○潜水艦の艦載機が搭載し、米本土に投下される予定だった細菌爆弾。それが欧米の人々を蝕む超自然的な病となっている。不可解で理不尽な死への恐怖に、船団はパニックになった。暴動で200人程が死に、一隻のフェリーが沈んだ。 #座敷鎮守府

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食料も徐々にままならなくなる。プランクトンと海水を材料とした人工食料生産設備の生産効率が落ち、食事は少しずつ貧相になっていく。栄養失調が更なる衛生状態悪化に繋がる。モラルも落ち、どこからか持ち込まれた麻薬による汚染も問題になった。 #座敷鎮守府

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プリンツ・オイゲンの装着者は4人、Z1/レーベレヒト・マースの装着者は7人、Z3/マックス・シュルツの装着者は5人、潜水艦U-511の装着者は2人死亡した。戦死、「棄民病」による衰弱死、自殺。誰も彼も天龍と龍田、鈴谷と熊野と親しくなり――死んでいった。 #座敷鎮守府

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龍田が伸ばした後ろ髪を束ねた。「あの子が言ったの、『タツタは母さんに似てる』、って」珍しく、物悲しげな笑みを浮かべて。ケーテ・ゲッフェルト、Z1の6人目の装着者。人員不足により難民の中から選出された志願兵の一人。戦災孤児で、天龍と龍田にべったりだった。 #座敷鎮守府

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プリンツ・オイゲンの装着者に受け継がれていったネックレスも、3人目と共に消え、それ以降新たに作られる事はなかった。カロルが死んだ為に。幸い毎回艤装だけは引き継がれ、その度に意志を継ぐ者が立ち上がった。例え次の戦いで死のうとも、毎回。 #座敷鎮守府

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しかし、敵は更なる牙を剥いた。《――カッ……ハ》《クラーラァッ》Z3、敵魚雷艇の特攻を受ける。判定小破。しかし。《来ては……だm》次の瞬間、彼女と背に背負った艤装は原型を失った。グロテスクな変貌。現れたのは――敵。《どれだけキモい事をッ》《すればッ》《気が済むのッ》 #座敷鎮守府

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5人目のZ3/クラーラ・ヴェーバーが変貌した深海棲艦――ル級相当のそれは鈴谷、熊野、天龍の手で「しずめ」られたが、サルベージされた残骸から艤装を取り戻すことはならなかった。外洋活動向きでないZ1級駆逐艦娘一人でも、その損失は大きかった。 #座敷鎮守府

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生き残った難民が1000人を切った頃、4人目の「プリンツ・オイゲン」がル級と相打ちになった。後継者の名はヒルデ・ハンナヴァルト。「あなたを戦場に出したくはなかった」ここまでの戦いを生き残り、艦隊の指揮官となったカサンドラが、実妹の肩に手を当てる。 #座敷鎮守府

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「もう代わりが居ないんでしょ？ なら、私がやらなきゃ」オイゲンの艤装に適性を持つ女性は他と比較して明らかに少なかった。更に他の候補者も死に、残るは彼女だけ。「やっとお姉様と同じ所に立てる」彼女は病弱だったと聞く。カサンドラは彼女を守るように生きてきたとも。 #座敷鎮守府

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20XX年12月15日。暗い空が、明るくなり始めた。そして現れる敵の大艦隊――エリート、そしてフラグシップの反応もある。制空権喪失が予想される戦況で、データリンクによる先制攻撃だけがこちらの優位性となった。《Feuer》U-511の雷撃が敵重巡を「しずめる」。 #座敷鎮守府

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《行くぞ龍田！》《ええ――死にたさそうな艦ばかり》先陣を切る天龍と龍田。現地改修で彼女らが艤装する二つの14cm単装砲の内、一つはブルパップカービン型に改修され、もう一つは彼女らがそれぞれ携える刀と鉾と共に、14cm砲搭載型突撃槍〈ガンランス〉へと改修された。 #座敷鎮守府

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《喰らえええええええええええッ》天龍の手でガンランスがヌ級へと突き立てられ、装甲外皮を無視した14cm砲弾が容赦なく破壊を尽くす。上がる蒼い炎。混乱する艦載機を彼女らの機銃と、銃火器に加工された14cm砲が撃ち落としていく。空を遮る障害がまた一つ減った。 #座敷鎮守府

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《――ッ》龍田は最早言葉を発さなかった。嗜虐的なきらいのある彼女が、今ばかりは沈黙を守り、修羅のような形相で戦う。全てはいなくなった人の子の為か、或いはこの先を生きる人の子の為か。かつての海戦ではありえない速度で敵艦が屠られていく。 #座敷鎮守府