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Bunzo @Kominebunzo
戦前の工員は親方が現場をまとめる請負制が主流。これは作業ごとにその工数に応じた賃金を親方が受取り分配する制度。開戦後には請負制から月給制へと段階的に変化してゆく。旧弊と感じられ易い請負制だけれども科学的管理手法であるテイラーシステムを基礎に発達したのは月給制ではなく請負制だった。
Bunzo @Kominebunzo
工員の一日分の標準作業量の1ヵ月分を算定して支給するのが月給制。規定内であれば風邪や家庭事情で休んでも減額されることがない。また仕事が下りて来なくとも生活が脅かされることもない。けれども請負制と大きく違う部分がある。それは早出残業代が定額化されるか、あるいは無くなる点。
Bunzo @Kominebunzo
早出または残業は戦時下の奉公、責任感、意欲の反映であると考えられた。請負制であれば無償労働はあり得ず必ず親方が回収する。働いた分の賃金はほぼ確実に工員の手に渡る。その代り欠勤すれば即時、給与が減り保障はない。この二つの制度は現代の正社員と派遣社員の関係にとても似ている。
Bunzo @Kominebunzo
戦時下に広まった月給制は増産の為に臨時工が増え、工場自体も常にフル操業する環境が後押しをしていたのは間違いない。病欠や休職を認めて工員の生活を安定させる代わりに厳格な時間給制度は撤廃されてしまい少額で固定された各種に置き換えられる。安定するけれど残業代は出さないのが月給制だった。
Bunzo @Kominebunzo
月給制は川崎航空機を例にとると一般工員全てではなく現場のリーダー格の最下級の管理職といえる立場の者に真っ先に適用された。彼らは身分と生活を保証された一方で、早出産業は個人の報国精神、勤労意欲を示すものと解釈されそうした自覚が求められた。これもまあ、何かに似ているといえば似ている。
Bunzo @Kominebunzo
こんなことを書くのも、パイロット万年筆、川崎航空機ほか数社を例にとった工員の給与制度についての昭和18年当時の論文を読んでいるからで、請負制と月給制の関係を調べないと戦時増産体制がよく理解できないため。けれども、こうも現代に通じるものがあると、何というか、妙な気分にもなってくる。
Bunzo @Kominebunzo
昭和不況期に優秀な人材の囲い込みを目的に広まった終身雇用制と年功序列、そして戦時において企業の末端にまで広がりを見せる月給制。現在、批判の対象になっている家族手当なども戦時の月給制で導入が進んだ制度。サービス残業問題の根はひょっとして意外に深いのかも、というのが現在の感想。
Bunzo @Kominebunzo
派遣社員を残業でタダ働きさせると派遣元が飛んで来て直属上司に説教したりする。これと同じシステムが請負制なので同じように親方が会社側にねじ込んで来る。その派遣元も親方も給与の上前を撥ねている点は変わらない。この制度が産業報国運動から見ると、拝金主義、個人主義、自由主義的に見える。
Bunzo @Kominebunzo
手当の種類が多い給与システムには批判が多いけれども、戦時下に勧められた月給制は基本給+家族手当、住宅手当、物価手当がつき、その他割増金が付くので現代の月給制と似ている。本来はホワイトカラーだけだった月給制が下層の従業員まで広がり、その特徴が下層従業員の末裔である我々にも及ぶ。
Bunzo @Kominebunzo
戦時下の月給制は工員の生活保障と引き換えに臨機応変の奉仕労働を求めるもので、最初から多種にわたる諸手当は奉仕労働=サービス残業と相殺関係にあった。そんな歴史があるので諸手当削減を行うとサービス残業は無くなるのが理屈だけれども、新たに定年延長などがその対価になるのかもしれない。
Bunzo @Kominebunzo
名前からは因循姑息な印象の請負制は現代の派遣社員のような働き方をする結構ドライなシステム。個人主義、自由主義の温床として批判を受けた理由はここにあるのだけれども、請負制の工業分野でそうした風潮に対する修正システムが補完される。それが青年学校。請負制全盛期に出現した。
Bunzo @Kominebunzo
青年学校は軍事教練や修養中心の精神主義的な教育内容で低く評価されるものの、軍事教練は兵役短縮の恩典と結びついていたし、精神主義的教育は請負制により若年工員の視野が狭まらないよう企業全体や社会との繋がりを見出させるのが目的。古臭いホコリを払うとこれもまた現代の企業内研修に似ている。
Bunzo @Kominebunzo
大工場には併設されていることが多い青年学校は青年学校令で制定された立派な教育機関だった。このため学校の授業を受けるために部分欠勤することが認められ、しかもその分の給与を支払うよう企業は指導された。青年学校の機能が企業に実益のあるものとして重視されていた一つの証拠といえるだろう。
Bunzo @Kominebunzo
誤解が無いように言い添えると請負制は航空工業でさえ終戦まで続く。各社で導入の度合いが違うだけで、川崎三菱などが改革に乗り出したけれども中島は請負制主体で進む。しかも月給制が目立つのは昭和18年頃からで産業報国会の結成よりずっと遅い。請負制には科学的管理手法としての合理性があった。
Bunzo @Kominebunzo
陸軍工務規定五十条「工長の給料は月給とし時間増、加給、賞金その他支給基準となるべき日給額は月給の二七分ノ一とす」といったものがあり、どうも川崎航空機の制度などは陸軍指定工場でもあり陸軍の工務規定を流用している様子がある。新体制運動とはちょっと違う。
Bunzo @Kominebunzo
海軍の工作庁(空技廠の工場や航空廠など)でも月給制の歴史は古く十二試艦戦二号機で墜落死した奥山真澄職手(工手ではない)も月給取り。職手は上級職なので当然なのだけれども、軍隊の雇人への月給制は改革とは無関係に昔から行われていた制度。
Bunzo @Kominebunzo
川崎の例には根拠があって18年8月26日「陸亜普1193号」で工員の給与に関し作業能率向上のため必要ある場合に於ては当分の間陸軍工務規定第五章に依るの他左記各号に依り支給することを得」として月給制を推奨している。陸軍指定工場はこの通達に従って月給制を推進したと考えるのが妥当だ。
Bunzo @Kominebunzo
ボーナスも月給制と大きく結びついている。実労働時間を基本とする請負制では賞与はほぼ存在しない。早出残業に対価を支払わないことが特徴である月給制ではサービス残業分のマイナスを埋めるものとして数字に換算されない考課による賞与が重視される。まるで現代の課長さんのような給与システムだ。
Bunzo @Kominebunzo
戦時下の工員で月給制を適用される4、5人を率いるリーダー格の者は無償残業を厭わない責任感、労働意欲を評価されないと給与は増えない。残業代が賞与に形を変えて支払われる前に「考課」という上長の胸先一つで決まる関門があるのが月給制の本質。上級工員の末裔である課長さん達、お疲れ様である。
Bunzo @Kominebunzo
「月給制度の最も重要な特徴は、早出残業に対し時間給を支払わぬと云う事である。元来早出残業と云う様なことは、任務に対する熱烈なる責任概念から、自然的に発露する崇高なる勤労精神の現れでなければならない・・」 これが産業報国運動側からの月給制の姿。こんな考え方は当時でも通用しない。
Bunzo @Kominebunzo
時間稼ぎをやる心理の裏には、給料さえ貰わなければ職場を離脱しても差支えないと云う様な誤った考えがひそんで居ると思う。」 派遣社員や外国人に対して、70年以上前と同じことを言う人間はまだ生き残ってるというか、むしろ再生産されているのかもしれない。
Bunzo @Kominebunzo
産業補国運動は月給制の推進に関してはあまり力を持たなかったようだ。平時または大東亜戦争初期で長期間にわたるフル操業の継続は見通せず、どこかで特需が終わる予感があった。月給制などよりも時間払の請負制の方が経営側にとって遥かに合理的だったからだ。
Bunzo @Kominebunzo
経営側が請負制よりも月給制に利点を見出すには環境の変化が必要だった。戦争後期まで増産の最先端を行っていたはずの航空工業ですら昼夜シフトのフル操業状態になっていない。これが切り替わるのが昭和19年度の決戦体制で、シフト勤務、早出残業が恒常化する。ここで月給制の利点が見えて来る。
Bunzo @Kominebunzo
戦時の航空工業はそれこそ工場に寝泊まりする世界のように思えるけれども、少なくとも戦争中期まではそうではない。例えば堀越二郎技師は8時に出社18時に退社していた。日曜の出勤もあったもののそんな日でも職住接近していたので「ヤマト」の初回放映や「ハイジ」なども見のがさないのである。
Bunzo @Kominebunzo
日本の航空工業に女子工員の姿が目だって増えるのは昭和18年以降のこと。月給制はこうし た女子工員の雇用にも適していた。月間をフルに勤務しにくい女子工員の定期的な欠勤を月給制は認めていた。そして一日の就労時間制限や残業時間の制限(標準10時間に対して残業2時間)なども定められた。
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コメント

Yukiharu YABUKI bot @YukiharuYABUKI 2016年1月5日
元の論文へ名前やアクセス方法もあるとよかったが、興味深い。
nob_asahi @nob_asahi 2016年1月5日
請負制で「早出残業代」が担保されるのは「親方」が充分な報酬か追加報酬を取れるだけの力がある場合のみ。「親方」がダンピング受注を始めれば最悪「定時労働分さえただ働き」が起き得るシステム。月給制で企業利益が充分に上がれば賞与による追加報酬が支払われるのは本文指摘済み。つまり「早出残業代」ほか労働対価の公平性に関して両者に特に差異はないと思われるのだが。
nob_asahi @nob_asahi 2016年1月5日
酒場での話し方③ 「派遣社員はきっちり残業代が貰えるのに対し、俺たちは毎月何十時間もただ働きをしているのさ。ま、派遣社員の残業代込みの月収は俺たちよりもずっと低いけどな」
空弁者 @scavenger0519 2016年1月5日
月給制と請負制の関係を現代の正規従業員と派遣社員の関係と似ている、としている点。成る程と思うが、前提として「現代の正規従業員はサービス残業をするものである」との認識があるように感じる。早出残業・超過残業ともに法定の割増賃金の支払いがなければ違法なんだが。
空弁者 @scavenger0519 2016年1月5日
現代の請負は実労働時間に対して報酬が支払われるものではなく、何時間掛かろうと締切までに成果物を収めさえすれば契約履行。なかなか当時の考え方が興味深い。 scavenger0519
八重代かりす@「形見の衣」発売中。 @yaesiro 2016年1月10日
題名からは「サラリーの語源は古代ローマにおいて、塩の~」という話を想像したが、全然違った。/
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