【小説】『潤に干上がる同い年』#0~4

前作・当たり年( http://togetter.com/li/850706 )を生き延びた瞬間記憶能力を持つ少年が脳味噌ハックされる話。
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天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「…俺の心配はいーからさ、横様。お前、やっぱその… 地口と風見鶏のこと、まだ気にしてんのか?」 「いや…」 昨年の秋の、地口と…急愛の事件。 もちろん丁字路やクラスのみんなは俺たちが事故を追っていたことも、地口…いや、急愛が事故を追っていた理由も、脳力のことも知らない。20

2016-01-09 09:41:26
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

ただ、シュウは駅閉鎖騒動の少し前から行方不明。地口は強盗殺人に遭ったと伝えられている。 また、俺がこの二人と仲良くなった途端訃報があったという考え難い偶然もあり、俺の身を案じてきたり一緒に帰ろうと気を遣ってくる人もいた。俺に疑いの目を向けてきて、根掘り葉掘り聞いてくる者も。21

2016-01-09 09:43:08
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

気にしてないといえば嘘になるが引きずってはいないはずだ。 と思う。 だとしても、最近すごく注意が足りていないのは事実。秋のことが原因でなくてもボーっとしてしまう理由はわからない。ただ、 「三年生になった…って思うと色々やること多いだろ。もしかしたら気張りすぎてるのかもなって」22

2016-01-09 09:44:35
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

演劇祭でのクラスの出し物。 演劇部の出し物。 進路関係の説明会。 グループディスカッション模擬。 受験勉強…。 丁字路の顔色がますます青くなった。 「…やめてくれ横様。俺に現実見せないでくれ…」 「調査書…志望理由書…模擬面接…小論文」 「やめろおおおおおおおおおおおおお」 23

2016-01-09 09:46:30
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

やべーよ俺今年こそ休みなくなる、と声を震わせて慄く丁字路。 そら見たか、お前は俺よりお前の心配しろ。 「そっそれとこれとは関係ねーだろ!!」 「関係あるから言ってんだろ」 「いーからお前は俺に仕事任せていーの!なんとかするから気にすんな!」 24

2016-01-09 09:48:26
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

そこまで言って俺の肩を掴み、せわしない真っ直ぐな目で俺に訴えるように言った。 「俺、お前の親友なんだからな!」 そのまじりっけのない言葉に目を剥く。 言ってから恥ずかしくなったのか、丁字路は照れ笑いながら続けた。 「大変だったら、遠慮なく頼ってくれよな。何でも相談乗るから」 25

2016-01-09 09:50:13
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

何でも、か。 俺はとても良い親友を持った。心の底から、そう思う。こんな俺にここまで言ってくれるのはコイツくらいのものだ。だからこそ。 心が、痛くなる。 ごめん丁字路。俺、お前に言えないようなことたくさんあるんだ。 それで一番悩んでいて、きっと一生答えは出ない。 だから。 26

2016-01-09 09:52:22
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「おお!絶景だぞ横様!」 もう夜になり、山の向こうまで広がる美しい星の海が目に入る。 絶景といってもこんな田舎では珍しくないが、空というのはいつどんな気分の時に見上げるかで、その表情は様変わりする。 この日の夜空はどこか物悲しい。 丁字路はすげーすげーと流れ星を指さしていた。27

2016-01-09 09:54:40
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

それでその決定的瞬間をおさめようと携帯のカメラを回し、そろりそろりと歩いていた。今時の子だ。 現在十九時十一分。 「おい、そろそろ帰らないと明日朝練だぞ」 「ちぇー、写真撮ったら無限にお願いできるのに」 「欲張んな。風情もクソもないな」 「横様たまにジジイみてーだよな」 28

2016-01-09 09:56:39
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

ジジイと言われた。 芸術家肌って言えこのスカタン。 と、何か言い返してやろうと顔を上げると────少し先に見覚えのある人影が見えた。 見覚えのあるツインテール。 見覚えのある痩身痩躯。 見覚えのある爛々とした、大きな黒瞳。 明らかに、こっちに向かってきている。 29

2016-01-09 09:58:04
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「横様?」 「ごめん。先帰っててくれ。今日は本当にありがとな」 「あ?おい」 アイツを丁字路に見られたらややこしくなる。俺は急ぎ足、もとい全力疾走でそいつに近づく。 それを見た彼女も、嬉しそうに走り始め、俺に抱きつこうと細っこい両手を大きく広げた。 30

2016-01-09 09:59:49
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「よっこさーまく〰〰〰〰〰〰〰〰んぶェ!!」 俺は思いっきり顔を掴んで、急いで丁字路に見られない位置まで運んだ。 何でコイツはここに。何で俺が病院にいることを知っている? コイツは、もう読心の力を持っていないはずだ。 「ひどいなあ、ボクがいくら軽いからって顔つかまないでよ」 31

2016-01-09 10:01:20
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

あ、本当に左手ケガしちゃったんだ。と痛そうに左手を撫でてきた。 「どうして知ってるんだ、左手のこと」 「忘れたの?ボクには君の考えてることお見通しなんだよ」 「それは地口の脳力だろうが」 「冗談だよー。まあ横様くんの考えていることわかんなくなったのは残念だけどね。32

2016-01-09 10:03:01
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

横様くんは口数少ない割に心はおしゃべりだからさ。工藤静香みたい」 「作詞は中島みゆきだぞ」 「そうだっけ、まあいいけど」 MUGO・ん…色っぽいという曲があります。 その話です。 「普通に学校の子に聞いたんだよね」 「学校に来たのか!?」 「君のお母さんが。学校から電話来て」33

2016-01-09 10:04:23
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

と、親指と小指を立てて電話の動作をしながら、俺が部活中怪我したと、俺の血の付いた工具や板を片付けるはめになった可哀想な演劇部の後輩達から電話があった話をしてきた。 安心しつつ、焦ってしまったアホらしさが恥ずかしい。 拍子抜けて言葉に詰まっている俺をからかうように彼女は笑った。34

2016-01-09 10:06:09
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「ふふ、大丈夫だよ。ボクはどこへも行ったりしないから。 来世─────────ボクたち結婚するんだもんね」 海千急愛は、人懐っこく微笑んだ。 35 pic.twitter.com/SpGI6GTEdf

2016-01-09 10:08:32
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天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

秋の事件から急愛が横根家に住み始めてもう半年が過ぎて、ようやく家に一緒に帰るのも自然なことになってきた。 こうして帰宅の途についているとき、一時期急愛は「今日の晩ごはん何かな」としか話を切り出してこなかった。 俺も適当に「ハンバーグじゃね?」としか返してなかった。①

2016-01-16 21:02:16
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

しかし三か月前から慣れてきたのか、今日はどんな手伝いをしたとか、新しく始めた趣味の話をするようになった。今もそんな感じで俺の母が買い物に行っている間、テレビを見ながら洗濯物を洗いつつ食器を洗った話をしている。 …うん、まあ。 だから何やねんとは思ってしまうんだが、まあ仕方ない。②

2016-01-16 21:04:24
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

急愛は今、学校に行けていない上俺の家に身元を隠しているというのもあるので、急愛の住めるところが見つかるまで、不用意に家から出ないということになっている。これは半年前にシュウが死の間際に俺に託した「急愛を守り、幸せにしてくれ」という願いを遂げるために、俺から急愛に提案したものだ。③

2016-01-16 21:06:08
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

話すことが家のことだけになってしまうのも無理はない。 「そういえば」 と、中身のない世間話を終えた急愛は思いついたように話を変えた。 「横様くんって誕生日いつなの?」 「9月19日だけど」 アンリ三世とか、西川貴教とかと一緒だ。 急愛は乙女座なんだぁと意味ありげに含み笑いした。④

2016-01-16 21:07:35
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「てっきり横様くんも2月29日生まれだと思ってたんだけど」 「そりゃまた何で」 「脳力者は4年に1度、2月29日に生まれるって話があるんだ」 へぇ。 そりゃまた何で。 「ボクは研究される側だったからあまり知らないんだけどね。どうしてその日に生まれるのか…何のための脳力なのか…」⑤

2016-01-16 21:09:10
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

「…脳力者の、研究所か…」 急愛の父親が立ち上げた脳力者の脳メカニズムを解明・開発するプロジェクト。 この研究が進めば、受精卵から人工的に脳力者を作り上げられるとまで言われた、天才達が結集した大きな研究。にも関わらず、脳力者のこともプロジェクトのことも表沙汰にはなっていない。⑥

2016-01-16 21:10:41
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

その理由というのは…脳力者達に対する非人道的な、人権を無視した法外的な実験の数々が、平然と行われていることにある。 秋の事件の発端も「中身を入れ替えた場合、脳力も入れ替わるのか」という実験に巻き込まれた地口と急愛が、入れ替わった後元に戻ることができなくなってしまったことからだ。⑦

2016-01-16 21:13:01
天界ボラヴル@4月ごろ再開 @vorrrrrrrra_e

その後それを解除するべく研究所の意志に背いて単独で動いていたシュウが、命がけで急愛を元に戻すことができたものだが。 結局間に合わず精神を摩耗しきった地口は死に、力を使い果たしたシュウも死んだ。 「…やっぱあまり良い印象はないんだよなぁ」 「ちょっと、一応ボクの実家なんだけど?」⑧

2016-01-16 21:15:34
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