「バトルフィールド・ウィズアウト・アイサツ」

「用件を聞こう」
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「詳しく、話を聞かせてください」リカルドはリンガ長官の傍へ寄った。「君がどうにかするつもりか…いや」リンガ長官は思い出した。この男の有名な麾下の事を。「そうか、“死神”ならば」「“死神”…?ああ、吹雪の事ですか?アイツは今回同行してませんよ?」「なら、どうするつもりかね」 25

2016-02-29 21:53:35
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何、鹿屋の強い艦娘は“死神”だけじゃないってことですよ」リカルドは力強く笑った。リンガ長官にはそれが天からの助けに思えた。 26

2016-02-29 21:54:42
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ゲー…ゲー…ゲー…リンガ島港湾部、陽光で煌めく海の上を海鳥たちが気持ちよさそうに飛んでいた。「……」その光景を、初霜はぼんやりと見上げていた。「キレイねぇ」南国の景色と言うものは、何度見ても美しい物だ。初霜はそう考えていた。美しい景色は戦場で荒んだ心を洗ってくれるとも。 28

2016-02-29 22:03:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「初霜」呼びかける声。振り向けば、制服をだらしなく着こなした茶色の髪の艦娘がいた。初霜にとってもっとも馴染み深い艦娘であった。「あら、若葉」「差し入れだ」若葉は初霜へ向け何かを投げ渡す。初霜はそれを受け取った。見れば、それは缶コーヒーであった。「あら、ブラック?」 29

2016-02-29 22:11:29
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「嫌だったか?」「ううん、全然」初霜はプルタブを開け、コーヒーを口に含んだ。苦味と酸味が口に広がる。ふと横目で見れば、若葉も同じものを口にしていた。暫し、二人は海をぼんやりと眺めていた。「……提督、遅いな」「そうね」 30

2016-02-29 22:16:31
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

初霜はこういう静かな時間を好んだ。そして、その時間を大切な人と共有することも。「綺麗な景色ね」「そうだな」その時、強い潮風が吹いた。「あら…」初霜の長い髪が揺れる。若葉が初霜の体を引き寄せ、自らを風除けにした。「あっ」「だが」若葉は初霜の目を見て言った。「お前の方が綺麗だ」 31

2016-02-29 22:23:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「……ッ!!」瞬間、初霜は赤面した。((えっ、なっ、ちょ、ちょっと!?何?何急に!?口説いてるの?!口説かれてるの私!?いやいやいや、私と若葉は姉妹なのよ!?け、けど私達は別に血が繋がってるわけじゃないしそもそも女の子の体も便宜的な…いや何考えてるの私!))「おーい」 32

2016-02-29 22:26:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

男の呼び声が聞こえた。ふと見ると、リカルドがこちらに近づいて来ていた。「此処に居たか、お前ら」「え、ええ」初霜は名残惜しげに若葉から離れた。リカルドが二人の間に立った。「遅かったな」「何、リンガ長官といろいろ話しててね」そう言い、リカルドは無造作に初霜の頭を撫でた。 33

2016-02-29 22:29:30
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

リカルドは初霜を気に入っていた。一隻でも一人でも守らんとする英雄的姿勢と、それを貫き通さんとするエゴを、リカルドはとても好ましく思っていた。故にこうしてよくスキンシップを図っていた。若葉はそれを見、ムッとした表情を作ると、初霜を強引に抱き寄せた。「えっ、えっ」「やらんぞ」 34

2016-02-29 22:34:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

若葉はリカルドに強い口調でそう言った。「わ、わわ」初霜は林檎めいて赤面した。「いや、盗らねぇし、そもそもお前のもんじゃねぇだろ」リカルドは後頭部を掻き、ぼやいた。やがて、リカルドは軽く咳ばらいをして、若葉に言った。「そうだ若葉」「何だ」「輸送は暫く休止だ」「何?」 35

2016-02-29 22:37:04
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何かあったんですか」初霜が問う。「ああ、問題が発生した」リカルドはそう言い、若葉を見た。「で、だ。若葉。お前に任務だ」「内容は」「お前に頼むんだ、無論」潮風がもう一度吹いた。海鳥達が遠くへと飛んでいく。「狙撃だ」「成程」若葉は懐から煙草を取り出した。「用件を聞こう」 36

2016-02-29 22:39:06
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「バトルフィールド・ウィズアウト・アイサツ」#1 おわり #2 へ続く

2016-02-29 22:39:32

#2

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「バトルフィールド・ウィズアウト・アイサツ」#2

2016-03-07 20:33:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

シンガポール海峡にほど近いビンタン島に連なる小島の傍で、その深海棲艦は静かに海上に佇んでいた。下半身をフロートユニットで覆い、鼻から上を覆う歪な六角形の仮面メンポで素顔を隠したその姿は、雷巡チ級を思わせる。 1

2016-03-07 20:35:19
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

だがよく見れば、左腕の魚雷発射管が異常なまでに延長されており、右手首と仮面左目部分に開いた穴にはスコープめいた器具が取り付けられていた。異様なアトモスフィアである。「……」その深海棲艦は極めて長大な魚雷発射管を右腕で抱きかかえながら沈黙していた。まるで眠っているかのように。 2

2016-03-07 20:36:10
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

そのチ級の傍へ、一羽の海鳥が近づいてきた。海鳥は魚雷発射管の止まり、羽根を休めた。海鳥は物珍しそうにチ級の顔を見た。俯いた顔は仮面により表情が窺い知れぬ。目に深海棲艦特有の光は放たれてはいない。海鳥は目の前のそれを岩礁の類であると判断し、仲間を呼ぶために一声鳴いた。「ゲー」 3

2016-03-07 20:38:00
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

その瞬間、チ級の左目に光が灯った。「イヤーッ!」チ級は鉤爪めいて強張らせた右腕でもって一瞬で海鳥の喉を掴んだ!「ゲーッ!?」海鳥は突然の凶行に大きく失禁!身を捩り逃れんと足掻くが、マンリキめいた握力の手は決して海鳥を逃さない!「ゲーッ!?ゲーッ!?」海鳥は恐怖の余り泣き叫ぶ! 4

2016-03-07 20:39:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「…喧シイ。死ネ」チ級はうっそりとそう呟き、力を込めて海鳥を縊り殺した。海鳥は数秒、ダシを取られたマグロめいて痙攣し、やがて動かなくなった。チ級はそれを無造作に放り投げた。「……」チ級は油断なく上空を仰ぎ見る。 5

2016-03-07 20:40:57
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ゲー…ゲー…空を飛ぶ海鳥の群れは仲間の声に気付かず、遠くへ飛び去って行った。チ級は安堵の息を吐き、再び魚雷発射管を掻き抱き、瞼を閉じるように左目の光を消した。……彼の者の名はディスタントサンダー。読者の皆様がお察しの通り名付きの深海棲艦であり、艦娘や輸送船団を襲撃した存在だ。 4

2016-03-07 20:43:26
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

彼の者はただ静かに波間に揺蕩う。その耳には様々な音が聞こえていた。波の音。風の音。飛び去って行く海鳥の音。ディスタントサンダーは仮面の下で顔を歪めた。それらの音は、自身の極めて鋭敏な聴覚によって実際よりも何千倍も増幅され、微かな音すらもジェット機の爆音めいて聞こえているのだ。 5

2016-03-07 20:44:08
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

((嗚呼、何ト喧シイ事カ…))ニューロンの奥底で、ディスタントサンダーは嘆く。彼の者が天啓の如くディスタントサンダーの名を与えられたのはつい一か月程前だ。只の名無しの深界の民にとって、名を得るとは即ち、神の寵愛を約束されたことに他ならない。 6

2016-03-07 20:45:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

だが、ディスタントサンダーに与えられたのは寵愛ではなく、忌まわしき呪いであった。異常なほどに強化された聴覚は常に数千倍に増幅された爆音をニューロンへ届け彼の者の精神を蝕み、一時も安寧を齎さなかった。特に戦場の音は彼の者を発狂寸前まで追い詰めた。彼の者は戦場から離れようとした。 7

2016-03-07 20:48:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

そのためにディスタントサンダーは艤装に何度も改造を施し、遂に戦艦以上の射程から正確に雷撃可能な魚雷スナイパーライフルを作り上げた。だがそれでも、戦場の音は彼の者に狂気を突き付けてくる。遂に戦場で一時的な狂気に陥り、敵味方見境なく魚雷を撃ち込んでこの海に逃れたのは1週間前の事。 8

2016-03-07 20:49:54