貴女の好きな、あのひとの香り[海風,満潮] #見つめる時雨

海風⇒満潮⇒扶桑
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誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

シャンプーの柔らかな良い香りが漂ってくる。香りの元である彼女は、普段は二カ所で纏めている髪を下ろし、癖のついたそれを指先でいじりながら今日の演習記録を書いていた。僕もまた演習記録にペンを走らせていたのだけど、先程書き終わった。時間を持て余した僕は、視線を彼女に吸い寄せられていた。

2016-03-15 22:00:50
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彼女ー満潮は、顔の向きはそのままに僕の視線に疑問を投げかける。 「…何?」 「ううん、何でもないよ」 僕は半分寝そうになっている夕立の頭を膝に乗せながら、満潮の整った横顔を眺めた。 「気になるんだけど…」 「ふふ、ごめん」

2016-03-15 22:05:38
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満潮はある程度書き進めたところでペンを止めた。きっと共に演習に参加した、今お風呂に入っている相方を待つことにしたんだろう。 ここ舞鶴鎮守府では、僕達駆逐艦は小隊という組み分けで行動している。ちなみに僕の相方は夕立。彼女とはこの鎮守府に来た時から一緒だった。

2016-03-15 22:10:05
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部屋の扉が開く。 ほかほかとした蒸気を纏いながら、海風が入ってきた。 「あっ、時雨姉さん。こんばんは」 「こんばんは。夕立もいるよ」 「え?…あ、本当だ。…寝ちゃってます?」 海風の声が聞こえたらしく、夕立はうっすらと目を開けて彼女に手を振った。海風もまた、手を振って答えた。

2016-03-15 22:14:52
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「あっ!そうだ!ごめんね、満潮。髪、すぐ乾かすから!」 頬杖をつきながら見ていた満潮の視線に気づいたのか、海風は慌てて鏡台の前に移動する。ドライヤーにスイッチが入れられ、長い銀色の髪が温風に靡いた。

2016-03-15 22:20:21
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「あれ?この香り…」 海風の、おそらく髪から流れてくる香りに、僕は覚えがあった。 「ねぇ、海風。シャンプー変えた?」 「え?あ、これは、その…私、シャンプー切らしちゃってたの忘れてて、お風呂でご一緒した扶桑さんに貸してもらったんです」 「あぁ、なるほど」 この香りは、扶桑の香り。

2016-03-15 22:24:48
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「ねぇ、海風。ここなんだけど」 満潮はドライヤーの音が止むと海風に声をかけた。演習について聞きたいことがあったんだろう。海風は流れる髪を軽く纏めながら満潮の隣へと移動した。 「何? 満潮」 「あんたこの時ー」 そこで、満潮の言葉が止まった。

2016-03-15 22:30:05
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「どうかした?」 海風は言葉を詰まらせた満潮をいぶかしみ、のぞき込むようにして満潮に寄る。すると満潮はぎょっとした様子で体を引いた。 「…満潮?」 「…あ、う、ううん…何でもないわ…」 海風から視線を逸らせた満潮の頬は、妙に赤くなっていた。

2016-03-15 22:34:22
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「ねぇ、満潮ってば」 「…!!」 海風が満潮に触れようとした時、満潮の肩が軽く跳ねる。海風の方からは満潮の顔は見えてないかもしれないけど、僕からはよく見えた。 何だろう、満潮は困惑してる? 何故? あ…もしかして。

2016-03-15 22:40:22
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「…満潮?」 更に近寄る海風に満潮が狼狽える。 「ト…トイレに行ってくるわ…!」 「え?ちょっと…」 満潮はそう言ってこの場から逃げ出すように部屋を出ていってしまった。

2016-03-15 22:44:59
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「…逃げることないじゃない」 海風はその場に座り直し、溜め息をついた。 「逃げる…まぁ、あれは逃げたね。満潮ってば…」 …多分、扶桑の香りが原因だけど。そうだよね、満潮。

2016-03-15 22:50:05
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海風がつまらなそうに満潮の書きかけの演習記録を眺めている。その様子は何だかがっかりしているようにも見えた。記録の内容に? いや、きっと先ほどの満潮の行動にだろう。海風は何かを期待していたのかもしれない。満潮の好きな香りで、関心を惹きたかったんだろうか。

2016-03-15 22:54:33
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「…ねぇ、海風。キミは満潮のこと、好き?」 「ふぇっ!!?どどど…どうしてですか!?」 …しまった、直球過ぎたかな。海風の取り乱しっぷりに少し申し訳なくなった。でも、思っていたより彼女は満潮のことが好きみたいだ。

2016-03-15 22:59:45
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「…時雨姉さんは何でもお見通しなんですね」 海風が観念したように脱力する。 「そんなことないよ。僕は僕が知ってることしか知らないから」 「…何だか時雨姉さん、意地悪です…」 「えっと…ごめんね」

2016-03-15 23:04:47
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「…本当はシャンプーなんて、切らしてないんです。扶桑さんにお願いして…貸してもらったんです。姉さん、私…」 「満潮の気を惹きたかった?」 …海風がゆっくりと頷く。

2016-03-15 23:09:29
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「…そういう意図があって扶桑から借りたってことは、海風も気づいてるんだね。満潮の…好きなひと」 そう問いかけると海風は瞳を揺らし、髪で口元を隠した。

2016-03-15 23:14:30
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「あのひとと同じ香りになれば、私にもドキドキしてくれるんじゃないかって思いました。…浅はかですよね。満潮が好きなのは扶桑さんっていうことには変わりないのに…」 僕は海風の声が震えてきたことに気づいて、彼女に手招きをした。

2016-03-15 23:19:34
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近寄ってきた海風の肩を抱き寄せて、頭を撫でる。 「…つらいね」 僕がそう言うと海風は視線を落として僕の肩に寄りかかった。大きな溜め息が、隣から聞こえてきた。

2016-03-15 23:24:30
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「…わかる、海風の気持ち」 僕の膝で横になっていた夕立が起きあがった。そしてゆっくりと海風の方へ移動し、そのまま彼女を抱きしめた。 「夕立姉さん…?」 …夕立はきっと自分と海風を重ねているんだろう。僕もまた、海風の気持ちはよくわかった。…満潮の気持ちも。

2016-03-15 23:29:53
誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

満潮は気づいているのだろうか。キミを想っているコがいることに。そして、扶桑は…。 出口のない恋の迷路が、また生まれようとしていたーー

2016-03-15 23:36:07