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思想史の中の history と theory、ときどき nature...

「歴史研究における理論とその脱領域性――学問と人生?」 http://togetter.com/li/9176 の続編。話題は歴史と理論の関係ですが、できれば「歴史」と「理論」の歴史を渉猟したいと考えています。ご発言に際しては、ハッシュタグ #H_T をお使い頂くか @odg1967 をどこかに挿入して頂ければ、何とか拾えると思います。ときどき "BH" として参照を求められているのは、bibliotheca hermetica http://www.geocities.jp/bhermes001/ です。
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Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
歴史学の「理論と方法」ということで議論になった時に、自分が強調していたのは、論文としてアウトプットする際に、それが効果的に(同業者を含む)読者に読まれて、シェアされて批判されて引用されるといった点などを含めて「理論と方法」なのではないか?ということを目指していたのだと思う。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
それは論文の小手先の技術ということではなくて、結局どういう史料に対してどういうアプローチを取るのか、その際の技法とは何かというインプットにもかかわってくるのは言うまでもないのだけれど。
@odg1967
#以下「歴史研究における理論とその脱領域性――学問と人生?」 http://togetter.com/li/9176 への補足。
@odg1967
続いて、@adamtakahashi さんは「理論」に論文をどう書くかというようなことまで含めているのですけど、ぼくこれよくわからないんです。政治学だとこういうのは、パースペクティブとかナラティヴとか(非常に浅薄な意味での)レトリックという扱いで、理論というよりは実践の話。
@odg1967
観点についての理論も、物語についての理論も、レトリックについての理論もあると思いますが、ぼくの感覚では観点は理論ではないし、物語も理論ではない、レトリックも理論だとは思えない。(そういうものを理論として扱うと、論文執筆時の衣食住のあれこれも「理論」ということになりかねない。)
@odg1967
もちろん、「理想的な論文を書くための朝食レシピ集」とか、「査読に強くなるこの秋のワンピース着こなし術」という理論があってもいいのだけど……。(そして実際、研究者志望の学部生が院試対策と称してアナウンサー学校で美しいしゃべり方を学んだという事例も知っているのだけど……。)
@odg1967
しかし、ぼくの理解では、理論というのは、個別的な事象の背後に規範とか法則といった普遍的な何かを見ることを意味する言葉で、政治学でいえば、個別的な事象を規制する規範を見出すのが規範理論、個別的な事象で検証すべき法則を見出すのが実証理論……というのが、一般的な理解であるような気が。
@odg1967
もうちょっとわかりやすくいえば、@adamtakahashi さんが理論と理論以外のものをどう区別なさっているのか、よくわからないのです。面倒な話で恐縮なんだけど、拝読していて当惑しました。言いだすと大変なことなで言いませんでしたが、話の本筋だとすれば、やはり申し上げるほかない。
@odg1967
なので、急いではおりませんが、 @adamtakahashi さんが理論とそうでないものをどう区別しているのか、お時間のあるときで結構ですので、このリストにツイットを追加しておいて下さい。
Mori Tatsuya @mori_tatsuya
@odg1967 リサーチ・プログラム(仮説、方法、その外化としての実験装置、研究者共同体を含む意味で)ということでしょうか。RT @adamtakahashi アウトプットする際に、それが効果的に(同業者を含む)読者に読まれて、シェアされて批判されて引用されるといった点などを含
Mori Tatsuya @mori_tatsuya
クーンの言う専門母型というのを広義の理論とすれば理解できないことはない気がします。
@odg1967
それと、将来的には、歴史学研究一般の話ではなく、コスモロジー史研究の課題と方法というか、コスモロジー史研究の魅力と内実について啓蒙的なディスカッションを @adamtakahashi さんの方でリスト化できるような議論を立ててくれるとありがたいです。『ミクロコスモス』の紹介とか。
@odg1967
@mori_tatsuya ぼくにはわからんです。ただ「リサーチ・プログラム」という言葉(とこの言葉を好んで用いたがるひとたち)には、どうしようもないうさんくささを感じてしまいます。
Mori Tatsuya @mori_tatsuya
@odg1967 「地平の融合」など考えると、それぞれのもつ先入見のズレが厳密な意味での集団研究を妨げるのですが、年代測定や写本追跡、筆跡鑑定などが必要な分野では、一定の調査法(リサーチ・プログラム)が共有されることが多いのではないでしょうか。近現代思想史からは遠ざかりますが。
Mori Tatsuya @mori_tatsuya
そういえばコリングウッドはローマン・ブリテン研究を行いながらヘーゲルの歴史哲学とも格闘した人でした。すごい人だ。そしてその先にE・H・カー、バーリン、スキナーがいる、と。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 比較文学者 @shionkono 歴史学をめぐる議論を読んだ。歴史学研究を実践するうえで踏まえておくべき史学史とか歴史哲学の問題とは別に「理論」という言葉が引き起こすある種の連想と(時にはアレルギー的な)反応の問題がある気がした。文学でも似た状況はあるので、わかる。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 政治思想史学者 @odg1967 理論というのは個別的な事象の背後に規範とか法則といった普遍的な何かを見ること・・・政治学でいえば、個別的な事象を規制する規範を見出すのが規範理論、個別的な事象で検証すべき法則を見出すのが実証理論……というのが、一般的な理解である
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 国際関係史 @mimimasumasu 今回の一連の議論、歴史学プロパーで学んできた方々と、非歴史的方法が主流を占める分野の中の傍流でしかない=「非主流」歴史学である法学者/政治学者/経済学者の中で歴史研究に従事する人間との距離感を感じるものでした。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 近世ドイツ史 @saisenreiha 元々の議論の始まりが、歴史学者の「歴史性」の理解は共通しているか、歴史学者の理解を共有させるために大学で歴史理論を教えることは有益かどうか。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 英中世史 @tricycler 史料批判を教えない歴史の授業って、なんなんだー!と昔から思ってきました。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: @saisenreiha 歴史学の方法の基礎である史料批判ですが、具体的に実証研究で史料批判をやろうとすると、これはもう筆舌にし難い難しさがある・・・利害関係や史料の性格を念頭に置く程度では全然足りず、当時の社会に関する知識を包括的に知らないと史料批判できません。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 中世ドイツ史 @t_ohnuki テーゼとか理論とか大くくりにする議論は注意が必要です、と自分も含め歴史プロパーの人は常に自戒しているのではないでしょうか。少なくとも自分はそういう意味で「理論あぶねー」と思っております。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 中世独史 @t_ohnuki 1) 職人的な姿勢で史料に沈潜した上で、2)そこから抽出したものを歴史的コンテクストに位置付け、無味乾燥な言葉ではない表現・方法で叙述し伝える。この2段階があるのだと思います。これらは歴史研究者の営みの両輪で、二者択一ではありません。
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
RT: 社会学 @contractio (歴史学の)理論と方法の歴史に関する議論が必要だ、というまとめでいいですか?
Adam (Atsushi) Takahashi @adamtakahashi
歴史学プロパー三人(中世英・独史、近世独史)、政治思想史、社会学、中世哲学史、そしてオブザーバー(?)として比較文学、国際関係史、そしてその他何人かの専門家&一般の方&学部生の方が断続的に「歴史の理論と方法」について語るというのは、少なくともこの十年の中では前代未聞な気がします。
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コメント

縮限 @contractio 2010年3月18日
自分のツイート付近のものいくつかの順番を変えてみた。
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