招くもの、来たるもの

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい二次です! 今回はちょっぴりホラーテイストなお話。 暖かくなってきた今日この頃にひやっとする何かをどうぞおたのしみください! 続きを読む
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竹村京 @kyou_takemura

せめて星が見えれば陸を目指す事もできるが、豪雨を降らせている雲はいつ晴れるかわかったものではない。方角が分からず、かといって晴れるのを待っていても緩慢な死を待つだけ。兵頭はただ途方に暮れるしかなかった。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:25:39
竹村京 @kyou_takemura

「くそっ!」 ふがいなさから船縁を思い切り叩く。頑丈な短艇は拳ごときではびくともせず、逆に兵頭の手に血を滲ませた。 戦いの中で死ぬならまだ納得できる。だが時化た海に一人で出て勝手に遭難してくたばるなど、ダーウィン賞ものの間抜けな死に様だ。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:27:48
竹村京 @kyou_takemura

空を見ても分厚い暗雲は晴れるまで何時間かかるかわからない。雨も強く、黙然としていればいずれ低体温症にかかるのは間違いない。ならば、背後には陸があるはずだと見定めてオールを動かした方が生き延びる見込みはある。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:29:37
竹村京 @kyou_takemura

もしも時化で針路がずれていて沖合に漕ぎ出していたなら、それはその時だ。同じ間抜けでも何かをしていた方がいくらか納得して死ねる。 意を決して海にオールを差し込んだ。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:33:31
竹村京 @kyou_takemura

「司令官、お一人で何をしているのですか?」 「おわあっ!」 兵頭が驚いて振り返ると、一人の少女が海面に立っていた。兵頭鎮守府の秘書艦、早霜だ。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:38:47
竹村京 @kyou_takemura

艤装のエンチャントフィールドは雨風を防ぐ目的ではないので、長い黒髪がぐっしょりと濡れて制服の上から細すぎる身体に張り付いている。まるで一昔前のジャパニーズホラーの幽霊のようだが、この状況ではこれ以上ない援軍だった。#落ちぬい二次

2016-04-28 21:48:22
竹村京 @kyou_takemura

「こんなに天気が悪いのにお一人でカッターに乗っていくものですから、声を掛けるのも失礼かと思ってここまで着いてきました」 「変だと思ったら声くらいかけてほしかったよ……」#落ちぬい二次

2016-04-28 21:48:42
竹村京 @kyou_takemura

しかし、これで助かった。艤装には簡易的とはいえ航法装置が備わっている。それらはこの程度の雨風では不能にはならない。 「さあ、帰りましょう、司令官」 早霜が短艇の舳先に手を添えて向きを変える。 「すまん、頼む」#落ちぬい二次

2016-04-28 21:55:35
竹村京 @kyou_takemura

「気にしないでください」 そう言うと、がぼん、と海に沈んだ。 必然、早霜の手が引っ掛かっている短艇もあっけなく転覆する。 ―――艤装が故障した!?よりによってこのタイミングで!?#落ちぬい二次

2016-04-28 21:58:28
竹村京 @kyou_takemura

艤装は海面で戦闘を行う都合上、単に水没しただけでは救命ボートは展開しない。水を被るのは茶飯事なのでその度にボートが開いていたのでは役に立たないからだ。大きく損傷するか、ある程度の深さまで達してボートを収納している部分に浸水して初めて展開する構造になっている。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:02:01
竹村京 @kyou_takemura

だが、にしては展開が遅い。遅すぎる。確か通常の水上艦の艤装の場合は5~10メートルで救命ボートが開くはずなのに、早霜はもうそれよりずっと深くに沈んでいる。 見る間に早霜の姿が深みへと吸い込まれていく。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:04:25
竹村京 @kyou_takemura

―――糞っ! 兵頭は息継ぎもそこそこに、真下に向けて水を蹴る。こんなつまらない事故で部下を喪ってなるものか、と。かつて部下を轟沈させた苦い思いが蘇る。あんな思いは二度とごめんだ。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:05:46
竹村京 @kyou_takemura

二度、三度とストロークを繰り返す。四度、五度。艤装の重さに引きずられる早霜にようやく追いつく。思い切り手を伸ばし、細い体をしっかり抱き留める。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:07:08
竹村京 @kyou_takemura

生憎とダイビングには必携のナイフは持ち合わせていないが、最新の夕雲型の艤装は非常時の安全性にも配慮されており、バックルで簡単に外せるはずだ。艤装さえ外してしまえば、少女一人を抱えて泳ぐくらいわけはない。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:08:55
竹村京 @kyou_takemura

左腕で早霜を抱え、右手でバックルを掴む。後は非常金具を思い切り握ればストラップが切れる。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:10:59
竹村京 @kyou_takemura

ストラップを握る右腕に早霜の腕が絡みつく。パニック状態に陥った溺者は救助者にしがみついて二人とも溺死する事がよくある。無論、兵頭はその対策も心得ている。即ち、力づくで押さえつけろ、だ。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:11:14
竹村京 @kyou_takemura

だが、離れない。早霜の腕も、ストラップの金具も、びくともしない。左腕を動員しても駄目だ。このままでは二人とも海の底で魚の餌になってしまう。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:13:07
竹村京 @kyou_takemura

止むを得ない、と左腕を早霜の首に回して力を込める。危険だが、この状況で力を緩めさせるにはこうするしかなかった。自然、早霜の顔が兵頭の顔のすぐそばに来る。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:14:52
竹村京 @kyou_takemura

「つかまえた」 水中に声が通る。 はっ、と兵頭は左を向く。 そこにあったのは早霜の顔ではなく。 ガスで膨れ上がり、ぐずぐずに腐乱した水死体だった。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:17:22
竹村京 @kyou_takemura

「―――――ッ!!!」 声にならない悲鳴を上げる。肺の中の空気が叫びと共に逃げてゆく。 必死で手足をばたつかせる。息が続かない、死体がしがみついている、海面が遠い!#落ちぬい二次

2016-04-28 22:19:15
竹村京 @kyou_takemura

もはや泳ぎ方など完全に忘れ果てている。とにかく逃げたい、空気を吸いたい、その一心で水面を目指す。肺の空気はもう使い尽くし、胸が破れそうなくらい痛い。重油のようにねっとりした水に絡みつかれながら、がむしゃらに水面を目指し続ける。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:20:48
竹村京 @kyou_takemura

気が遠くなり、あと一瞬でも遅れれば失神するというところでようやく顔がひやりとした空気に触れた。口に水が流れ込むのも構わず、思い切り息を吸う。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:24:42
竹村京 @kyou_takemura

そこは工廠に併設された司令官臨時居室だった。 やけに重かった水は湿気を含んで重くなった布団で、息苦しかったのはそれを頭まで被っていたからだったらしい。薄い壁の向こうからは激しい雨音が聞こえていた。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:26:13
竹村京 @kyou_takemura

こんな環境だからあんな悪夢を見たのか、と苦笑して深呼吸を繰り返す。かび臭い空気もあの夢の後では美味く感じた。そもそも早霜はまだ着任していないだろう、我ながら気が早い、と妙におかしな気分になった。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:27:38
竹村京 @kyou_takemura

息を落ち着けて布団をどかすと、両足にはぐっしょりと濡れた長い髪がきつく絡みついていた。#落ちぬい二次

2016-04-28 22:29:22