帰化要件に国旗・国歌・国家への忠誠宣誓を課せるか
昨日の議論を蒸し返すようで悪いのですが、「宣誓」をただの外形的行為だと考えればどうでしょう。内心如何にかかわらず「宣誓」は可能ですね。実際に国を尊重する内心があるかはともかく、「宣誓」という行為が条件なら、内心に踏み込むことにならないのでは?@mofjd
2011-02-06 21:16:45その場合、帰化希望の外国人が、宣誓を拒否して国籍を与えられなくても、19条によって守られないだけのこと。@mofjd http://j.mp/hcPBcd
2011-02-06 21:19:41@takenoma 先生のお考えは、帰化申請の審査時に一度だけ忠誠を求めることは19条に反すると言えるほどのものではないということなのではないかと思います。
2011-02-06 21:31:46@takenoma 内心自体は外からはわかりようがないので、実際に内心の自由の侵害が問題となるのは、ある行為の強制が結果的に内心の自由を侵害したと言えるか否かという形で争われるのだと思います。
2011-02-06 21:34:02その通りだと思います。@mofjd 内心自体は外からはわかりようがないので、実際に内心の自由の侵害が問題となるのは、ある行為の強制が結果的に内心の自由を侵害したと言えるか否かという形で争われるのだと思います。
2011-02-06 21:36:29@takenoma 僕としては、国旗・国歌への忠誠を求めるというのは一度であっても内心に踏み込むことになり19条に反するのではないかと考えています。
2011-02-06 21:37:47もちろん、その通りなのですが、19条の問題は「19条を根拠に保護され得るか」という形で語られることが多いので、先述のように表現してみました。@mofjd 先生のお考えは、帰化申請の審査時に一度だけ忠誠を求めることは19条に反すると言えるほどのものではないということなのではない
2011-02-06 21:38:09@takenoma 芦部先生等も述べていらっしゃるのですが、19条からは国家権力が思想をチェックしてはならないという理論も導かれるとなっています。なので、天皇制への賛否を問うアンケートの強制も許されないと。
2011-02-06 21:47:01@takenoma 賛否を問うこと自体許されないとすれば、忠誠を求めることはなおさら許されないのではと思います。もちろんこれは19条が国民の権利ではなく人の権利であり、絶対的な権利であることを前提としていますが。
2011-02-06 21:48:25@takenoma 裁判所での宣誓の場合、基本的には嘘をつかないことを求められているのに対して、国旗・国歌への忠誠は国旗・国歌が嫌いな人に嘘をつくことを求めることになるので、パラレルには論じられないのではないかと思います。
2011-02-06 21:52:59なるほど。でも、もし人殺しを意図する自由があるなら、裁判所で嘘をつくことを意図する自由もあるわけで、そのような人が裁判所で宣誓を求められるのは、内心に踏み込んだことになるのでは?@mofjd 裁判所での宣誓の場合、基本的には嘘をつかないことを求められているのに対して、国旗・国歌へ
2011-02-06 21:56:28@takenoma 僕の見解では、裁判所で本当は嘘をつきたいと思っている人に、嘘をつかないということを強制することが19条違反になるのではないかとのご指摘だと思います。まず、この場合、内心自体は侵害していない。内心を表に出す段階で嘘をついた場合に不利益を課す仕組みになってます。
2011-02-06 22:30:52@takenoma ここで問題となるのはその目的だと思います。端的に言って、裁判の場で事実を求めるということは合理性があると言えると思います。従いまして、発言の段階での制限は19条違反にならないのではと考えます。内心自体を侵害していませんし。
2011-02-06 22:34:21僕は、犯罪を意図する自由を認めない立場ですが、その立場なら、かかる自由は19条によって保護されないことになります。貴方のように、犯罪を意図する自由を認める立場ですと、その自由は19条によって保護されることになるのだと思います。@mofjd
2011-02-06 22:46:57後者に立った場合、裁判所で偽証する意図を持つことは自由であり、合理性に関係なく、完全に19条によって保護されるはずですね。であれば、偽証する意図を持っている人に「偽証しない」旨を宣誓させることは、嘘を強制することになり、構図としては帰化条件の件と同じになるのでは?@mofjd
2011-02-06 22:48:40@takenoma 僕の立場でも裁判所で嘘をつきたいと思う内心自体は侵害していないことになります。証言行為を制限している。それも合理性のある理由によってです。ここで、帰化条件の場合を考えると、国旗・国歌を嫌いだと思う内心の自由は当然ある。
2011-02-06 23:10:25絶対的に自由なら、そもそも理由の合理性は無関係では?外国人に日本人になってもらうわけですから、宣誓などは一定の合理性があると思います。国家転覆の意図を持っていることが明らかでも、書類がそろっていたら無条件に国籍を与えるというほうが非合理ではないですか?@mofjd
2011-02-06 23:17:38思想の調査が内心に踏み込むのなら、偽証を意図する人への宣誓も内心に踏み込むのでは?@mofjd 絶対的に自由なのは内心の領域にある限りです。表に出る段階では絶対的ではありません。
2011-02-06 23:28:58@takenoma 内心自体が制限されているとは考えません。刑法199条があるからといって、人を殺したいと思うこと自体が制限されているとは考えませんから。
2011-02-06 23:37:56