死体を売る#1 疲れ果てたOL◆3
_会社に帰ったときの居心地の悪さはエルムラの想像以上だった。全体的にピリピリしている。とくに、上司などはカタカタと貧乏揺すりをしている。眉間のしわは深く、エルムラを見るなり睨みつけてきた。 (ああ、例の通達か……) 21
2016-05-22 15:14:43_エルムラは黙って上司に向かって会釈をし、自分の席について納品リストの整理を始めた。死体が無いときはこうして事務仕事をやる。事務員を雇えばいいのにと思ったが、やはり人件費削減とやらだろう。 脳の納品が10件も予定されているのを知った。 (これ大丈夫なのかな……) 22
2016-05-22 15:19:43_もちろん大丈夫ではない。通常業務でも納品が難しい脳を10個。それも希少部位だ。流通制限の対象となり、探すのは難しい。もし納期が遅れたら、取引先の気まぐれな魔法使いが何をするか分からない。 いつもだったら絶望し焦っていただろう。いまは周囲のざわめきが遠く感じる。 23
2016-05-22 15:25:27(知るか) その言葉が彼女の辛さを軽くしていた。まともな待遇だったら責任感も湧くだろうが、薄給でこき使っておいて、こちらの尊厳を踏みにじり、労働力だけをむしり取っている。そんな奴らに捧げる責任感など今のエルムラには無い。 24
2016-05-22 15:30:00_死体は欲しい時には転がっては来ない。忙しそうに四方八方のつてを頼って死体を探す社員たち。まるでジャングルで鳥でも騒いでいるかのように、エルムラは感じていた。エルムラはどこまでも自由だった。 (今私は解き放たれている。私を縛っていたものから解放されたんだ) 25
2016-05-22 15:35:22_苦しかった仕事もはかどる。 (はやく死体来ないかなー。いまならピクニック気分で行けそう) ここまでに5年かかった。5年の歳月を苦しみで過ごしたのだ。エルムラはふと思った。 (この5年間で私が得るはずだったものって何だろう……私は何のために働いているんだろう) 26
2016-05-22 15:39:48_タイプライターを叩く姿はまるでピアノを弾くよう。エルムラは、いまなら分かる気がした。 (そうだ、幸せが無かったんだ。私は、幸せになるために生きてきた……幸せになるために、この世に生まれたんだ) 幸せなんて贅沢だと思っていた。それは幸せを奪う奴らの嘘だって気付けた。 27
2016-05-22 15:46:23_ふっと息を吐き、背伸びをする。上司が血走った眼でエルムラを見ていた。 (そう、関係ないね) 上司がエルムラを呼び、雑用を命じる。仕事の進みが早かったので、エルムラはそれを了承して倉庫へと向かった。そこまでは覚えていた。 28
2016-05-22 15:51:29_頭がガンガンする。体中がギシギシと痛む。声が出ない。薬品の匂いが顔からする。毒物を嗅がされたようだ。目をゆっくりと開けると、薄暗い空き部屋の内装と、無造作に積まれた箱が大量に見えた。誰かの気配がする。関節が焼けるように痛む。身体が麻痺して……力が出ない。 29
2016-05-22 15:56:11【用語解説】 【帝都の法】 帝都の法には2つの種類があり、一方は魔法の使えない市民用に、もう一方は魔法使い用に適用される。魔法は全てにおいて優先されるが、そのパワーバランスを解決するために魔法使いを縛らざるを得ない。今回の流通制限は魔法使い間の不公平感を和らげるためのものであった
2016-05-22 16:09:47