拍子について

『指揮者の仕事術』第4章で触れられている「長短リズム」を出発点に、著者の伊東乾先生にいくつかお尋ねをしました。伊東先生、お忙しい中お付き合いいただいてありがとうございました。
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Takuya Abe @takuja

@itokenstein 1) 流布している強弱による拍子定義に対して「長短リズム」が提示されています。似たことはレッスンなど音楽教育の現場では散発的に語られていると思いますが、纏まった言説としては見かけません。これはご自身では、周囲の言説に対し、どのような位置づけなのでしょう。

2011-02-05 20:59:29
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja よいご質問ありがとうございます。長短リズムについては東京芸術大学の非常勤講師としてソルフェージュを担当した際、細野孝興先生とご相談してもっとも重視した内容の一つ=フレージングと並んで現時点でもっとも日本国内(特に入試レベル)で軽視されている国際必須要件と思います。

2011-02-06 04:32:55
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja 前便の長短リズムとフレージングは実際は一体のもので、レッスンやリハーサルで直接伝えるほうが早く、文字の言説としてどこでどれほど取上げられているか、実はよく認識していません。私も末席に名を連ねます「日本ソルフェージュ教育研究協議会」が鋭意努力しているものと思われます

2011-02-06 04:35:19
Takuya Abe @takuja

@itokenstein お忙しい中、お返事ありがとうございます。質問2です。当該箇所では4拍子を例に、単純に強→長、弱→短という置き換えを行った形で長短リズムを提示なさっています。ここには本の性格に応じた簡略化が施されていると考えるべきでしょうか。

2011-02-06 19:03:15
Takuya Abe @takuja

@itokenstein と申しますのも、アウフタクト(から1拍めへの動き)の重要性(長さについては延びる)という、H.リーマン辺りから局部的には強調されることのあるポイントが、拍子そのものの構成要件として、ここに統合されるべきではないかと思われるからです。

2011-02-06 19:14:59
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja ありがとうございます!大変に重要なポイントで、新書「指揮者の仕事術」はクラシックになじみの少ない方を主要な仮想読者(にする割には踏み込んでますが)とする一般書で、端的な例をスケッチしているだけに過ぎません。ラヴェルやメシアンの仕事でもあらゆる組み合わせが登場します

2011-02-07 01:52:22
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja フレージングの一般論の重要ポイントでアナクルーズ http://fr.wikipedia.org/wiki/Anacrouse やアルシス・テーシス http://en.wikipedia.org/wiki/Arsis_and_thesis の中で考えたい所です

2011-02-07 01:57:36
Takuya Abe @takuja

@itokenstein そうですね、アルシス/テーシスのような詩学起源の伝統的な概念には逆に最終的には議論の中で改めて適切な位置を与えるべきだとしても、そこから出発するのはどうか。しばしばまさにそこから始めつつ的確な拍節論構築をすることに、音楽学は成功し得ずにきたわけでしょう?

2011-02-07 08:30:47
Takuya Abe @takuja

@itokenstein 20世紀になっても、長短格と短長格どちらが音楽の基本かなどという不毛な議論もありました。また、ラヴェル、メシアンまで行くと、様々な要素が重なりすぎてしまうので、当座ウィーン古典派〜ロマン派あたりの拍節に絞って考えておきたいのです。

2011-02-07 08:31:14
Takuya Abe @takuja

@itokenstein ダールハウスすら認めているように、6/8一小節と3/8二小節の違いを、伝統的な拍節論は説明できないという基本的問題があります。強弱を長短にそのまま置き換えただけでは、その点は同じことになります。

2011-02-07 08:31:40
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja こと古典の解釈という点では僕は、音楽学者ではなく演奏家なので、明確に読めそれが表現できるかが問題で理論的な整合性や説明といったことにはオプティミスティックに開かれた考えしかもてない所もあります。古典派は実は典型的でなくむしろメンデルスゾーンやシューマンが端的かなと

2011-02-07 09:52:27
Takuya Abe @takuja

@itokenstein はい。僕自身「音楽学」とか「理論」という単語にはやや違和感があって、僕が望んでいるのは、「まともな」演奏が実際には何をやっているのかをできるだけシンプルに言い当てることば、音楽教育/学習の現場で活かせることばです。

2011-02-07 09:54:05
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja 演奏やレッスンの現場としては、長短も強弱もなく譜面を読んできたとやってくる学生に、鼻も目もないのっぺらぼうの「音だし」は演奏ではないんだよと教える、もっと初歩的な所から立ち上げねばならない現実があります。それを細切れにやられるとアウトなのでフレーズから考えさせる訳

2011-02-07 09:55:02
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja 例えばピアノ科の子にオルガンやチェンバロを触らせるのは、パリの伴奏科などでもやる方法と思いますがアーティキュレーションを長短(でしかつけられないわけですから)で考え(始め)させる教育的によい契機になります。管弦あるいは打楽器への効果的な方法は皆試行錯誤中と思います

2011-02-07 10:16:25
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja 実践で考えると、例えば「ワルツ」的に正解なことが「マズルカ」的には成立していない、といったことが随所に起きることになりますので、解釈とその根拠がクリアに確信と結びつくことが鍵だと思っています。多くの器楽実技の先生が必ずしもこのあたりを教えて居られないのが実情ですが

2011-02-07 10:20:54
Takuya Abe @takuja

@itokenstein まさにその点が何とかならないかと。>必ずしもこのあたりを教えて居られない 流通している一般的な言説としてはAkzentstufentaktlehreしかないわけで。それに対抗する言葉が構築できないかなと思っているわけです。

2011-02-07 10:23:50
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein

@takuja 多分ひとつのヒントは18世紀以降に音楽のリズム論を再構築しようとして(anacrouseだ何だと)アウグスティヌス(古代アフリカ人なわけですが!)以来の詩の韻律を持ってきた辺りに構造的な死角があるんだろうと思っています。20世紀以降はいいんですが古典再読が課題かと

2011-02-07 10:31:44
Takuya Abe @takuja

@itokenstein はい、まさにそのことを申し上げたつもりでした。1700年以前や20世紀以降よりも、クラシックの標準的レパートリーになっているその間の拍節こそ、闇に沈んでいるように見えるのです。

2011-02-07 12:27:32