【ヨジ・ハマミツの手記】

SUMIYU @SUMIYU1987

【ヨジ・ハマミツの手記】 #すみゆ忍

SUMIYU @SUMIYU1987

私の名はヨジ・ハマミツ。平凡な名の、平凡な外見の、平凡な一市民であった私だが、ある数奇なめぐりあわせにより、恐るべき秘密に接するに至った。そして私に残された時間はもう、長くはない。最後に、ことの顛末を記すこととしたい。願わくばこのデータが警告とならんことを。　#smytxt

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私は平凡な家庭に生まれ、仲の良い両親のもとで大きな苦労もなく育った。少年の時分も取り立てて頭の回転が速いわけではなく成績は中程度だったが、それなりに勉学に励み、有名な工科大学を卒業し、職に就いた。カチグミというほどでもないが、生活に不自由することはなかった。　#smytxt

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大学在学時から交際していた恋人と結婚し、一人娘も生まれ、ささやかながら平和な家庭を築いた。とりわけ才能があるというわけではないが、気立てが良く家族思いの娘だ。愛する娘。平凡で平和な生活、家庭。　#smytxt

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あれは、５年前だったろうか。ササベ部長が肥満体を揺らしながら、にこやかな顔で私のところに近づいてきた。 「ヨジ、話があるんだ」 彼は魅力的な副業の話を持ってきた。一人では難しいからパートナーを探している、君なら口が堅し信頼できる、と部長は話を進めた。 #smytxt

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その儲け話は多分に"おいしい"ものだったが、やや怪しくもあり、私はすこし怪訝な顔をして「法に抵触する恐れがあるのでは」と部長をけん制した。だがササベ部長は私の肩を叩き。俺には法律関係に詳しい友人がいるが、違法というわけじゃない、グレーゾーンというやつだ。と言った。 #smytxt

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ネオサイタマの生活も楽ではない。子供の学費もかかる。会社だっていつまでも業績が明るいとは...限らない。私は心にわだかまる不安をもみ消し、儲け話に乗った。 まぁ、ご想像の通りだ。 逮捕され、借金を背負い、会社を追われた。 #smytxt

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私はすべてを失った。いや、全てを失った、と錯覚してしまった。 妻子はそれでも私を尊敬してくれていたし、元気づけようとしてくれた。その笑顔。いちばん大切な財産はあふれるほどに持っていたのだ。 だが私はそれを見落とした。真っ当な職もなく家族に何も与えられない罪悪感。 #smytxt

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世界が絵が灰色になったような気分。IRCやゲームに逃げた。つのる虚無感。日々悶々とする私に、ある日級友から連絡があった。懐かしさに、話に花が咲く。お互いの近況。友人は私のことを心配してくれた。心の病気に向き合うのを助けてくれる良いカウンセラーがいるらしい。 #smytxt

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友人の親戚も、そのカウンセラーに相談してからずいぶんと明るくなったようだ。私は感謝し、連絡先を教えてもらった。次の週末、日雇いの肉体労働で疲れた体をおして私はそこに向かった。家族には、少し気分転換を、とだけ伝えて。 #smytxt

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妻が作ってくれた弁当を頬張りながら電車に揺られ着いたのは、ネオサイタマからやや離れたネオショーナンの緑豊かな海辺の町だった。海はここでも相変わらず汚染されているが、空気はまだましだ。在りし日の世界を思わせる。西に遥かに連なる尾根には古い教会が見えた。 #smytxt

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駅前から少し逸れた一角、洒落た建物が目に入る。お目当てのカウンセラー事務所、だ。ハンドメイド感のある木製看板に、きらびやかな金色の太陽のロゴが踊る。 「コガネ＝ゴゼン　ひかりの家」 慣れないものゆえ少し躊躇したが、意を決してドアを開けた。カランカラン。　#smytxt

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白を基調とした清潔感のある、明るい内装。凝った照明器具。汗臭い下層労働者の休憩所や殺風景な無人ファストフード店に慣れた身には少々まぶしすぎた。昔を思い出す。とてもつらい。 サイバーサングラスをかけた受付の女性に名を名乗ると、すぐに奥に案内された。 #smytxt

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通されたカウンセリングルームは、エントランスとはうって変わって、間接照明に淡く照らされた落ち着いた空間だった。柔らかいソファ。「しばらくおまちください」受付嬢がさがる。 私はしばらくきょろきょろと室内を眺め渡した。古い時代の置時計。趣味の良い花瓶とユリ。 #smytxt

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黒檀の額に入れられた小さな油絵も飾ってある。照明が暗く、よく見えなかったが、若いミコ・プリーステスが黄金の花を摘んでいるような絵だった。 そのとき 「お待たせいたしました、ハマミツ＝サン！」 私は弾かれたようにドアの方に顔をむける。 #smytxt

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満面の笑みをたたえた若い女性だ。可愛らしいが、不思議な雰囲気があった。白いゆったりとした服を着て、両腕には大きな金のバングル。私はなぜか背筋の寒くなるようなものを感じた。 「コガネ＝ゴゼンと申します。ハマミツ＝サン、お話をじっくり伺いますよ。どうぞ楽になさって」 #smytxt

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【ヨジ・ハマミツの手記】 　つづく #smytxt

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【ヨジ・ハマミツの手記】 　つづき #smytxt #すみゆ忍

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「ふーーーっ」駅に向かって足を進めながら、私は大きなため息をついた。心なしか肩のあたりが軽くなったようだ。 コガネ＝ゴゼンのカウンセリングは短時間だったがすばらしかった。いや、短時間に思えただけだろうか。彼女は私の話を残らず聞き、受け止めて、今後のヒントをくれた。　#smytxt

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はじめ私は緊張していたが、彼女の柔らかな物腰と相槌に警戒もほぐれ、心の内を吐露した。彼女は私の目をまっすぐに見て「辛かったでしょう。とにかく自分を責めることはありません、いつでも相談においでなさい」と言ってくれた。私よりずいぶん若いだろうに、不思議な貫禄があった。 #smytxt

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そして驚いたことには、わたしが最後にトークンを差し出すと彼女は笑いながら遮ったのだ。なんでも、カウンセリング料は一通り解決したら払ってもらえばいい、ということだそうだ。他の客にもそうしていて、みんなあとで喜んで感謝に来るという。私はキツネ・ダマシの気分になった。　#smytxt

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コガネ＝ゴゼンのおかげで私の生活が良い方向に向かっていったのは事実だ。心も穏やかになり、仕事も長続きするようになった。家族とのささやかな生活も喜楽しくなり、妻も娘も喜んでくれた。何回か通った後、家族にもコガネ＝ゴゼンのことを話した。　#smytxt

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そうして半年ほどが過ぎた頃だろうか。いつものようにネオショーナンのカウンセリングルームで話をきいてもらった。そろそろ生活も軌道に乗ったし、ここらで一度終えようと思い、今まで料金を払って(これも自分が払いたい額でかまわない、という！)、深く感謝を伝えた。　#smytxt

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オジギをして顔をあげると、コガネ＝ゴゼンはいやに悲しげな目をして私を見ていた。いたたまれない、といった風だ。 「どうしたのですか」 「いえ、あなたが自分とうまく向き合えたようで、うれしいのですけれど…」 「あの、なにかまだ改善すべきところが…」 #smytxt

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「いえね、はっきり言ってしまうと、こんなものは根本的な解決にはならないのですよ」 「えっ」 私には彼女の言わんとするところが理解できなかった。 「いえいえ、あなたのおかげでずいぶんと生活も建て直せたし、楽になりましたよ。毎日が楽しいですし」 その気持ちに嘘はない。　#smytxt