国語辞書の編纂者が「かわちい」の面白さを熱く語る!『今年の新語2023』選考発表会レポート

なるほど「かわちい」は「チク活用」の形容詞になる可能性が
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国語辞書のトップメーカー・三省堂による「今年の新語2023」の選考発表会が、2023年11月30日に東京カルチャーカルチャーにて行われた。

今年スポットを浴びた新語の中から、TOP10に選ばれたのはこちら。

大賞 地球沸騰化

第2位 ハルシネーション

第3位 かわちい

第4位 性加害・性被害

第5位 ○○ウォッシュ

第6位 あくスタ

第7位 トーンポリシング

第8位 リポスト

第9位 人道回廊

第10位 闇バイト

Togetterオリジナル記事編集部は今年も選考発表会に参加し、リアルタイムで発表の様子を見てきた。1位から10位までを見ていただけると分かるように、2023年はどちらかというとシビア・硬派な言葉が全体の大きな割合を占めていた。

言葉のプロフェッショナルによる興味深い選定理由とともに、新語を通じて2023年がどんな年だったかを振り返ろう。

「今年の新語」とは

「今年の新語」は、一般人から「その年によく聞いた、よく見た言葉」を募り、集まった候補の中から辞書を編む専門家が選んだ新語トップ10を発表する企画。

「今年の新語」のポイントは

一時的に爆発的に流行して、その後すぐ忘れ去られる流行語ではなく「将来辞書に収録される可能性がある日本語」を選び、日本語の変化をいち早く捉えること

「今後も日本語として定着する期待が高いかどうか」という基準に重きを置いて、毎年辞書の編者たちによる「秘めたる思い」がドロドロ渦巻く議論の末に選ばれている(らしい)。

左から古賀さん、山本さん、小野さん、飯間さん

選考発表会には『三省堂現代新国語辞典』編集主幹の小野正弘さん、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明さん、『大辞林』編集部編集長であり、『新明解国語辞典』の出版部長でもある山本康一さんが登壇した。進行役は『デイリーポータルZ』の古賀及子さん。(以下、敬称略)

2023年の応募総数は2207通で、被りを除いて1087語の新語候補が集まった。今年はここ数年の中でも特に応募数が多かったようだ。選考委員の皆さんによると「新語はコミュニケーションの場で使われることで生まれ、広がっていく」ものであり、今年は新型コロナが5類感染症に移行したことなども受け、「人と対面でコミュニケーションする機会がより増えたことが応募数増の一因でもあるのでは」とみているようだ。

「地球沸騰化」が笑いごとではない世界に

ここからは、ランクインした10語の中でも、個人的に特に印象深かった選評をご紹介する。

第10位「闇バイト」

第10位となった「闇バイト」は、今年ニュースなどでもたびたび取り上げられて問題になった。

飯間:「闇バイト」を海外から指示していた人が逮捕されて、一気に注目されましたね。闇バイトに寄って来る人は若い人が多いですね。SNSで「儲かりますよ」という甘い言葉を受けて軽い気持ちで参加した人を脅して、足抜けができなくするという、非常に巧妙で悪辣です。

小野:怒りさえ覚えますね。

飯間:「今年の新語」は社会問題を紛糾する主旨ではないのですが…。

ちなみに、飯間先生は「闇バイト」について、言葉としてはあまり興味を惹かれなかったそう。というのも言葉の構成としては「闇」という言葉に「バイト」という単語をくっつけただけのものであり、使われ方としては「闇金融」「闇サイト」といった言葉と同じだからだ。

最終的には、言葉としての興味深さというよりは、2023年に社会問題として一気に周知された言葉であるという社会的な意義を受けて、新語への選定に納得したとのこと。

第9位「人道回廊」

ウクライナ危機によって認知が広がった「人道回廊」。こちらは、2022年の新語の募集時点ですでに得票数が多かったという。なぜ昨年は選外となり、2023年に選定されたのか。

飯間:昨年ランクインしなかった背景としては、「ウクライナ危機」自体がかなり特殊事例で、今後も同じことが繰り返されるような紛争ではないのではないかという視点がありました。その中で生まれた「人道回廊」という用語をことさら辞書に載せなくてもいいのではという考えです。

ところが2023年にイスラエルとハマスの戦闘が起き、また「人道回廊」が作られた。この時点で日本人にとっても特殊で知らなくていいような概念では無くなったなと。

小野先生:言葉としても興味深いですよね。「人道」は一見すると「人が通る道」のことに見えますが実際は「人の道」の意味です。つまり人道回廊を爆撃するといった事態は、まさしく「人の道を外れること」なんですよね。そいういう意味で使われているという点が大事です。

第8位「リポスト」

2023年は、Twitter(現X)のさまざまな要素が根本から覆った年であり、困惑した日本人ユーザーもたくさんいたことだろう。その一つがサービス名をはじめとする、さまざまな機能の名称変更であり、今年の新語で8位に選ばれた「リポスト(旧リツイート)」もその一つだ。

トゥギャッター社も2023年はいろんな意味でX社に振り回されてきたこともあり、選考委員の皆さんが「リポスト」にどんな国語辞書的意味を見出したのかが気になるところ。

山本:飯間先生がけっこう怒ってらっしゃいましたよね。

飯間:私だけでなく、多くの日本人Xユーザーが怒りや困惑を覚えたと思います。サービス名の「Twitter」だけでなく、「リツイート」といった用語など、これだけ情報インフラとして定着していた言葉たちが一夜にして無くなってしまうという。ではなぜ「X」ではなく、「リポスト」のほうを新語に選定したかと言いますと…。

小野:「リポスト」という言葉自体は今までも使われているんですよね。

飯間:はい。情報を拡散する行為を示す言葉として、Instagramでは「リポスト」という言葉を使っていました。Facebookでは「シェアする」、そしてTwitterでは「リツイート」でした。それぞれのSNSによって言い方が違っていたわけですが、今回X社の気まぐれによって「リポスト」がインスタと被ることになりました。

こうなると、「リポスト」はインスタの固有名的な使われ方をしていた言葉ではなくなり、かなり一般性を持った言葉に変化したと言えます。

なるほど、固有名詞としての「X」よりも、言葉としてより一般化した「リポスト」のほうが新語として今後辞書に掲載される可能性が高いというわけだ。

第6位「アクスタ」

アニメやアイドルなどのファン向けのグッズとしてすっかりおなじみになった「アクリルスタンド」。こちらもまた、辞書編纂者から見て日本語的に面白いポイントが含まれているという。

小野:言葉としては「アク」も「スタ」もそれ単体だとちょっと言葉としては意味が浮かびにくいですよね。「アクリル製スタンドのこと」と言われれば分かりますが、「アクスタ」と聞いただけでは何のことかちょっとわかりませんでした。

古河:そもそもアクリルスタンドというもの自体が出てきたのもここ10年くらいの話ですもんね。

飯間:技術の革新もあったのだと思いますが、こうしたグッズを安価で生産できるようになると、「推し活」が捗るんですよね。推し活の裾野が広がってきて、誰でも気軽に推し活するようになりましたが、アクスタのようにその中で使えるグッズがあると大変盛り上がります。

山本:「推し活」という言葉自体も、今年の新語として投票数が多かったです。「アクスタ」と併せて、盛り上がりが連動しているんじゃないかという気がします。

第3位「かわちい」

10位の「闇バイト」に始まり、「人道回廊」「トーンポリシング」「性加害・性被害」などなど、2023年の新語に選ばれた言葉には、社会・倫理問題などに基づいた硬派でシビアなものが多かった。

選考委員の皆さんも折に触れて「全体的なシビアさ」に言及する中、3位の「かわちい」は一転してとても平和で、ひときわ目を引いた。

飯間:「今年の新語2023」の中では唯一やわらかい言葉といえます。「かわちい」はTiktokが発祥とも言われていて、2010年代の終わりからよく使われるようになりました。特にここ1、2年で聞く機会が特にぐっと増えています。

例えば「悲しい」や「恐ろしい」といった具合に、シク活用の言葉は感情を表す形容詞です。「かわちい」は元が「かわいい」なので、「○○しい」の形の形容詞ではなかったのですが、語尾に「ちい」を入れることによって、「うれちい」「おいちい」などと並んで、同じグループの形容詞になったんですね。

小野:「かわちくなった」という活用はするんですかね?

飯間:今は「かわちい!」みたいに、どちらかというと感動詞的な使われ方をされてますよね。

小野:なるほど。「おいちくなったね」みたいな形でも使われるようになれば、まさにシク活用になったと言えるんですが。そういう意味で、「かわちい」はこれからの言葉と言えそうですね。

山本:この場合は「チク活用」と言うようになるんですかね。

飯間:「チク活用形容詞」ですね(笑)。

大賞「地球沸騰化」

大賞に選ばれた「地球沸騰化」は、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が発言したことで注目を集めた言葉。こちらもまた、地球規模の社会問題に直結するキーワードだ。

山本:まさにハードボイルドな言葉ですね。

飯間:今回の新語2023にはハードな言葉が並んでいますが、ハードさにおいてはもうこの言葉を超えるものはないでしょう。地球環境が破壊されてしまえば我々はもう存在できないわけですから。

小野:言葉としては「地球沸騰化」はむしろ滑稽なんですよね。「地球が沸騰ってなんだよ、ゆでたまごかよ」なんて思ってしまうところですが、この言葉が冗談ではなくなっているという点が恐ろしいですよね。

山本:「ゆでガエル」という言葉がありますよね。水の中で安心しているカエルが、少しずつ水温を上がってもそれに気づかずにゆでられて死んでしまうという。

飯間:沸騰しているのに気づいていないと。

小野:私らはカエルなんだ…。

山本:このイベントの趣旨としては、本当はもっと国語的な意味で面白い言葉を選びたいところではあるのですが、今年は「地球沸騰化」にせざるを得なかったですね。

飯間:「地球沸騰化」は国連の事務総長が発言したことで注目されましたが、「今年だけの話題として忘れ去られてしまってはいけない、今年を境に世界はもう状況が変わってしまったんだ」という気持ちも込めて大賞に選びました。

今年も国語辞書編纂者の皆さんによる熱い選評が繰り広げられた。新語は私たちの生活の中でいつの間にか浸透しているものであるが、「いつから、なぜ普及したのか」「日本語としてどんな意味があるのか」といった細かなポイントに着目するとしっかり文化的な背景を見出すことができるのだ。

次のページでは、今回取り上げきれなかった言葉の語釈をまとめてご紹介する。日本語のプロフェッショナルによる語釈を読みながら、2023年がどんな年だったか振り返ってみては。

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