食品衛生責任者の資格をとってマフィンを自作してみた
2023年の秋、ある場所で販売されていた食べ物のトラブルが話題になった。X(Twitter)では衛生管理がずさんだったとか、糸を引いてたとか、いろんな問題が指摘されていて、情報をすべて追いきれないほどだった。
実店舗がある飲食店などで食品の製造・販売を行うには「食品衛生責任者」の資格を持った人の配置が法律で義務付けられている。例のお店の店主もこの資格は持っていたようだが、この資格は講習を1日受講すれば取得できる。それゆえ、資格を与えるハードルが低すぎるのではないかという意見も出ている。
そんな中今回、チョロいと言われる食品衛生責任者の資格を取り、マフィンを作るという一連の流れを体験してみることにした。実際やってみるとわかることもあるんじゃないかと思ったのだーー。
「食品衛生責任者」資格を取りに行く
まずは食品衛生責任者の資格を得るための講習会に申し込んだ。申込み方法はすべて東京都食品衛生協会のサイトに書いてある。日程表を確認したあと申込用紙を郵送すると、数日後に受付票が返送されてくる。受付票が戻るまで、希望の日に受講できるかどうかはわからない。
数日後に受付票が返送され、希望した日に受講できることがわかった。
当日
いよいよ講習会当日、寝坊せずに家を出て会場にたどり着けた。3億年ぶりくらいに、朝から指定された場所に行って授業を受けるので、寝坊しなかったというだけでやり遂げた気になった。
受付で受講料1万2000円を支払い、指定された席についた。会場にはだいたい130人くらいいただろうか。
受付の人たちは全員使い捨て手袋を使って受付作業を行っていたので、衛生管理がここから始まっていると思った。
さて、受講する科目と時間割としては次の通り。最後の確認テストを含めて講義はトータル6時間だ。
最初は食品衛生学の講義からスタート。その冒頭から先生がこんなことを言い出した。
「……本来は、大学で3年くらいかけて学ぶ内容なんです。それを…1日で…やるので…(なんかモニョモニョしだす)ーーかいつまんで説明します!」
ここで講師の先生に必要なのは思い切りだったのかもしれない。内容ごとに「はい、じゃページめくりましょう!!!!」と気合の入ったページめくりを指示されながら2時間半が過ぎていった。
食品衛生学の講義では、主に食中毒の種類の話が中心だった。先生が言うところの「食中毒御三家」であるサルモネラ菌、腸炎ビブリオ、腸管出血性大腸菌(O-157)のほか、黄色ブドウ球菌、ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌、そしてカンピロバクターと8種類の菌について、それぞれがどんな状況で発生するのかをテキストをもとに説明された。
話を聞いていると、食中毒の発生条件はけっこう緩い。特にウエルシュ菌なんかは家庭内でどうやったら避けられるのかと思うくらい簡単に発生する。不安になったが、やるべきことはとにかく「食中毒予防の三原則」をしっかり守りましょう、ということであった。
公衆衛生学と食品衛生法については、HACCP(ハサップ)という衛生管理手法に関する話をメインに進められた。食品等事業者はHACCPに沿った衛生管理を行う必要があると定められている。例えば食事をひとつ提供するまでの温度管理において、この内容が想像の50倍くらい厳しい内容だった。
例えばとんかつ定食の場合、とんかつは熱いうちに提供、ごはんと味噌汁は高温で保管、キャベツとお新香は10℃以下で速やかに保管し、出したらすぐに提供するといった衛生管理基準に従うのだ。これは、有害な微生物が発生しやすい「危険温度帯」に、食品が長い間とどまらないようにするためのもので、その温度帯は10℃から60℃。つまり、人が普通に生活している間の気温も常に「危険温度帯」なのだ…。
飲食店の人たちは普段からここまで配慮しながら食事を出していると思うと、本当に感謝とねぎらいの言葉しか出てこない。
最後にテスト(5問・問題文によみがなが振られた親切設計)を受け、答え合わせ。話を聞いていれば答えられることが中心で、当然、全問正解だった。回答を提出したあと集計が行われて、テストの全問正解率が発表された。80%だった。
ーーこれで講習は終了。資格取得者に赤い手帳が配られ、これでついに私は食品衛生責任者となったーー。
これさえあれば、万一Togetterが急にラーメン屋を開店することになっても手続きがいろいろスムーズになる。
講義の内容は日頃の生活の中でも十分に役立つ内容だったし、衛生管理の重要性が理解できた。わずか6時間、ほんのつかみ程度の知識の講義で資格を与えることについて賛否あるだろうが、一定の感性の持ち主ならこれらの講義を聞いて、衛生観念に対する認識を新たにするのではないだろうかーーと思った。
さあマフィンを作ろう、消費期限は「24時間後」
ここからはいよいよマフィン作り。
2023年師走の半ば、ちょうどTogetter社では忘年会を控えていた。マフィンは忘年会の前日に作り、冷蔵保存したあと24時間以内に誰かに食べてもらうことにした。
私は食品衛生責任者だ、もはや昨日までの自分とは違う。家庭内ではあるが、エプロンと三角巾、マスク、使い捨てのビニール手袋を惜しげもなく使うという体制で臨んだ。
なお、テキストに掲載されていた食中毒の施設別発生状況を見ると、42.28%は飲食店 、18.71%が家庭で起きている。22.55%が「不明」だそうだ(厚生労働省令和2年データ)。飲食店で食事したら体調が悪くなった…と思いきや、調べてみると実は家庭で食べたものが原因だったということもあるらしい。
マフィンはオレンジとマロンの2種を作ることにした。レシピは特に複雑ではない。生地の中にそれぞれの材料を混ぜ込むだけだ。
焼き上がったマフィンは粗熱をとった後、すぐさまラップに包み冷蔵庫で保管。そして次の日、保冷剤を入れたバッグの中に入れて忘年会会場へと持っていった。
「食品衛生責任者が作ったマフィンである」
ところで皆さんはこの青いプレートを見たことはあるだろうか。
飲食店の店内などに掲示し、食品衛生責任者の所在を示すためのものだ。食品衛生法の改正で現在は掲示義務はないが「責任者の氏名を書いたプレートを店内に掲示すれば施設での衛生管理の意識や責任の所在を明らかにしておくという意味では効果的だ」ということで、講習会場で1枚800円で販売されていたのだ。即、買った。
私は忘年会が始まっている会場にマフィンを持っていき、青いプレートを印籠のごとく掲げた。
「食品衛生責任者が作ったマフィン!食品衛生責任者が作ったマフィンだよ!」
と言ったら場がなぜか一瞬だけシンとなった(気がした)。
私はさらに叫んだ。
「早く食べな!昨日作ったばかりのマフィンだ、消費期限は24時間以内さ!」
結果、持っていったマフィンは意外にもあっという間に食べてもらえた。皆私を信じて食べてくれたのだ。無条件で己を信用している相手に対し、示すべきはやはり「信頼の証」、そして誠意だったと言えようーー。
いつかTogetter社が飲食業に乗り出した日には、私が食品衛生責任者です。皆さん安心してください。
(その予定はない)