悪い男に騙されなかった日向

日向 @ike_hyuuga

『あれは時限爆弾なんかじゃ無かった』。以上だ。 私が思うに、あれは保険だな。 榛名と山城の、どちらかが『鬼』を御する事が出来ずに暴れた場合の抑止力だ。貴様はいつでも爆破する事が出来た。 目的は『鬼』の脅威を知らしめる事であって、艦娘の多大な犠牲は望んでいない。だから用意したんだ。

日向 @ike_hyuuga

「…ほう…」 どちらかと言えば負ける可能性があったのは榛名より山城だろうな。最悪『鬼』が新月だけでなく彼女らもなってしまった場合に、ある程度暴れさせたところで機を見て爆破すればいい。 犠牲は増えるが、それでも目的はまだ少ないと言える数で達成できる。 どうだ？ 尋ねる。

日向 @ike_hyuuga

「…艦娘をやめて探偵か小説家にでもなったらどうだい？」 ならば全部正解だったという事かな？ 「…いいや、全部ハズレさ。今後の裁判での発言の参考にはさせてもらうよ。俺は“悪い男”だぜ。妄想お疲れ、日向」 …はぁ、やれやれ。馬鹿だな、貴様は。

日向 @ike_hyuuga

前へ進む。鉄格子の一本を掴み、紫水を睨む。 まだわからないのか。 「…何がだ？」 私は貴様が実は善人だとかそんなのは期待していない。どうでもいい。 榛名と山城や皆の心と身体に傷を付けたのは事実だからだ。それだけでどんな事情だろうと、殺してやりたいくらいだ。 だがな！

日向 @ike_hyuuga

貴様が“悪い男”だったら、貴様を愛した生駒まで見る目が無い女だという事になるんだぞ！ 何故それがわからない！ 「……」 生駒に会った事は無いし、何を考えていたかは知らん。 けど！ 貴様を愛したんだろう!?　紫水を愛し、信じたんだろう!? 彼女の名誉までも、傷を付けるのか！！

日向 @ike_hyuuga

沈黙が訪れる。 紫水の顔は変化を見せず、ただ黙して私の目を見返してくる。 逸らしてやる事はせずに、何かを言うのを辛抱強く待つ。 「日向、君は…」 なんだ？ 「彼女の名誉の為だけに、それだけの為に、ここまで来て話をしに来たのかい？」 そうだ。貴様自身はどうでもいい。

日向 @ike_hyuuga

「…そうか」 うむ。 「……」 ……。

日向 @ike_hyuuga

「ありがとう」 紫水が、それだけを呟く。 ふん。礼を言われる筋合いは無い。 よし、私は満足した。帰る。じゃあな、もう会う事も無いだろう。 告げて、鉄格子を離し踵を返す。 「待ってくれ」 …なんだ？

日向 @ike_hyuuga

「生駒に。生駒の墓に、僕の代わりに謝っておいてくれないか？　日向、君になら任せられる」 『悪い男』が、牢の中で両手を床に着け、頭を下げていた。 しばらくそれを見下ろす。紫水は、土下座の姿勢のまま動かない。

日向 @ike_hyuuga

断る。

日向 @ike_hyuuga

「っ…！　そうか…。わかったよ、すまなかった…」 顔を上げた紫水と目が合う。 やれやれ、こんな話をしに来たんじゃないのにな。 勘違いするな。謝るのなら自分の足と口で行け、と言っている。 「…え？」 溜め息を吐き出し、言葉を選ぶ。

日向 @ike_hyuuga

貴様の犯した罪は列挙すればキリが無い。今貴様が此処にいるのがその結果だな。だが、撃たれた先生は貴様の名を出していない。榛名にも口止めしていた。 一番重い罪はいまだ犯人不明のままだ。 貴様の処分の決定は知る由も無いが、死刑にはならないだろう。 果たした実績も多い。

日向 @ike_hyuuga

いつになるかは知らないが、いつかは外に出れるだろう。 “覚悟”をしていたのなら罰を全て受け入れ乗り越えろ。 “悪い男”であるのならば平然と鎮守府内を闊歩して自分で墓に行け。 その後の事等知らん。もう私は、貴様に興味は無い。 以上だ。じゃあな。

日向 @ike_hyuuga

今度こそ向きを変えて歩いていく。 紫水はもう私に声を掛けてくる事は無かった。 私は他の艦娘達と違い自分勝手だ。自己中心的と言える。何しろ自分の中の正義にしか従わないのだから。 彼の行った事を正しいと言うつもりは無いし、思ってもいない。 それでも。 …たいした男だよ、紫水。

日向 @ike_hyuuga

鉄の扉を開ける。 偶には話相手になってやってもいいかも知れない。 そんな事を思った。 榛名達には言えないな。 まぁそれも、悪くない。 【『悪い男に騙されなかった日向』完】

あの頃の榛名 @harunas_ward

【千代田天龍編は山城榛名程長くない…はず。３章分くらいじゃないかな。】