「ワン・ランナー、ワン・ペデストリアン」

一人の少女はただ走った。その先にある未来を求めて。 一人の少女はただ歩む。今をしっかりと生きるために。 風見SSシリーズとのコラボ作品!
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪の激励を受け、綾波は姿勢を正した。吹雪はそれを見届け、「イヤーッ!」稲妻めいた速度でアバランチに突貫する!「来イ!スイスチーズニシテクレヨウ、艦娘ェ!」アバランチは最早かく乱行動を止め、50体のブンシンと共に主砲を構える。綾波もまた砲を構えた。そして、呼吸した。 40

2016-08-12 22:02:53
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「スゥーッ…ハァーッ…」それは死神の呼吸。彼女が受け継いだ狩人の呼吸。己を調える呼吸。綾波は思い出す。あの時の、吹雪との対峙を覚悟した瞬間の精神状態を。調息が酸素を肺に、血に送り込む。やがて全身の筋肉が、神経が、血の流れが、呼吸が、統一される。全ては、撃ち抜くために。 41

2016-08-12 22:05:31
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「スゥーッ…ハァーッ…!」調息による精神統一の果て、綾波の主観時間が泥めいて凝った。視線の先、風を纏って矢の如く駆けんとする吹雪。砲を構えて嗤うアバランチとブンシン達。綾波は加速した時の中で忙しなく視線を巡らせる。((本物は…どこ!)) 42

2016-08-12 22:07:51
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

巡らせる視線の先、そこには等しく同じ顔、同じ姿。まるで51つ子である!((どれ…どれなの!))綾波は心の中で悲鳴を上げる。調えられた精神はその悲鳴を飲み干す。吹雪は本物を狙撃せよと言った。本物を殺すと言った。ならば、見分ける方法があるはずだ。本物とブンシン体を。 43

2016-08-12 22:09:25
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪の目はまっすぐとアバランチ達に注がれている。殺意によって真っ直ぐに。アバランチ達は吹雪へと照準を合わせた。その視線は、一様に吹雪へと……((違う))綾波は認識する。アバランチ達は、各々が違う方向を見ていた。綾波は気付く。所詮ブンシンとは、本体が操る虚像。 44

2016-08-12 22:12:47
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

即ち、ブンシンは視線を合わせて攻撃することなどない!((なら、視線を向けて攻撃するのは…))綾波は砲の照準を合わせる。砲を構え、一際邪悪に嗤うアバランチに!泥めいた主観時間が、元に戻る!((一人だけ!))「イヤーッ!」 BLAM! 45

2016-08-12 22:14:26
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

全霊を込めて放たれた砲撃は、一切寸分の狂い無く、アバランチの心臓へと、突き刺さる! 「ナ、グワーッ!?」弱兵と侮った者からの致命の攻撃に、アバランチは悲鳴を上げた。心臓が抉られた激痛によって、ブンシン達は瞬く間に溶けて消えた。インガオホー!吹雪の左目がギラリと光った。 46

2016-08-12 22:16:03
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「拙…」「イヤーッ!」「アバーッ!」全ては一瞬の出来事であった。矢の如く放たれたチョップ突きが、アバランチの胸部を貫いていた。鏃たるその右手には煌々と緑の炎光が燃え、容赦なくアバランチを焼き滅ぼしにかかる。「アバッ……コンナ、事ガ!」「ハイクを詠め」 47

2016-08-12 22:18:11
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪はただそう言った。理性と正気と狂気と殺意が、アバランチの心胆を睨み据える。吹雪はジゴクめいた声で促した。「詠むがいい」「アバッ…俺ヲ倒シタ程度デイイ気ニナルナ!」アバランチは青黒い血を吐き、オニめいた形相で死神に対する。 48

2016-08-12 22:20:24
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「俺ヲ倒ソウガ、第二第三ノ刺客ガ必ズヤ貴様ラ人類ヲ害スルデアロウ!ソシテ戦艦水鬼様ガ、提督ガ必ズヤ人類全テヲ深海ノ底ヘト沈メルデアロウ!」「その前に、私が貴方達を全員殺す…!イヤーッ!」吹雪はアバランチの頭部を左手で掴むと、ヤリめいたキックで胴を蹴り砕き、首を引き千切る。 49

2016-08-12 22:22:33
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

青黒い血が海に飛び散る。吹雪は引き千切った頭部を睨み付けた。怒りを以て。「アバーッ!アバババーッ!」「深海棲艦殺すべし!」「アバーッ!……小兵ノ死/揺ラグコト無シ/闇ノ群レ…!」アバランチの頭部は絶叫してハイクを詠んだ。吹雪はただアバランチを睨み続けた。 50

2016-08-12 22:24:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

やがてアバランチの胴体は焼き尽くされ、爆発四散した。「サヨナラ!」爆発四散したアバランチは、風化して塵となって消えていく。綾波は吹雪の背中越しにその光景を見守った。やがて吹雪は、両手を合わせて、祈りの言葉を口にした。「ナムアミダブツ」 51

2016-08-12 22:26:56
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

朝焼けに染まるその祈りは、どこか尊いものに見えた。少なくとも綾波の目には、そう映った。 52

2016-08-12 22:27:07
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ワン・ランナー、ワン・ペデストリアン」#4 おわり エピローグへ続く

2016-08-12 22:27:33

エピローグ

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ワン・ランナー、ワン・ペデストリアン」エピローグ

2016-08-13 18:03:59
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「見事な狙撃でした」監獄島への帰投途中、吹雪は綾波をそう褒め称えた。綾波を見るその左目は、既に元の鶯茶色に戻っている。「い、いえ。そんな」綾波は奥ゆかしく謙遜する。「一発当てただけですし」「その一発が勝敗を分けたのです」吹雪は強くそう言った。その声色は咎めるかのようであった。 1

2016-08-13 18:04:36
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「誇ってください、綾波=サン。でなければ、戦った相手への侮辱になります」「敵への…?」綾波はその言葉を聞き、首を傾げた。脳裏に過るのは先ほどまで繰り広げられた一切の妥協のない殺し合い。「あの、さっきまで罵倒とかしてましたよね?」「言葉の投げ合いもまたカラテです」 2

2016-08-13 18:08:05
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「あの程度で揺らぐならばその程度だということですよ。お互いに」「は、はぁ…」綾波は曖昧に返事を返した。やはり己には理解しがたい世界であるようだった。だが、一つだけ引っかかることがあった。彼女は問うた。「じゃあ、あの…深海棲艦殺すべしって、どういう意味なんですか?」 3

2016-08-13 18:11:26
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「あれですか」吹雪は綾波から視線を外し、前を、どこでもない遠くを見た。「貴方には、この戦いの後の目的はありますか?」「目的…?」それは実際唐突な問いであった。綾波は首を捻る。綾波の、綾香の、己の目的。 4

2016-08-13 18:14:41
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

それは、自分に「艦娘化」を施した者達への逆襲であり、人々を脅かす深海棲艦を討つ事であり、人としての人生を取り戻すことだ。だがそれらは、戦いの中で、或いは戦いの果てで為すべき目的だ。戦いが終わった後の目的を、綾波は想像していなかった。吹雪は目を細めて、己の目的を口にした。 5

2016-08-13 18:17:15
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「私は、この戦いが終わったら、世界を旅してみたいんです」「旅…?」「私は何も知らないんです。生き残るためのカラテ以外に、何もかもを」綾波は怪訝な表情を浮かべた。何も知らない?そしてあの恐るべきカラテ、あの超常の炎光。今、自分の目の前にいる少女は、一体「何」なのだろうか? 6

2016-08-13 18:19:24
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪はその視線に気づき、苦笑して答えた。「私は、人間でも船でもありません。ただの化け物ですよ」「ば、化け…?」「…私は、かつて自分を乗っ取ろうとした船霊を食い殺しました。自分が生き残るために」吹雪は胸の前で手を握る。その顔は苦悩に歪む。 7

2016-08-13 18:21:38
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「その後も、私は殺し続けました。生きる為に、生き残る為に。多くの、生きようとしている者達を」「吹雪さん…」「殺して、殺して、殺し続けて…ふと、周りを見ました。そこには、懸命に戦い続ける人たちがいました。戦争に奪われた明日を取り戻す為に。誰かを守る為に。生きることを、誇る為に」 8

2016-08-13 18:24:34
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪は空を見上げ、手を伸ばした。その手は肉眼では見えぬ星へと。決して届かぬ遠きものへと。「私には、それらが眩く見えました。ただ獣めいて生きる私には、それは尊いものだと思えました。だから、私はせめて、私の殺しは、そういったものを守るために振るおうと決めました」 9

2016-08-13 18:26:57
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