「ロータス戦記1:ストームダンサー」より「第1章:火」 【1:ユキコ】

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ダイハードテイルズ広報局 @dhtls

「ロータス戦記1:ストームダンサー」より「第1章:火」

2016-09-21 22:04:09
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……我らの始まりは虚空。生命が産声をあげる前の、広大無辺なる可能性。やがて二者来たれり。輝かしきロード・イザナギ、創造神にして父なる神。最愛の花嫁、大いなるレディ・イザナミ、万物の母。婚礼の至福を経て、八つの尊き命が生を受く。シマ列島の誕生なり。ー〈万日の書〉より

2016-09-21 22:07:50
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情け容赦ない勢いで、巨大な金棒が少女の顔面めがけて振り下ろされた。その少女、ユキコは、己の行動を悔やんだ。(父様の言うことを、聞いておくべきだった……!)

2016-09-21 22:13:02
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だが未だ諦めてはいなかった。ユキコはとっさに横へと転がり、間一髪で攻撃を避けた。一瞬の後、凶悪な金棒は先ほどまで彼女の頭があった場所を叩き、ツツジの花弁をオニの肩の高さまで、燃え盛る火の粉のごとく舞い上げた。そこにいたのは、オニ。恐るべき悪鬼(デーモン)の眷属に他ならなかった。

2016-09-21 22:18:08
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金棒を構えてユキコを見下ろすこの恐るべきデーモンは、身の丈4メートル弱。鉄の装身具で補強された牙と爪。全身から立ち上る墓穴じみた悪臭。髪は燃えるように赤く、肌の色は磨き上げられた夜のように青い。その両目は葬列の蝋燭めいて妖しく光り、暗い森の中で鬼火の如き軌跡を描く。

2016-09-21 22:21:30
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強大だ。オニの両手に握りしめられたその金棒ですら、ユキコの身長の倍はある。まともに喰らえば、ただの一打ちで命が奪われるだろう。そうなれば、あの海緑眼のサムライとは、二度と会えなくなるのだ。「……あきれた」ユキコは自嘲気味に舌打ちした。「こんな時にまで、彼の事を考えてるなん……」

2016-09-21 22:26:37
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「オオオオオ!」オニが唾を吐き散らし、威圧的に吠えた。「ッ……!」ユキコは気圧され、思わず息を呑んだ。後方の廃寺院から、凄まじい数のスズメが一斉に飛び立った。乱れ雲の間で雷が走り、あたりを真っ白に照らした。果てしない広野を。仲間とはぐれた十六歳の少女を。地獄より彷徨い出た悪鬼を。

2016-09-21 22:29:18
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ユキコは敵に背を向け、逃げた。四方八方に枝葉を伸ばす木々が、緑腐病の悪臭を放つ深い茂みが、ユキコの行く手を阻む。しなった枝がムチのように彼女の顔を叩き、装束を裂く。雨と汗が肌を濡らす。ユキコは右腕に刻まれた〈狐〉の刺青に触れ、その九つの尾をなぞり、祈りの言葉を唱えながら、駆けた。

2016-09-21 22:35:18
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オニは彼女を追い続けてくる。ユキコが巧みに茂みの中を駆け、木の根を跳びこえ、枝葉の下を潜り抜けて逃れるたびに、すぐ後ろから悔しげな吠え声が聞こえるのだ。オニが諦める気配は無い。むしろ、ますます熱狂していた。「父様ァ!」ユキコは叫んだ。「カスミ!アキヒト!誰でもいいから、助けて!」

2016-09-21 22:38:53
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だが応える者はなかった。代わりに、前方の木が叩き斬られた。刃渡り2メートル超の大剣の一振りで、真っ二つに切断されたのだ。バサバサと落ちる緑の葉を浴びながら現れ、彼女の行く手を塞いだのは、新手のオニであった。墓石で作られた仮面を被り、唇には錆び果てた鉄輪がいくつもピアスされていた。

2016-09-21 22:42:49
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ユキコは咄嗟に、斜め前方へと飛びこみ前転を打った。横薙ぎに振り抜かれたオニの大剣が、頭上を掠める。切リ裂かれた長い黒髪がひとふさ、枯れ葉の上に舞い落ちる。ユキコはそのままオニの横をすり抜けようとした。…しかし果たせなかった。蓮蝿めいた早業で、オニは彼女の体を掴み、締め上げたのだ。

2016-09-21 22:46:36
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「……ッ!」火傷するほど熱いオニの体温を感じ、ユキコは恐怖に喘いだ。視界がぼやけ、オニの首に掛けられた数珠と、そこに刻まれた冒涜的なカンジが揺らめいた。最初のオニが追いつき、愉悦の唸り声を上げる。ユキコを捕えたオニは、大顎をだらしなく開き、黒い大蛆虫じみた舌を歯の間から垂らした。

2016-09-21 22:50:19
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……まだだ。ユキコは咄嗟に短刀を抜き放ち、オニの手に突き立てた。刃渡り15センチの鋭い鋼鉄が、柄の根元まで深々とオニの肉を貫いた。まき散らされた黒い血が、ユキコの肌の上で、煮え立つように不気味に泡立つ。オニは激痛に呻き、ユキコを近くの杉の木めがけて放り投げた。

2016-09-21 22:55:05
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太い幹に後頭部を強打し、ユキコの体は動かなくなった。そのままずるずると地面に落ち、壊れた人形めいて手足を投げ出した。(そんな……!)ユキコの手に握りしめられていた血塗れの短刀も、力無く、泥の中に落ちた。視界が暗くなり、闇が彼女を呑みこもうとしていた。(こんな終わり方なんて……!)

2016-09-21 22:58:27
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ユキコは宙を引っ掻くように、死に物狂いで手を動かし、闇を払おうとした。(こんな終わり方なんて……!)オニの笑い声が近づいてきた。……ユキコはあの子供の悲鳴を思い出した。帝都カイゲンの〈大市場〉、ロータス・ギルドの積み上げた火葬薪の中で、生きながら焼き払われた、あの子供の声を。

2016-09-21 23:02:24
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手を貫かれたもう一匹のオニも近づいてきた。暗がりの中で唸り声を上げ、だらりと垂れた舌を口の中に引き戻しながら、ユキコのそばへと歩み寄る。彼女に一撃でとどめを刺すべく、大剣(グレイトソード)を高々と掲げながら。空に雷光が走り、オニの大剣の刃を照らした。ユキコは、それを仰ぎ見ていた。

2016-09-21 23:07:23
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無慈悲なるとどめの一撃が、ゆっくりと振り下ろされる。ユキコの体感時間は、泥の中を這い進んでいるかのようにスローモーションになっていた。彼女はまた、己の父を想起した。あの時、父からの一生に一度の言いつけを、守っていればよかったと。

2016-09-21 23:11:06
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その時だ。上空で凄まじい雷が鳴った。ほぼ同時に、白い影が茂みの中から勢い良く飛び出し、背後からオニに襲い掛かった。それは鋭いカミソリの如き疾風!青い火花!荒々しくはためく翼!白い獣はオニの背を勢い良く切り裂き、血に塗れた嘴でその肉を喰いちぎった!オニは甲高いブザマな悲鳴をあげる。

2016-09-21 23:14:10
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「オオオオオ!?」もう片方のオニが唸り、金棒を振り回して、謎の襲撃者へと迫った。闇の中、風を切る鋭い音が鳴る。空振りだ。間一髪、謎の獣は翼を強くはためかせ、上方に跳躍しこの攻撃を回避していたのだ。飛び立った獣の足元にはつむじ風が起こり、落葉やツツジの花弁が弧を描いて舞い上がった。

2016-09-21 23:18:37
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空振りし、狙いが逸れたオニの金棒は、全力の勢いで仲間の肩へと叩き付けられた。衝撃でオニの骨は盛大に砕け、粉々になった背骨が、湿った黒いガラス片のように周囲に飛び散った。この不運なオニは地面に倒れ、絶命した。最後に吐き出した黒い蒸気じみた息が、恐怖に震えるユキコの顔を覆った。

2016-09-21 23:21:28
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一方、謎の獣は、やや体勢を崩しながら着地し、血染めの鈎爪を地に深々と突き立てた。オニは仲間の死体に一瞥をくれてから金棒を握り直した。そして獣に対して挑戦的な唸り声を上げると、金棒を高々と掲げ、突撃した。殺し合いであった。獣とデーモンは真正面から衝突し、壮絶な殺し合いを繰り広げた。

2016-09-21 23:24:10
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ユキコは両目を覆っていた黒い粘液を拭い取り、方向感覚を取り戻すべく頭を振った。覚束ない視界の中、暗闇の中で動く何かのシルエットが見えた。それは黒い血飛沫に汚された、白いツツジの花弁のようであった。彼女は何者かの骨が軋み砕ける音と、オニが息を詰まらせる時のおぞましい音を聞いた。

2016-09-21 23:29:11
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そして長い静寂が訪れた。ユキコは座り込んだまま、呆然としていた。両目の奥、頭の中で何かが脈打つように、ズキズキと痛んだ。やがて白い獣が、影の中から現れた。その翼はオニの返り血で黒く染まっていた。獣は頭を低く下げ、ユキコのもとへゆっくりと近づいてくる。喉の奥から唸り声を発しながら。

2016-09-21 23:32:14