神の化身モーツァルトへの怒りに時制はない論

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uroak_miku @Uroak_Miku

26)回想シーンにまた切り替わって、若アントニオが楽譜をのぞきこむ。演奏が終わった後なので指揮台には誰もいなくて、堂々と目を通せるから。そこに老アントニオの声が重なる。

2016-10-01 23:00:27
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27)"This was no composition by a performing monkey. This was a music I had never heard."(猿回しのサルの作曲なんかじゃなかった。かつて聞いたことのない音楽だった) 過去時制で語られる。

2016-10-01 23:01:52
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28)画面は回想シーンで若アントニオが映っているけれど、語りは老アントニオ。つまり「今」は老アントニオのほうで、若アントニオは「過去」。それで過去時制で語りが画面に重なる。 pic.twitter.com/iwwKhOZjiD

2016-10-01 23:13:39
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29)面白いことに老アントニオが知りえなかったこと(例えばモーツァルトが自分の雇い主に叱責される逸話)が出てくる。厳密には回想シーンではないわけです。語り手が知りえなかった話なのだから回想のしようがない。ところが映画には出てくる。 pic.twitter.com/t60yJvLSWz

2016-10-01 23:18:48
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30)「過去」と「今」の時制関係を少しずつ揺さぶる演出です。回想シーンが次第に「今」になっていく。

2016-10-01 23:19:56
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31)"All l ever wanted was to sing to God. He gave me that longing, and then made me mute. Why?" pic.twitter.com/6o7VLLOvQi

2016-10-01 23:23:07
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32)「私のすべての望みは神に歌いかけることだった。神はその熱望を私に与えておきながら、才能は拒否した。なぜだ」 原文は過去時制なのでここでも過去ニュアンスの日本語にしました。老アントニオが「今」で、挫折を味わった若アントニオが「過去」なので過去時制で老アントニオは語る。 pic.twitter.com/VfzNgJ1sbg

2016-10-01 23:27:27
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"There she was. l don 't know where they met or how. There she stood!"(彼女が立っていた。どこでどうやってモーツァルトと知り合ったのかはわからない。とにかく立っていた) pic.twitter.com/0idqzwQudY

2016-10-01 23:31:51
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教え子であり、心ひそかに好いていた人気歌手がどういうわけかモーツァルトの新作オペラで主役を張っていたのに衝撃を受ける若アントニオ。老アントニオが当時の気持ちを語る。過去時制と現在時制を交互に使いながら。

2016-10-01 23:33:54
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35)神は自分ではなくモーツァルトの味方だとついに悟ったアントニオは、自室の十字架を暖炉にくべて燃やしてしまう。

2016-10-01 23:36:57
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36)"From now on, we are enemies. You and l."(神よ、貴様とは今からは敵同士だ)

2016-10-01 23:40:36
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37)老アントニオと若アントニオがこのとき同じ時制の上に立つのです。「過去」と「今」の関係でなくなって、老アントニオは若アントニオの内心の声そのものとなる。老と若がいっしょに「今」を生きていく。 pic.twitter.com/mdN6ybUTLu

2016-10-01 23:42:58
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38)分析するたびに惚れ直してしまう映画です。

2016-10-01 23:43:47
uroak_miku @Uroak_Miku

39)ところでこの映画で描かれるモーツァルトを『星の王子さま』に出てくるあの王子になぞらえた評をどこかで読んだことがあります。当時は『王子』を読んでいなかったのですが後で読む機会があって、なるほど似ていると思いました。 pic.twitter.com/K6Jp4auYBn

2016-10-01 23:46:42
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40)航空郵便の飛行士とおぼしい「私」が、砂漠に不時着してさまよっているとき王子さまと遭遇し、その無邪気さに振り回されながらも心惹かれ、王子の死を看取った後もとの世界に生還する。アントニオもモーツァルトの死を看取り、その後ずっと彼のことを振り返るのです。似てませんか。

2016-10-01 23:49:15
uroak_miku @Uroak_Miku

41)フランス語は時制が英語より複雑です。『王子』もまず複合過去で語りが始まり、王子さま登場後にいつのまにか単純過去になって、ときどき半過去が混じって、また複合過去形に戻って幕が下りる。

2016-10-01 23:51:11
uroak_miku @Uroak_Miku

42)日本語は時制が緩いけれど代わりに「~た」「~だった」「~のだった」「~のである」など多彩な文末があるので、それで『王子』の時制変化をうまく訳文ににじませられる。

2016-10-01 23:53:12
uroak_miku @Uroak_Miku

43)別の機会にそれも論じてみます。

2016-10-01 23:53:39
uroak_miku @Uroak_Miku

44)36の続きを論じ忘れていました。老アントニオはこう続けるのですが、現在時制で語るところに注目です。"Because you choose for your instrument a boastful,lustful, smutty, infantile boy,"

2016-10-02 01:02:18
uroak_miku @Uroak_Miku

45)”and give me for reward only theability to recognize the incarnation.”

2016-10-02 01:02:35
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46)「あなた(神)はおのれの楽器として下品で卑猥で甘やかされたクソガキを選び、私にはご褒美としてその天才ぶりを認識する能力しかくださらないのか…」

2016-10-02 01:05:43
uroak_miku @Uroak_Miku

47)過去時制でもいいはずなのに現在時制。これは事実関係を淡々と(怒りをこらえて)語っているからです。「ああ目の前の信号はいま青で、その向こうの信号はまだ赤だ」ぐらいの感覚で。

2016-10-02 01:07:42
uroak_miku @Uroak_Miku

48)過去時制にすると、このセリフのなかに「今」との対比ニュアンスが含まれてしまうので、アントニオとモーツァルトの対比に目がいかなくなる。それを恐れて現在時制でアントニオには語らせているのでしょう。 pic.twitter.com/z8rFMCqDAM

2016-10-02 01:11:05
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