不知火に落ち度はない特別編 「財前提督物語」

そんなわけで、今回は特別編。 ボルネオ島在住の財前提督のお話です。 彼が何故にボルネオ島に送られ、過ごしてるかの物語。いろいろ面倒くさい人のようです。 よろしければのんびりごらんください。 続きを読む
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不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「何かを例えて地獄と言う習慣はあるが、あれも一種の地獄だろうな」 ベッドの上から一歩も動けず。 食事を一人で取ることも出来ず。 一人で息すらも出来ない。 そして治療の見込みもない。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:19:09
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「両親はどうしていた?」 「それを聞くか。疲れた顔の母親がたまに顔を出して、動かない我が子の顔を見てたよ」 ただ、見て。何かを幾つか話し。 そして、ただ事務的に帰って行く。 彼女を縛る社会的な立ち位置の、証明をするかのように。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:28:17
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「重度のALS患者が、病院からも嫌われるのは知ってるか?」 「いや。寡聞にして知らない」 「長期間居座られれば、病院としては赤字になるからな。普通は追い出すんだ」 「医療制度の問題か」 「日本のな。だが、その病院は違った」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:30:03
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「資金提供を、幾つかの会社から受けていてな。さらには、TVなどからも資金援助があるお陰で『彼女』はベッドを一つ与えられていた」 「……見たことがあるな。24時間TVでやってなかったか?」 「ああ。感動ポルノの材料だ」 財前は言葉を続ける。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:31:57
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「テレビで見たときは8歳ぐらいだったか。彼女は」 「彼の診たときは10歳だったよ。あれは『人間、10歳、女』とタグの付いたオブジェだった」 ベッドから動けず。言葉も話せず。 自力で呼吸も出来ず。 排泄も食事も他人の手が必要で。 尊厳などどこにもない。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:34:53
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「TVからの『感動的な台詞』の提供も。動けぬと知っていての看護師からの応対も。あらゆるものを受けながら、彼女は生きていた」 自らでは笑顔も作れず。 大人の都合で生かされて。 そんな『オブジェ』の面倒を見ながら、投薬と結果のデータを集める。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:38:38
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「最初は彼も、そういう『オブジェ』として扱っていたんだがな」 何も話さず。淡々とその日のデータを集め。 栄養の点滴を取り替えて、排泄物の処理をする。 そうして、報告し一日を終える──それを一年続けるだけの仕事だと。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:40:50
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「それが狂ったのは、感動ポルノの材料集めの取材が終わった後だった。何の気なしに聞いてしまったんだよ、そいつは」 「何をかな?」 それは研修医の素直で、決して出してはいけない疑問だった、と財前は言う。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:42:44
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「死にたくならないか? とな」 財前は笑いながら、言った。 嘲るように、罵るように。 何を? 何かを。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:43:55
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「言葉の返せない相手と、どう会話すると思う?」 「さあ。呼吸のモールス信号とか?」 「目だよ」 財前は目を指さし、眼球を動かして答える。 「眼球運動で、何を言いたいか。それだけは辛うじて伝えられたんだ」 そしてその答えは── #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:45:46
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「生きて、みんなのために働きたい、とさ」 目を伏せ。 財前はそう、吐き出した。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:48:33
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「その晩、研修医は吐くほど飲んで、朝には腹の中の全部を吐き出した」 「軟弱だな」 まったくだ、財前は言葉を続ける。 受け取るものは悪意も多く、しかし避ける術はなく。 一切合切を他人の手に委ね、辛うじて生かされてるだけの彼女は。 それでも、生きたい。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:50:52
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「ただ、生きたいだけなら、浅ましいと思ったろうな」 彼女はいつか、その行為を相手に返せると。 それだけを綱に、全てを受け入れていた。 あらゆるものを受け入れ、ベッドの上からその日を待ち望んでいた。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:52:33
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「その日から、研修医は彼女の病室に用がなくとも通うようになった」 「ほう? オブジェの閲覧にか」 「いや。尊厳ある『人間』として扱うためにだ」 笑みを浮かべたまま、財前は酒を一つ飲む。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:54:12
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「笑える話だ。利益目的で近づいた奴が、患者に入れ込んでしまったんだ」 「いい話じゃないか」 「道化の話だ。その日から、研修医は様々なアプローチを彼女に行った。と言っても、大した内容じゃないがな」 本を読み聞かせ、テレビを映し、窓を開けて天気を語る。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:57:38
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

動かぬ彼女と、一方的に話し続ける研修医。 それは奇妙な光景に見えたことだろう。 そんな奇妙な光景の日々が──積み重なり。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 10:59:31
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「そうして、研修医は人生の指針を変えることにした。脳神経外科医の方向にな」 「なんともいい話だが──さて、その研修医はどうなったんだ?」 日向は、財前を見ながら言う。 財前はそれに、笑みを深くして答える。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:04:17
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「終わりが来たのは、研修医が担当して1年と3ヶ月後だったよ。資金が打ち切られてな」 その研修医は他人事だと思っていたが──深海棲艦の出没が起因した話だった。 TVは感動ポルノの方向を切り替え、製薬会社も手を引いた。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:06:11
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「結果、どうなると思う?」 「彼女は死ぬ。結果が早いか遅いかだろう」 「研修医もそう思った。だから馬鹿な真似をしでかそうとしていた」 「どんな馬鹿な真似か教えて貰っていいか?」 「いいとも。そいつはな──」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:07:42
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「あらゆる手段を講じて、金を掻き集めてその患者を生かそうとした。実家の株の持ち出す算段も立て、あらゆる方向に働きかけてな」 「上手く行っていたら、今頃映画化されていただろうな」 「全くだ。当然惨敗したんだが──現実はもっと、さらにクソったれでな」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:09:25
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「資金集めに奔走した研修医が、ベッドに戻ると──彼女は居なくなっていた」 「死んだか?」 「だったら、それはそれで、マシな人間が残ったろうな」 だが、現実はさらに別の方向に流れた。 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:11:08
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「政府機関からの要請により、彼女は病院を『退院』し新たに統合された軍施設に移された」 「……そういえば、時期が重なるな」 自分のことを語るように。 日向はそう囁いた。 「そうなれば、研修医では情報を集めることは出来ない。そこまではわかるな」 「ああ」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:13:35
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「研修医に出来たのは、実家のコネクションを使って軍へ橋渡しをしてもらうことだ。幸い薬には、そう言う強いパイプがあってな」 「なるほど。そして軍医でもなったか?」 「当初はそのつもりだった。が──事情はどんどん狂っていった」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:14:54
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

「そこから2年。機密情報を掻き集めてつなぎ合わ、その元研修医が得たものは──」 グラスに力が入り、酒が揺れる。 その研修医の人生の足跡を示すように。 「少女は──艦娘として、実戦配備されることになった、って話だ」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:17:52
不知火に落ち度はない @otinui_yamoto

艤装との接続に使われるはずの技術。 それが彼女には幸い、全てプラスへと働いた。 彼女は望んでいた、その時をとうとう、迎えたのだ。 「眼球しか動かせないはずの少女は、自分の足で歩き、自分の手で砲を掴んで戦うことになった。『みんなのために』な」 #不知火に落ち度はない

2016-09-03 11:21:13