不知火に落ち度はない特別編 「財前提督物語」
笑いが木霊する。 二人しか居ない執務室に、財前の笑いが。 「つまり、研修医のやったことは全て無駄で、彼女は勝手に救われてしまったわけだな。実に皮肉だ」 「ああ。だが、それで良かったと言えば良かったんだろうさ──」 研修医はまるで救われていないが。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:24:31「で、研修医はどうなったんだ?」 「今更製薬会社に戻る気もなくなった。軍の中でそれなりの働きもしたからな」 様々な感情があった。だが、それらを全て飲み下して、研修医は一つの道を選んだ。 「だから、機密情報と実家のパイプと功績を盾に、提督になった」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:28:04それが財前五葉の始まり。輝かしさも、栄光もない。 ただ、金とコネと情報だけで生まれた提督がそこにあった。 「なるほど。ちなみにその艦娘とは黒髪だったりしないか?」 「ああ。黒髪で、遠征の度に変な菓子を買ってきて、こちらの気分をげんなりさせる奴だ」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:30:05「だが、おかしいな。つじつまが合わない」 「これで済ませた方が、気が楽じゃないか」 「つじつまが合わない方が、気になる」 続けろ、と日向は言い。 財前は、不承不承に話を進める。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:31:24「当初、その提督には若葉という秘書艦が与えられた。素人の提督が振り回される姿は容易に想像が付くだろう」 「ああ。だが、日本にいた。私の知ってる財前五葉は、ある現場を押さえられたと聞いたが」 それも話せというのか、とため息を吐き。 財前は続ける。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:32:54「お望み通りに話してやる。それから手を回して初霜を所属させ、秘書艦を交代させた」 「そうして感動の再会となったと。おめでとう。順風満帆に船出が始まったな」 「初霜に欠陥があるのを、除けばな」 カーテンが部屋の隅に影が落ちる。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:35:12「欠陥? 聞いたことがないが」 「本人が一切語らないだけで、欠陥があった。初霜はな」 ──艤装に生かされている。 財前は重々しく吐き出した。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:37:53「艤装とのリンク接続が切れると、元のオブジェに戻る」 「……。考えて見れば、道理だな。何もかもがうまくいくわけじゃない」 「ああ。艤装が機能停止すれば死ぬ、艤装から一定距離離れれば身体が停止して死ぬ」 指折り数えながら財前は続ける。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:40:13「つまり、あいつは本当の意味で艦娘になってしまったわけだ」 「艤装解体もできない、か」 「艤装からの供与がなければ、一人で息もできなくなるからな」 「まったくそんな風に見えなかったな」 「そういうのは得意なんだ」 吐き捨てるように、言う。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:44:41「本人はそれを苦にもしてない、と」 「あいつは、誰かの為に働けるならそれでいいんだとさ」 そこに自分の身体も、自分の未来も、自分の命さえ含まれていない。 故に状況を選ばず、負傷も顧みず、ただ使い果たそうとする。 己でない、誰かのために。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:49:16「見えてきたな。筋書きが」 「そうか、見えてきたか。だいたいその通りだ。小耳に挟んでな」 提督に関する、とある罰則を。 南国の島にまつわる話を。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:50:38「若葉の居る時を狙って、初霜を犯した」 「ずいぶん呆れた真似に出たものだ」 「丁度、俺も鬱憤が溜まっていたのがあった。八つ当たりも含まれてるし、初めての時は──見物だったよ」 「それはそうだ。だが、私の呆れたとは、そっちじゃないぞ?」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:54:41「若葉が居る時を狙って、とは。知ってたんだな」 「知ってたとも」 若葉の恋慕を。 彼女の視線に含まれていた者を。 その純情の末路を。 「だが、俺には都合が良かった。すぐさま翌日連絡が来た」 「若葉のその時の顔を見せてやりたいな」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 11:56:54「あいつの泣き顔など、どうでもいい。俺に必要なものは別にある」 「未だに君に、ついてきてる気持ちも察してやったらどうかな?」 「察してるとも。だから時々寝てる」 「トレンディドラマも真っ青だな」 「首を絞めてやると喜ぶ」 「悪趣味め」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:00:48「やっとこれで合点がいったよ。この基地の不自然さは君が作った訳か」 「そうだ。遠回りに遠回りを重ねて作り上げた南国の庭だ」 ここは、歪に作られたサナトリウム。 初霜になった、少女のための。 財前の作り上げた、初霜を入れておくためだけの鳥籠だった。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:04:19「さて──それじゃ、納得も行ったし、私もそろそろ出るよ」 「ああ。さっさと出ていけ、これでお前は用済みだ」 グラスを逆さに置き、日向は酒瓶を片手に立ち上がる。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:09:46「それでは、もう会うこともないだろう。私達の後任は、英国派遣のウォースパイトだったか」 「偽物の、な」 「偽物の基地には相応しいだろう?」 「そういうことだ。サナトリウムに今更一人増えてもな」 日向は酒をバッグにしまい込む。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:12:20「せいぜい上手くやることだな、砂上の楼閣の主」 「心配無用だ。チベットスナギツネ」 そうして、ドアから出ていくはずの日向が、足を止めた。 「そういえば、私も話しておこう。私がここに流されていた理由」 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:14:21「ほう。すぐ忘れるが、聞かせて貰おうか」 「私は元自衛官だ。第4航空団飛行群、第11飛行隊所属のな」 手にした帽子のエンブレムを見せて。 日向はそうして去って行った。 後に残るはグラスが二つと── #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:25:19「それは、上も扱いに困るわけだな」 笑う財前。それだけが午後の南国の基地に残されたのだった。 #不知火に落ち度はない
2016-09-03 12:27:27あとがき&おまけ
と、いうわけでおしまい。 財前さんの起こした事件のそのお話しとかのいろいろでしたり。 ひゅーがーさんは、日本に帰っちゃったよ。 おつきあいどもでした! #落ちぬい
2016-09-03 12:28:26ウォースパイトが偽物ってなに?
この話ではお飾りのウォースパイトなのです。
ここだけのはなし。 このお話では、ウォースパイトさんは「英国が用意した、ウォースパイトという名前の看板娘」的なやつです。 本国には真のウォースパイトがおりますが、『秘密にしておきたい艦娘』のウォースパイトだそうです。 #落ちぬい
2016-09-03 12:30:02