映画『聲の形』徹底分析

4回観て、分析してみました。これは一つの仮説です。もし、ご興味を抱かれたとしたら、ぜひとも、もう一度映画をご覧になって確認してみてください。
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富崎学 @manaboo2009

『聲の形』植野はある意味他のどの男共より「男前」であるだろうし単なる独善者でもあるだろう。だが筆者としては彼女の将也をめぐっての迷いや葛藤が垣間見るにつれ彼女がはっきりとした資格を持たずただただ自分の思いに忠実に硝子を断罪するところに感銘を受ける。それが健常者の自分のスタンスだ。

2016-10-17 23:50:29
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』改めて思い返してみると将也がイジメていたこととイジメられたことから深いトラウマを負っているのに比べ硝子にはそうしたトラウマが一見して一切感じられない。おそらくこの点がこの物語に違和感を覚える人たちの根本的な疑問であろう。この問題には是非なんらかの答えを与えねばならない。

2016-10-19 22:42:02
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』考えられるのは硝子は本当にイジメられていたという認識があったのかどうかということ。これは非常に微妙なところである。観覧車で植野が言う「親に告げ口した」というのが当たらないことは言うまでもない。イジメの発覚は補聴器の異状でありその意味では植野は決定的な間違いを犯している。

2016-10-19 22:50:07
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』大事な補聴器を弄ばれることはもちろん、砂や水をかけられる、足をかけられる、黒板や筆談ノートに落書きされる、仲間はずれにされる…やはりこれをイジメでないと受け取っていたとみるのは無理がある。だが将也が「耳元」で大声を出したことに不思議な嬉しさを感じていたことも事実だろう。

2016-10-19 23:03:17
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』硝子はマゾなどという短絡を超えた彼女の気持ちに想像力を寄せよ。答えのひとつは上映前に配布される小冊子「Special Book」にある。彼女は幼い頃から「外傷」に対して普通ではない我慢強さを示していたのがわかる。これは一体どういうことなのだろうか?

2016-10-19 23:16:32
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』もしかすると硝子はあらゆる「外傷」を幼少の頃から内化していたのかもしれない。クラスからなされた行為をイジメだという認識はもちろんあったろう。だが、その原因を常に自分のせいだと思っていたのだとしたら…だからこそ彼女はいつも謝っていたのだし、自分を肯定できなかったとすれば…

2016-10-19 23:26:04
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』だとすれば、硝子の自己否定は、将也のイジメる側からイジメられる側への転換というようなトラウマなんかより相当根深い深刻なものだったと言えまいか?だからこそ観覧車で硝子は植野に「自分は自分が嫌いだ」というのだろうし、ちょっとしたきっかけで自死へと走ってしまったのではないか。

2016-10-19 23:33:07
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』硝子の普通でない我慢強さと自己評価の低さ、それは単なる彼女の性格ではなく、表面からはわからない幼い頃からの積極的消極的ななされてきたイジメの(差別の)影響であることは明らかだろう。彼女は誰も恨まない。その代わりに自分を責めてきた。彼女の自殺は決して短絡的なものではない。

2016-10-19 23:43:29
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』将也がラストで意識を回復して橋の上で邂逅する時硝子に「君のこと都合よく解釈してた」と言うのは彼女の儚さをやっと理解できたからに他ならないだろう。硝子は果たして自己肯定の機会を得ることができたのだろうか?植野の断罪や家族の悲しみが彼女を大きく動かしたことだけは間違いない。

2016-10-19 23:53:16
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』意識を回復した将也との邂逅で将也に許しを請われ、真の友達になって欲しいこと、自分を助けてほしいことを頼まれる。彼女はそれを引き受ける。とりあえず彼女は将也のために生きていくことはできる。だが、それが自己肯定ではない。彼女はラストで仲間を得る。彼女の人生はこれからなのだ。

2016-10-20 00:02:16
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』さて将也だ。本来彼は硝子と和解できればそれで解放されるはずではなかったか?実際、将也は映画の割と早い段階で硝子と友達になることにとりあえず成功する。しかし、それでも彼は解放されたわけではなかった。一体彼の悩みの本質は何だったのか?それを詳らかにしなければ何も解決しない。

2016-10-20 23:19:22
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』将也は最初、真の意味で硝子と友達になれたわけではなかったのではないか?結絃からはその真意を問われていたし、交差点で植野と再会した将也は硝子と仲直りしていたことに彼女から「罪悪感から?」と問われた時、声に詰まりすぐそれを否定することができなかった。そこに複雑な迷いがある。

2016-10-23 22:34:55
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』将也は硝子と友達になれたと思っていたが、どこかで硝子から逃げていた節がある。それはあの硝子の告白のシーンである。硝子がいざ告ろうとして迷っている時、将也は早々にその場を立ち去ろうとしてしまう。将也は何かわからないことがあると無意識にその場を逃げてしまう傾向があるのだ 。

2016-10-23 22:52:18
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』すっかり自分に自信を失い、「生きていちゃいけない最悪の野郎」と自分をみなしていた将也がどういう過程を踏みながら自分を取り戻していくのか、その足取りをできるだけ丁寧にたどってみたい。というところで、また明日(また迷った。なかなか難しいんだよ、記述すんのはさあ~w)。

2016-10-23 23:00:31
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』将也の経緯を単純化 小学生→イジメる側からイジメられる側へ  中学生→被イジメ継続  高校生→耳を塞ぎ、他人の顔が見れなくなる  同三年生→全てを清算し死を決意する  →清算の一環として、硝子にノートを返しに行く →意外にも受け入れられ、仄かな生きる希望を得る←イマココ

2016-10-24 22:35:33
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』将也と硝子の温度差。ノートを持って手話さえ習得してきた将也を硝子は前述の通り大きな存在として捉えている(結果、告白)が、将也の方は川に落ちたノートを偶然拾った位なのでそれほどの認識はない。もしかしたら自分は認めてもらえるのではないかともっと仲良くなろうと努力している。

2016-10-24 22:50:27
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』永束との出会いや、妹結絃との交流もあり、将也の心は徐々にではあれ解きほぐされかけていた。だが、ここで重要なのは硝子との現状の関係では彼の心は解放されていないことだ。大きな変化を見せるのは遊園地シークエンスに他ならない。ここに登場するのは島田を含む小学生時代のメンバーだ。

2016-10-24 23:05:56
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』遊園地で小学生時代のメンバー達と楽しく遊ぶ将也はつぶやく「これって、友達っぽい?」。半信半疑の将也だが、そこには明らかな「解放」の徴候が見て取れる。だが、それも束の間、島田の存在により現実に引き戻される将也。小学生時代のメンバー、友達…それらが将也の解放の条件なのか?

2016-10-24 23:21:46
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』遊園地シークエンス後、将也はふとした切っ掛けで川井にクラスのみんなの前で硝子をイジメていた過去を暴露される。吐くほどの衝撃を受け、その場を逃げることしかできない将也。追い打ちをかけるように集まったメンバーに不満をぶちまけてしまう彼は結果、修復不可能な事態へと陥る。

2016-10-25 23:10:00
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』その後の将也はもう見ていられないような状態になってしまう。硝子だけは大丈夫と言わんばかりにこれからずっと楽しく遊ぼうと持ち掛ける。この時の彼の心情を考えよう。彼は本当に硝子さえいればよかったのか?いや、自分の部屋で呟くように彼はかつての仲間たちとの断絶に苦しんでいた。

2016-10-25 23:23:55
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』それでも硝子を引き回す将也。二人で訪れた「養老天命反転地」でこけて立ち直れずずるずると落ちていく。泥沼から這い上がれない彼を見つめる硝子はおそらくこの時に自死を決意したと思われる。悲しいことに将也の自暴自棄を見る彼女は勝手に自分の存在のせいだと思いつめることになる。

2016-10-25 23:32:46
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』この後母親の誕生ケーキを三人で作ることになるのだが硝子は将也に手話で「作る」ことを提案する。結絃は知らずに誕生日のケーキを「作る」と補足するが硝子が作りたかったのは「思い出」に他ならない。予期せず花火大会に行くことになるがそれは彼女にとって最後の思い出となるはずだった。

2016-10-25 23:40:21
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』思えば冒頭で将也の自殺を思い留まらせるのは橋の下で上げられた花火だった。その花火の「音」で将也は我に返る。だが、補聴器を外した硝子に花火の「音」は届かない。彼女が身を投げた時、無音の花火の光だけが虚しく美しく画面を覆う。滲むような光の波。それは無力な光でしかないのか。

2016-10-25 23:48:19
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』無音で画面いっぱいに漂うような無数の光の波。虚しく美しいそれは筆者の目には、弱々しくも、どこか細やかな網の目のように見えた。それはゆっくりと差し伸べられた象徴的なネットのようなもだったと思えてならない。かくして、将也はすんでのところで硝子の手を掴むことができるのだった。

2016-10-25 23:59:08
富崎学 @manaboo2009

『聲の形』飛び降りた硝子の腕を牽引する将也の瞳に映ったのは硝子の右耳の傷痕だ。それは極めて象徴的なものに他ならなかった。彼が小学生時代に彼女に追わせたキズは決して消えていなかったことを改めて認識する将也。彼女がこうして死のうとすることの一因もそこにあると彼は思っただろう。

2016-10-26 23:02:35
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