uncorrelated氏と望月夜の貨幣論争 貨幣の本質は財か負債か

財も貨幣になり得るが、歴史上のほとんどの貨幣、及び現代の貨幣は、何らかの意味で「譲渡可能な負債」として機能していたのではないだろうか。 ※順番ごちゃごちゃ注意 ※奇しくも中央銀行券(国定通貨)の制度的構造(tax-driven money)についても概説することになった。
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uncorrelated @uncorrelated

現在の紙幣のルーツは金や銀の預かり証である金匠手形なのははっきりしているので、金貨や銀貨のような実物貨幣が誰かの債務であったと証明できないと、債務が譲渡可能になって貨幣になったと言う一部リフレ派の主張する歴史はおかしい事になる。

2016-11-09 05:42:43
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

mokuroku.biwako.shiga-u.ac.jp/WP/No126.pdfのバーグルンドの項で、実物貨幣の会計処理が考察されていて、租税によって実物貨幣が還流したとき、貨幣の実物価値が政府保有となる事実と整合させるには、市中貨幣の実物的価値も政府負債として計上すればよいらしい。 @uncorrelated

2016-11-09 08:13:15
uncorrelated @uncorrelated

@motidukinoyoru 現行制度の分析ではなく歴史的な話でして、金匠手形自体は政府とは関係のないところで生じています。

2016-11-09 08:24:23
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

歴史的な話とすると、貴金属(あるいは、それ自体が実物的価値を有する財)が、その価値のみに基づいて交換に用いられた(所謂商品貨幣による)経済は、あったとしてもそこまで大規模でも長期間でもないのでは。 ヤップ島のフェイの話を出すまでもなく。 @uncorrelated

2016-11-09 10:48:15
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

そもそも、貴金属や金属貨幣が、それ自体の実物的価値によって交換価値を得たと考えるのも微妙な話で、どちらかというと、そうした貴金属を「皆が交換価値として認めているから」、流通するようになったのでは。貴金属の物理的特質によるところもあるだろうが。 @uncorrelated

2016-11-09 10:49:03
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

というのも、交換手段としての貴金属や金属貨幣は、基本的に消費するものとして存在しているものではないので、それらを商品貨幣と単に呼称できるかどうか。(消費されないものを商品と呼べるだろうか) 金属の価値を裏付けていたのは、その消費価値以外の何かでは。 @uncorrelated

2016-11-09 10:53:53
uncorrelated @uncorrelated

第二次世界大戦前の日本、国際収支の決済でせっせと金を米国に運んでいたんですが・・・ @motidukinoyoru

2016-11-09 10:59:56
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

歴史的に見れば、金匠手形以前にも金属貨幣以外の通貨があり、それらはしばしば、その実物価値に基づかなかったようである。 もちろん、物々交換に近い形態としての商品貨幣経済(この場合、金属よりも穀物や家畜の方が利用されていたようだな)もあっただろうが。 @uncorrelated

2016-11-09 11:01:24
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

その話が、今の話(金属貨幣の流通価値が、金属貨幣の商品価値=消費価値に基礎づけられるかどうか)とどう関わってくるかがわからない。 国際取引のための金本位制も、金の流通を保障していたのは、「各国が金を流通価値として認めていた」という統治的側面では。 @uncorrelated

2016-11-09 11:04:05
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

拙記事s.ameblo.jp/nakedcds/entry…をまとめると、もし金属貨幣や貴金属の流通価値が、その消費価値ではなく「皆が流通を認めているから」という循環的論理に基礎づけられている場合は、金属貨幣を、会計的に(純粋な)資産としては扱えない @uncorrelated

2016-11-09 11:10:21
uncorrelated @uncorrelated

兌換紙幣なので規定された金と等価の交換価値を持っている事になっていて、20世紀初頭までは国家間ではそのように決済されていたわけです。金本位制であることが金の価値を高めた面は確実にありますが、長い間、紙幣には実物的価値がある事になっていました。@motidukinoyoru

2016-11-09 11:10:38
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

(十分な)消費価値を持たないにも関わらず当該貨幣が流通するには、その貨幣が生産者から財を引き出す何らかの力を持っていなければならない。もしその力が貨幣の商品的価値以外から現れる場合、貨幣は、生産者にとって、負債として機能していると見なさざるを得ない。 @uncorrelated

2016-11-09 11:12:59
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

尤も、現実の経済は既に通貨は国家統治に組み込まれ、tax-driven moneyと化しているので、現実の経済を論じるにあたってはあまり意味のない抽象的な議論ではある。 @uncorrelated

2016-11-09 11:14:22
uncorrelated @uncorrelated

「消費価値」と言うのが意味不明ですし、歴史的には生産者がいなくなってからも流通している貨幣もあるので、「貨幣は、生産者にとって、負債として機能している」とは一概に言えないかも知れません。@motidukinoyoru

2016-11-09 11:15:15
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

紙幣に実物的価値があるかどうか以前に、金属貨幣や貴金属それ自体が、経済学で定義されている「実物的価値」に基づいて交換に利用されていたかどうかが怪しいという話を私は行っているのである。 交換に利用されたそれらに消費可能性があったかどうか怪しいので。 @uncorrelated

2016-11-09 11:16:55
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

生産者というのは、通貨発行者ではなく、財の生産者のことなので、財の生産がないのなら、経済は成り立たないのでは。 @uncorrelated

2016-11-09 11:18:28
uncorrelated @uncorrelated

経済学で「実物的価値」が定義されることは、ほとんど無いと思います。価格(=交換レート)か、効用もしくは選好で測るしかないので。@motidukinoyoru

2016-11-09 11:19:46
uncorrelated @uncorrelated

@motidukinoyoru 財の生産者は財と貨幣を定められたレートで交換する義務は負っておらず、また貨幣はその保有者に何も履行することを要求しないので、中央銀行など発行者以外の負債になることは無いでしょうね。

2016-11-09 11:23:23
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

単純に(その時点の)価格や選好で考えるなら、名目貨幣を実物と峻別できなくなるので、何らかの名目と実物の腑分けは必要だろう。 ただ、確かに経済学というよりは、経済原論の領域かもしれない。 @uncorrelated

2016-11-09 11:23:26
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

義務を負っていないのは全く以てその通りなのだが、「義務を負っていないにも関わらず」名目貨幣が生産財を(生産者から)請求できることが、非国定名目貨幣経済の成立条件なのである。 それを支えているのは、当該通貨に関するある種の共同幻想とでも言えようか。 @uncorrelated

2016-11-09 11:26:51
uncorrelated @uncorrelated

@motidukinoyoru 経済理論では、基本的には貨幣に特別な地位は与えていないです。それ自体は食べたり飲んだりして効用をもたらさない財ですが、財でしかないので。ニュメレール財とその物理的形態を区別する必要はありません。

2016-11-09 11:27:54
uncorrelated @uncorrelated

@motidukinoyoru 現在流通している不換紙幣であればそうですが、金本位制の頃は実物価値があったので、ちょっと議論が違うかも知れません。

2016-11-09 11:30:09
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

むしろさっきの話は、明確に政府負債(中央銀行負債)として存在する現在の不換紙幣には成り立たない。 金のような、租税に基礎づけられたわけでもなく、消費に基礎づけられたわけでもないような交換手段が、なぜ経済において利用されるかを説明した話である。 @uncorrelated

2016-11-09 11:33:40
望月慎(望月夜) @motidukinoyoru

そこで想定されるのは、金が生産者に対する請求手段(生産者負債)として成立するという共同幻想であり、国際政治で統一的にその共同幻想を「流行」させたという構造である。 これはtax-driven moneyに入れ替わっても大した混乱もない理由にもなる。 @uncorrelated

2016-11-09 11:36:24
uncorrelated @uncorrelated

@motidukinoyoru 通貨の保有自体が人間の効用を実はもたらさないのであれば、通貨が通貨として流通していることを認めている「共同幻想」が、通貨の現在の交換価値を保証していることは、金融理論の教科書的なモデルからも分かりますね。実は複数均衡で無価値もありえるので。

2016-11-09 11:39:20
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