「本格冬の時代」について「読者(層)」から考察する

現状の所感をまとめました。
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じねん @jinensai

(RT言及)「本格冬の時代」を読み解くには本格推理を書いていた作家の活動を追跡するだけでは不十分だと思う。ミステリとは何かから補助線を引いていくと、読者(層)との関係性がやはり不可欠だ。「本格冬の時代」とは即ち読者(層)との双方向性が希薄で読者側にそっぽを向かれている状態である。

2016-11-10 23:34:32
じねん @jinensai

一方で日々急激な変化を続ける「高度経済成長期」は、現実に虚構を上回る「面白さ」があり、その現実と地続きな社会派が読者(層)に快く受け容れられていたゆえに、本格推理を相対的に圧倒していたわけで、依怙地に荒唐無稽に傾斜することで自らの立場を悪化させていた本格推理は自業自得と言える。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-10 23:47:19
じねん @jinensai

都筑道夫さんの「黄色い部屋はいかに改装されたか?」は依怙地に荒唐無稽に傾斜していた本格推理を「論理(ロジック)」を軸に再構成しようとする呼び掛けであった。「トリック無用は暴論か」の真意は「なぜ」という必然性を付与することで「トリック」に命を吹き込み蘇生させることにその狙いがある。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-10 23:57:26
じねん @jinensai

都筑さんの誤算は1975年の「黄色い部屋~」で想定していた「高度経済成長期」の読者(層)が、1973年に「高度経済成長期」が収束し、また小松左京さんの1974年の日本推理作家協会賞受賞作「日本沈没」(1973刊行)により列島全域が虚構化することで意識が既に逆転していたことだろう。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-11 00:14:57
じねん @jinensai

現実が頭打ちになる中で、虚構の「面白さ」や荒唐無稽が再評価される波の中から島田荘司さんが登場してくるわけで、そこには必然性にも似た「流れ」がある。その「流れ」を作っているのは紛れも無く「読者(層)」であり、「読む行為」によってミステリが作品として完成するメカニズムと照応している。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-11 00:35:42
じねん @jinensai

読者は作者が用意した「万華鏡」を覗き込み、傾けたり回したりしながら変化(へんげ)を楽しむ。取り扱い方や視力は個々人各々の力量、個人差、どういうシチュエーションで読んでいるかといったことに当然ながら左右されだろう。大切なのは差異の拒絶や平準化より認めて視野を広げ合うことにこそある。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-11 00:44:11
じねん @jinensai

現実が想定外に推移する現在、現実の「面白さ」は増しつつある。その現実に紐付けられた虚構(「シン・ゴジラ」や「君の名は。」)が、かつて実在の舞台に虚構を走らせた社会派がもてはやされたように大ヒットを飛ばしている。流れが「新社会派」にきているというのは冗談で言ってるわけではない。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-11 01:21:45
じねん @jinensai

現実から切り離された「虚構のための虚構」が一世を風靡したのも必然であったが、それは当時の閉塞的で出来レースが蔓延していた現実世界の変化の乏しさに「面白さ」や魅力が欠けていたゆえであろう。サイレント・マジョリティ=読者(層)の動向が、季節を「冬」にも「春」にも変えて行くのである。 twitter.com/jinensai/statu…

2016-11-11 01:31:49