受験英語はエレン先生をどう抱きしめるのか

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uroak_miku @Uroak_Miku

「国語」入試の近現代史 (講談社選書メチエ) 石川巧 amazon.co.jp/dp/B011QIHV1U 昨日読了。いやー面白い!出題文に下線部があって「これはどういうことか40字以内で」問題は昭和10年に大勢になったとか、自分の十代の思い出をちくちくされながら楽しめる。

2016-11-16 04:57:01
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2)大正10年に、全国の公立高等学校(今でいう大学教養課程)の入試が共通化された。進学希望者の志望先偏りを是正するのと、文部省による教育への介入強化のため。大正デモクラシーへの対抗策として「現代文」問題が使われた。 twitter.com/KaoruKumi/stat…

2016-11-16 05:01:32
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3)昭和3年に再び入試が各校で作成されるようになって、入学希望者を集めるために個性を出すようになった。「現代文」を頑として出題せず伝統ブランドを誇示した一高(今の東大教養学部)、反対に近代文学を積極的に出題しだしたところも。

2016-11-16 05:04:06
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4)岩波文庫の登場で本が手軽に買えて読めるようになった時代。もはや学校で与えられるのではなく自分の意志で文学でも哲学でも買って読めるようになった。つまり教科書に載っていない文を受験生はもういくらでも読めるようになっていた。試験問題もいろんな本から出題文が選ばれるようになった。

2016-11-16 05:05:54
uroak_miku @Uroak_Miku

5)ほかにも国民育成教育の両輪として体育と国語を国が重視しだしたことも関係していて、それが「現代文」入試を大きく発展させていった。

2016-11-16 05:07:12
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6)昭和10年ごろには、私たちを苦しめた「下線部はどういうことか、40字以内で述べよ」設問が大勢化した。国語教育における「解釈」の解釈が教える現場で変わっていったのと連動している。

2016-11-16 05:09:59
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7)旧制高校の入試問題を分析したとき面白く感じたのは、英語で今でいう長文問題が全然見当たらないことでした。「下線部を和訳せよ」問題がなかった。数行の英文があって「全文訳せ」が旧制高校入試の形式。国語もそうです。古文や漢文が数行あって「口語に訳せ」。

2016-11-16 05:12:14
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8)ここでいう「口語」とは何か。要するにひとにかみ砕いて説明するときの語り口のことです。今こうしてつぶやいている文も旧制高校入試でいう「口語」にあたるのでしょうね、むしろ「俗語」と呼ばれてしまうだろうけど。

2016-11-16 05:14:31
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9)この本には書かれていないのですが、明治日本で言文一致運動が主に文学方面と報道方面で模索されるなか「口語」とは何かがはっきりしなかった、なぜなら「文語」でないのが「口語」だったからです。

2016-11-16 05:16:13
uroak_miku @Uroak_Miku

10)漢文書き下し文でも候文でもなく『源氏』とか『徒然草』とかでもないのが「口語」。そのくらいあいまいな共通理解のもとで小説に挑んだのが漱石でした。

2016-11-16 05:18:05
uroak_miku @Uroak_Miku

11)さて入試で古文や漢文が出題され、「口語」に書き換えろと迫られる。それが「解釈」だったわけです。英語やドイツ語の試験問題と同じです。「口語」に訳せることが「デキる」ことだった。英語や漢文で話せる書けることではなく口語に訳せることが「実力」だった。

2016-11-16 05:20:39
uroak_miku @Uroak_Miku

12)受験英語の神様として伊藤和夫がいました。もう20年近く前に亡くなりましたがその参考書は今でも現役で、私も姉のお下がりで使いました。『英文解釈教室』の理屈っぽさは肌に合って、翻訳メソッドとして後に自分なりに換骨奪胎したほどです。

2016-11-16 05:22:30
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13)伊藤の遺作となった英語教育随筆本をいつだったか読んだら、和訳の大切さを何度も何度も訴えているのが印象的でした。英文の構造をしっかり把握しているかどうかを判定するにはやはり生徒に和訳させるのがいい、と。そういいながら本人の和訳は硬すぎたりニュアンスがくみ取れていなかったり。

2016-11-16 05:24:23
uroak_miku @Uroak_Miku

14)英文の構造を、漢文読みではなく文の頭から順に理解できるようにならないといけない、理想としては左目で英文を追って和訳文を作り右目でその和訳をチェックしていく脳構造になってほしい、と力説していましたね別の本で。

2016-11-16 05:26:37
uroak_miku @Uroak_Miku

15)それは正論だし同感ですけど、同時に強い違和を抱きました。彼の和訳が原文のニュアンスをろくにくみ取れていないこと、それに英→和ではなく和→英については何も語らず、実際和文英訳の本をとうとう一冊も書き残さなかったことからも、私の抱いた違和は正当なものだと考えます。

2016-11-16 05:28:58
uroak_miku @Uroak_Miku

16)彼は旧制一高出身でした。ということは「口語に訳せ」が骨の髄までしみ込んでいて、私のように「それではその『口語』とはそもそも何なのですか」と食い下がることがなかった。

2016-11-16 05:30:25
uroak_miku @Uroak_Miku

17)伊藤の英語本は、英文法には厳格でも日本語文法についてはろくに言及がなかった。たぶんほとんど知識はなかったか、関心がなかった。それで英→和は熱く語っても和→英については何も語らなかった。

2016-11-16 05:32:02
uroak_miku @Uroak_Miku

18)明治における「国語科」の混乱が、旧制一高つまり「現代文」を出題しなかった学校の卒業生の英語参考書のなかで生き延びて、戦後昭和~平成の受験生に伝播してしまったのです。

2016-11-16 05:34:02
uroak_miku @Uroak_Miku

19)悲しいかなエレン先生にさえそのDNAは継承されてしまっています。 pic.twitter.com/Rx70y0BxLD

2016-11-16 05:35:06
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20)この二人を並べるのってなんか勇気がいる気がする。 pic.twitter.com/YwftklMl42

2016-11-16 05:37:26
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